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第38話 毒を食らわば、





 桜李がドラコスと本気の殺し合いを始めてから、随分の刻が経った。2人はまだ、互いに日本刀を強く握ったまま睨み合っている。

 ただ、この状態のままずっと膠着状態にあった訳ではない。刀を交えては離れ、また交えては離れ……。それを何度も繰り返した後の、離れて両者息を整えている状態が、今の2人なのである。


「……てめェ、いい加減に倒れろや」


「…………先に倒れそうな顔を浮かべてるのはお前だが」


 バトルものの漫画なら、覚悟を決めて覚醒した桜李がドラコスを圧倒する〜……なんて展開だったのだろうが。そうはいかなかった。覚醒してようやく、肩を並べられる。ドラコスはその領域に辿りついていたのだ。

 もはやそれすら、ドラコスにとっては誇張表現。桜李の頬や体の至る所には傷跡が残っているが、ドラコスの体には埃1つ付いていない。あたかも2人が互角かのような雰囲気を出していたが、やはり桜李とドラコスの間には越えられない壁があるようだった。


「九十九。なぜお前が俺に勝てないか、わかるか」


 桜李を強く睨みながら、ドラコスは言葉を交わす。


「……そんなのわかんねェし、知る由もないね。勝つのはオレだから」


 自分が勝つのは、当然。多くのものが変わったとしても、ドラコスのそんな感情を孕んだ目────。蒲生のその瞳は、何一つ変わっていなかった。

 その目が、桜李は昔から嫌いだった。きっと、陸斗も嫌いだっただろう。冷めきったその目を見た瞬間、感じてしまうからだ。自分じゃこいつを満足させることはできないという、無力感を。ただ、精神力も強かった桜李や陸斗にとっては、それすらスパイスになっていた。必ずあの男に泥をつけるという、野心。それも同時に感じていた。


「……俺には、護るべき人が居るからだ。それは過去にも、この現代いまにも」


 桜李を見つめる、ドラコスの冷めきった瞳。言葉を発した瞬間、その瞳に感情が宿る。純粋な殺気だ。

 桜李は、鬼を見た。子供の頃あんなに怖がっていた、本物の鬼。その姿を、ドラコスに。


「死ねと言われたら死ぬ。毒を食らうのならば、皿まで飲み込む。俺は、紅月にこの身を捧げた」


 ヒシヒシと伝わってくる緊迫感。問われずとも、感じる。「お前にはそんな決意があるのか」という、ドラコスの思いが。

 今までの動きとは比べ物にならないほどの、尋常ではない速度。ドラコスは、そんな速度で桜李へと近づく。極限まで集中力を上昇させていた桜李ですら、そんなドラコスの動きを完璧に目で追うことはできなかった。


「……く、ッ…………!」


 ドラコスが振り下ろした刀を、なんとか刀で受け流す桜李。受け流したのにも関わらず、刀を握っている手や腕がビリビリと痺れる。ドラコスも、どうやら本気を出し始めたようだった。

 隙なんて与えようとせずに、容赦なく桜李へと攻撃を続けるドラコス。やっと肩を並べられたと思ったら────。浅はかだった。ドラコスは本気ではなかったというのに、勘違いしていたのだ。悔しそうな顔を浮かべながら、必死に斬撃を躱し続ける桜李。


「集中力が乱れてきたか?」


 こんなの準備運動に過ぎない、なんて平然とした顔でドラコスは呟く。このまま避け続けていては駄目だ、自分から攻撃をしなければ。ドラコスの言葉に耳を傾けすらしなかった桜李は、回避をした後の中途半端な姿勢でドラコスに斬りかかる。


「……柳内ならば、もっと冷静に動けただろうな」


 ドラコスは、桜李のその焦り故の行動を見逃さない。緩い桜李の太刀筋を軽く避けてから、ドラコスは鬼の表情を浮かべて強く刀を振った。

 体は、充分な程に動く。それでも、この刀は避けようがない────。桜李は後ろに回避しようとするも、無情に刀は桜李の体をスルリと斬りつけた。


「ッが、…………っ゛、」


「……」


 桜李の左肩から右の横腹にかけて、綺麗な太刀筋が通ってしまった。その傷跡からは、ジワジワと赤い液体が滲んでくる。

 即死には至らずとも、それは明らかに致命傷。傷跡を片手で軽く抑えた桜李を見ると、ドラコスは桜李への追撃をせずに刀を下ろして後退していく。もう、充分だ。桜李は死ぬ。フロガを助けに行くか、ギャリアの様子を見に行くか……。なんて考えながら、ドラコスは桜李に背を向けた。


「………………待て、よ」


 そんなドラコスに、声をかける者。それは誰でもなく、致命傷を負った桜李だった。

 やれやれという顔を浮かべながら、ドラコスは後ろへと振り向く。顔色は相当悪く、苦痛に顔を歪めながらも、必死に足掻こうとする桜李の姿。ドラコスの目に、その姿が映る。口の端からは血が垂れてきており、いつ倒れてもおかしくないといった雰囲気だ。


「…………オレにだって、……護るべき道場がある」


「……そうか」


「……毒を食らわば皿まで、……って言ったよな? ……やるからには、徹底的に殺れよ」


 傷跡を抑えるのを辞めた桜李は、ドラコスを言葉で挑発しつつ、再度両手で刀を構える。

 ……フロガもギャリアも、こんな所でくたばる器じゃない。目の前の女を確実に処してからでも、決して遅くはないはずだ。


「……そうだな。長きに渡る縁、ここで斬らせてもらう」


 蝋燭や線香花火は、火が消えてしまう直前、一際強く燃え盛ってから消えるという現象が起きたりする。桜李の闘志も、きっとそれに過ぎない。

 ならば、その一瞬の煌めきすらも無くさせてしまおう。ドラコスは、桜李にトドメを刺してしまおうと動き出す。少し時が空いたとしても、途絶えることのなかった集中力。先程までと変わらぬどころか、むしろそれよりも速いくらいの速度でドラコスは動き出していた。


「…………はァ゛〜〜〜っッ゛……!!」


 大きな声を出して、自分を奮い立たせるのと同時に集中力を高める桜李。……毒を食らわば皿まで。桜李は、とっくのとうに気がついていた。彼を止めるためには、絶対になにか犠牲を払わなければいけないことくらい。

 桜李の体が、左右に真っ二つになるように。ドラコスは、桜李の脳天を目掛けて刀を振り下ろす。……ドラコスは、見誤っていた。桜李が輝く、一瞬の煌めきの強さを。


「…………、!」


 動く気力すら無さそうな桜李は、最後の力を振り絞って、ドラコスが振り下ろした刀を避けようと半歩分だけ右横に動く。……きっと、避けようとしてその行動をした訳ではない。相打ち覚悟の選択だ。

 脳天から、左の腕へと照準がズレる。だが、攻撃を寸止めしては逆に隙が生じてしまう。……仕方なし、奴の灯火が消えるまで戦力をこのまま削っていくとしよう。瞬時にそう判断したドラコスは、手に力を込めたまま刀を振り下ろしていく。

 そんなドラコスの刀は、桜李の腕を捉え────。もはや斬る音が鳴ることもなく、桜李の左腕は切断されてしまった。


「だよな」


 合理的な判断をするドラコスならば、攻撃は止めることなく絶対に左腕に向かって斬りかかる。それを予期していた桜李は、斬られる直前に両手で持っていた刀を右手に持ち替えていた。

 左の二の腕辺りに走る、灼熱感。もはや、熱いだけで痛みには慣れた。右手に握った刀は、一縷の望み。出血多量か、視界が歪んでいく。その視界に溺れてしまいそうな中──、桜李はドラコスの頭部を片手で持った刀で斬りつけた。


「…………、」


 桜李が強く願った、相打ちという望み。その思いすら、ドラコスには無関係。自分に向かってくる横薙ぎの刀を、ドラコスは超人的な反射神経で避ける。桜李が死力を尽くして振った刀がドラコスの致命傷になるということは、なかった。

 ……致命傷にはならずとも、刀という桜李の思いだけは、ドラコスに届いていた。一瞬でもドラコスの想像を超えた刀は、彼の左頬に触れ、鼻尖を通り、右頬に至るまで傷の道を作っていたのだ。もう少しドラコスが疲れていたら……もしくは、桜李の刀がもう少し長ければ。


「……見事だった」


 刀を振った勢いのままに、そのまま崩れ落ちる桜李。そんな彼女を見つめ、顔の傷から流れていく血も気にせぬまま、ドラコスは口を開いた。


「…………これが、俺達の目指した楽園か」











「……よくわかンないなァ」


 大熱戦が繰り広げられていた2階や3階とは、まったく違うような中央塔の雰囲気。杏樹が脳のリミッターを外してから、優勢だったフロガの快進撃は、ピタリと止まってしまった。

 むしろそれからは、杏樹がフロガを圧倒するような展開になっていた。素手対武器とは思えない展開だ。斬ろうとしても簡単に避けられ、突こうとしても簡単に避けられ。挙句の果てには、攻撃をしたら確実に手強い攻撃が返ってくる始末。フロガの勝ち目はもう無くなっているに等しいくらい、杏樹の純粋な戦闘能力が強化されていたのである。


「何がフロガちゃンをそこまで動かすのか。普通の人ならもう挫けてるヨ」


「…………く゛、……ッ」


 片手でフロガの首を掴み、宙に体を浮かせながら彼女に話しかける杏樹。……圧倒とは言うものの、杏樹が言うとおり、必死にフロガは死なないように最善の行動をしていた。常人ならば、もう杏樹によって殺されているであろう場面。それを、フロガは幾度となく回避し続けている。

 苦しそうな顔を浮かべながらも、フロガはミカヅキブレードを持つ手に力を入れて、杏樹の手を離させようと動かす。


「……ッと。危ない危なイ」


 普通の剣や刀ならば、刀身を握って容赦なく首を絞め続けられたが。切断されてしまう恐れがあるミカヅキブレードとなれば、話は別だ。首筋を掴む手を離して、杏樹は剣を躱す。

 ……何度殴っても、何度蹴っても。頭突きしても、骨を折っても、血を流させても。フロガはきっと、杏樹を倒すために何度も立ち上がるのだろう。なにが彼女をそこまで動かすのか────、杏樹は予想をすることすらできなかった。この革命の動機が、そんなにも彼女にとっては重いものなのだろうか?


「……貴様のような者には、分からないだろうな。……あの、日本とは思えぬような都市を生きることの辛さを」


 自身の喉を抑えつつ、杏樹をキッと睨んでフロガは呟く。

 フロガが放った、日本とは思えぬような都市……という言葉。いくら治安が悪くなったとはいえ、誇張抜きでこの国にそんな都市はあっただろうか? 杏樹は考える。考えたとて、フロガの言葉が指す都市は全く出てこない。

 …………否、1つだけあった。杏樹の脳の片隅に、ニュースで取り上げられていたある都市が思い浮かぶ。


「……あァ。……斜陽しゃよう都市、ッてやつか」

















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