「思ッてたンだけどサ。今の時代にその方法ッてどうなノ?」
「……その方法、とは?」
「国を変えるために暴力を使うノ。流石のあたしでも、こンな方法で国1つがまるッきり変わるとは思えないンだケド」
刃を交える前に、杏樹はフロガに問いかける。たしかに、それは純粋な疑問ではあったが……。質問をした主な理由が、もう1つ杏樹にはあった。
それは、めるを助けるために狐彌神社へと乗り込んだ時にもした、高周波ブレードを熱するという行為を進めるため。あの時は、鍵を破壊するためにしたが……。その時と用途はさほど変わらない。フロガが抜いたその剣ごと切断するために、杏樹は高周波ブレードを熱しているのである。
「……温いな」
杏樹の問いを聞いたフロガは、眉間に皺を寄せながら呟く。
「こうでもしなきゃ、腐った政府は動かない。……もう後戻りはできないんだ。この国を楽園にするために。全ては楽園のために」
その言葉を呟き続ける、フロガの表情。色々な感情が混ざったようなえもいわれぬその表情は、櫻葉とも違ったし、レナとも違う。そんなに苦しそうな感情で作る楽園とは、いったいどんな楽園なんだろうか────?
少しだけ感情を吐露させた後、フロガは両手で剣を握って杏樹に襲いかかる。……少しだけ熱の量が少ないかもしれないが、まぁこれだけ熱していれば西洋剣くらいならば切断できるだろう。背中に隠した高周波ブレードを出して、杏樹はフロガが振った剣を切断することを試みる。
「はァッ……!」
横に薙ぐように振られた剣を、杏樹は高周波ブレード1本で受け止めた。職人によって丁寧に打たれ精錬された日本刀とは違って、西洋剣は刃が脆い。剣筋は桜李や陸斗と比べても遜色なく、むしろそれを上回る勢いの腕前だった。
問題は、剣の持ち主ではなく、剣そのもの。杏樹のブレードが触れた瞬間、フロガの剣はどんどんと切断されていく。そのはずだったが……。
「……ン、?」
杏樹は、自らが手に持つ高周波ブレードの切れ味に違和感を覚える。普通ならば、フロガの剣はもう切断されているはず。なのにも関わらず、何故かフロガの剣は切れず、むしろ自分の方へとその剣が寄ってくるばかり。
こんな大事な時に、高周波ブレードに不具合が生じた? 顔に苛立ちを浮かべながら杏樹はそう思うが、その思いは、フロガの言葉によって打ち砕かれることになる。
「……貴様の存在を知っているのに武器は知らない、そんな間抜けだと思っていたのか?」
何かがおかしいと気づく杏樹の気の抜けた顔を見れば、フロガは鼻で笑いながらそう呟く。
────瞬間。切断を狙っていた杏樹の高周波ブレードの破片が、ぽとりと床に落ちる。そのまま横に薙がれた剣はなんとか回避したものの、鎖骨辺りの服が破れてしまう杏樹。
「……いやン、えッち」
動揺を隠すために、そんな言葉を発する杏樹。内心では、当然のように動揺しまくりだった。どんなものでも切断できるという最強レベルの武器が、相手によって使えなくさせられる。そんな事例、考えたこともなかったから。
「貴様を無力化させるために開発された武器、ミカヅキブレード。……さぁ、貴様はどう戦う?」
「……高周波ブレードの改良版かァ。いいネ、ソレ。かッこいいじゃン」
驚異的な腕力を持っていたとしても、超振動には絶対に勝つことができない。熱すら帯び始めた高周波ブレードに勝つ方法は……、ただ1つ。その振動を上回る武器を用意することだ。
フロガが握っている、そのミカヅキブレードという名の西洋剣。杏樹の高周波ブレードよりも振動量が多く、熱の量も限界まで高めた剣。しかも、ナイフのような形状やサイズの高周波ブレードよりも刀身が大きく、命中率も大きく上昇している。完全なる上位互換な武器を持った敵を目の前にしたとしても、杏樹は余裕そうな表情を再び浮かべ始めた。
「ン〜、困ッた。残る武器はコレだけか……」
高周波ブレードを差していたホルスターとは逆側についているホルスター。杏樹は、そこから拳銃を取り出す。
手榴弾と発煙弾も携帯しているものの、武器というにはあまりにも頼りない。実質、杏樹は銃1つというハンデでフロガと戦うことを強いられているのである。
「……私たちの目的のために、死んでくれ」
さすがの杏樹とも言えど、自分が愛用してきた武器がなければ、考え無しにフロガに攻撃することはできなかった。その杏樹の様子を見かねて、フロガは容赦なく杏樹へと襲いかかる。踏み込みの速度も、尋常ではない。杏樹がこれまで相対してきた人間の中でも、1、2を争うほどの速度だった。
いったい、どんな斬り方をしてくるか────。見てから避けるということができる杏樹は、フロガが剣を振るうのを待っていた。
「ひェ〜、ッぶね。死にかけ」
しかし、いつまで経っても剣は振られず……。いつ来るんだという思考に達した時、杏樹はようやく視認した。剣先が完全に自分の方に向いているという事実に。
杏樹の胴を目掛けて突かれる剣。予想外の攻撃だったが、杏樹は後ろへと体を躱して見せる。もともと、剣は斬るための武器ではなく、突くための武器。そんな固定観念を利用されて放たれたフロガの攻撃は、不発に終わった。
「……ぉ、?」
しかし、たかが1発の攻撃の不発で留まるほど、フロガは中途半端な人間ではない。後ろへと下がった杏樹に、追撃をしてみせたのだ。
突きをした後は、大抵の人間が姿勢を崩してしまったり、重心を乱してしまったりする。その突きの弱点をカバーする、フロガの身体能力。斬り、突き、斬り、斬り、突き……。フロガの追撃を、紙一重で避け続ける杏樹。
「お返し、くらッとけ〜イ」
さすがに回避だけをしていては、いつかイレギュラーが起こった時に対処できない。フロガの圧倒的な剣術を躱していても冷静だった杏樹は、握っていた拳銃をフロガに向けて発砲する。
銃弾を避けるなんてこと、常人にはできない。それこそ、戦闘経験を積んできた裏社会の人間等じゃなきゃできない所業だ。
だが、たまに居る。他の人物とは比べられない、杏樹やレナのような規則外の人間が。
「
自分へと飛んでくる、鉄の弾。フロガは、それをひらりと難なく回避し……。あろう事か、回避と同時に拳銃をミカヅキブレードで真っ二つに切断したのだ。
もちろん、杏樹が油断していたとか、そういう訳じゃあない。杏樹は、正義執行人という、殺人のプロフェッショナルのような存在。そんな存在が、油断なんてするはずがない。
じゃあ、なぜフロガが杏樹の一歩先を行っているのか────。それは単純。戦闘の天才である朽内杏樹よりも、大矢の血を継いだフロガの方が単純に強かったからだ。
「……こりゃ相当まずイ」
使い物にならなくなった拳銃を冷たい視線で見れば、杏樹はポイッとそれを投げ捨てながら呟く。杏樹の主な武器は、たった2つ。近距離用の高周波ブレードと、中・遠距離用の拳銃。その両方がフロガのミカヅキブレードによって破壊された今、杏樹がフロガに勝つ方法は、無くなってしまった。
かのように思われた、が。
「……ねェ、フロガちゃン。なンであたしはこうも弱くなッたンだと思う?」
一定の距離を保ったまま、杏樹は腰に両手を置きつつ問いかける。高周波ブレードも、拳銃も失ってしまったというのに、なぜこんなにもヘラヘラしているのだろうか? フロガは、杏樹のその態度を不思議に思いつつ口を開く。
「……慢心。更に強くなろうとする力。それが欠如しているからだ」
「ン〜〜。たしかに、それもあるかもネ。……でもサ」
…………ピシッ。
空気の軋むような音がする。
「武器に頼るから、ニンゲンは弱くなるンだろうなッて。たまに思うンだ」
不気味な笑みを浮かべて、杏樹はそう呟く。その笑みを見た瞬間、フロガは背筋に強烈な悪寒が走るのを感じた。
もはや絶望的な状況に陥ってしまった杏樹の顔が、どんどんと薄暗く濁っていく。血管が浮き、目が充血し、兎にも角にも雰囲気が一転するさま。その姿はまるで、いつか杏樹が戦った八尺様。脳のリミッターを外した鈴佳の姿と、とても似通っていた。
「……こんな姿を、隠していたか」
人間とは思えないような、その杏樹の姿。冷徹なフロガですら、その姿を見れば汗を垂らしながら不都合そうにそう言葉を零してしまう。資料にはなかった、杏樹の武器。否……、杏樹の言葉から引用するのならば、これは武器ではない。人間にはできないような短時間での純粋な肉体強化を、杏樹はしてみせたのだ。
「……あンまりコレは使いたくないンだけど。本気にさせた責任、フロガちゃンがきッちり取ってネ」
鈴佳は、ある実験によって、脳の制限を解除するという能力を得た。しかし、杏樹はそんな実験なんてせずとも、自分の意思で自分の脳の制限を解除できる。
その上、会話等の意思疎通ができなかった鈴佳とは違って、杏樹はしっかりと思考をして言葉を発していた。何も考えずに攻撃を振り回していた八尺様とは、全然違う。元からある戦闘能力が上昇し、更に杏樹の思考が加わる。つまり、あの八尺様の完全なる上位互換のような存在へと変貌を遂げたのだ。
「…………ああ。来い」
銃弾のようなスピードで襲いかかってくる杏樹。これまでの戦闘は、戦闘でなくただの前座に過ぎなかったのだろう。そう感じながら、フロガは目を見開いてミカヅキブレードを構え直した。
なんとか、ギャリアによって放たれる無数の弾丸を回避し続ける夏怜。恐怖心に体が支配されていても、死にたくないという本能が彼女を動かしていた。
「……ちょろちょろと動き回るだけで、もう攻撃はして来ないんですね」
弾切れを危惧したギャリアは、一度発砲を止めてからそう呟く。かなり大きな隙を見せているが、ギャリアにとってはそんなの関係なかった。萎縮してしまっている夏怜は、攻撃を仕掛けてくることなんてないだろうと踏んでいたからだ。
事実、夏怜はギャリアが隙を見せているにも関わらず、攻撃を仕掛けることはしなかった。さっきのように、自分から攻撃を仕掛けた矢先にそれを見抜かれ、死んでしまう。それを避けたかったからだ。
「いいんですよ、逃げても。貴女もこの国の被害者ですから」
「……はぁ、……?」
弾を込めても、銃口は夏怜に向けないギャリア。敵に情けをかけられるという、戦闘をするにあたって絶対に直面してはならない状況。その状況に直面した夏怜は、思わず困惑した表情を浮かべてしまう。
「私だって面倒ですし、貴女も殺意はないようですし。このまま戦っていても、いつかはボロが出て死ぬだけなんですから」
ギャリアに告げられた提案。たしかに、真っ当だった。すぐに殺せるならまだしも、このまま延々と時間と弾を浪費していては無駄だと感じているギャリア。死を恐れ、殺害も捕縛もしようとすることができない夏怜。2人にとって、この戦いは無意味以外のなにものでもなかった。
夏怜の思考が、緩んでいってしまう。ボクじゃなくても、誰かがコイツを倒してくれるんじゃないか。そうだ、杏樹ならきっと────。
「…………!」
そんな夏怜の視界に、第11班の2人の死体が映る。自分を守ろうとして、ギャリアを制圧しようとして、呆気なく死んだ2人。彼らは最後まで戦って死んだのに、ボクはいったい何をしてるんだろうか? たった1回弾丸が顔の横を通り過ぎたくらいで怖がって、敵に情けをかけられて、挙句の果てには逃げようとして。……師匠や杏樹なら、絶対にしないことだ。
曇っていた夏怜の表情が、深呼吸をすると同時に変わっていく。逃げ続ける羊の目ではなく、覚悟を決めた狼の目。被食者の表情から、捕食者の表情へ。
「…………覚悟が、決まったよ」
もう一度深く息を吐いてから、夏怜はギャリアにそう伝える。表情からして、きっと戦いを続けるつもりなのだろう。それを察したギャリアは、夏怜の馬鹿な選択を戒める訳でもなく、静かに呟いた。
「……そうですか。じゃあ、私も本気を出させてもらいます」
そう呟くと同時に、ギャリアは2つの拳銃のモードを変えた。今までは、弾丸を1発ずつ、つまりは単発で撃つモードだったが……。それとは打って変わって、連射ができるモードに変えたのだ。
夏怜がノリに乗ってしまう前に決めてしまおうという、という魂胆。ギャリアは、容赦なく弾丸を夏怜に浴びせ続ける。
「結局は避けることしかできてないじゃないですか」
弾丸を避けつつ、ギャリアに近づいたかと思えば、また遠ざかって。左右前後にひたすら動き回る夏怜。なにか武器を取り出している訳でもないし、肉弾戦でも仕掛けようとしているのだろうか?
銃を相手に肉弾戦なんて、馬鹿の考えること。動きがランダムで当てづらいが、それは連射という性能がカバーしている。
「……ッ゛、……!」
動き回る夏怜の太腿に、風穴が空く。ギャリアが放った弾丸の1つが、遂に夏怜を捉えたのだ。
苦痛を必死に堪えて、夏怜はそれでもひたすら動き回る。その行動に、いったいなんの意味があるんだ。ただ痛いだけで、ただ無意味で、ただ死んでいくだけの、その行動。なのに、目には光が宿っている。
「……もういいですよ。早く楽になってください」
行動することに意味がある? そう考えているのなら、それは間違いだと伝えなければいけない。一気に接近してきた夏怜へと、ギャリアは無慈悲に弾丸を浴びせる。
「…………ありがとう、単純で居てくれて」
ここ1番の集中力を、夏怜は発揮する。当たってしまえば死亡は免れないだろうという弾丸を全て動きのままに避けて……、夏怜はギャリアに真っ向から衝突する手前で、前転してギャリアの背後へと回った。
「ッぐ、っ……!?」
即座に振り向いて、回り込んだ夏怜に弾丸を放とうとした、その瞬間。脳へ送られる血液が、何故か欠如し始めるギャリア。間違いない。紐のようなもので、首を絞められている。
さっきから、覚悟を決めた夏怜が回避ばかりしていた理由。それは、この特殊ワイヤーをギャリアの近くに張り巡らせるためだった。手袋から伸ばされているこの特殊ワイヤーは、主に人を気絶させるのが目的。
夏怜と背中同士を合わせるようにもたれかかりながら、ギャリアは呻き声を上げる。首に引っかかるものを取ろうと、拳銃を持った手で首筋を触るギャリア。しかし、その紐のようなものは細く強固で、取ることは容易ではなさそうだ。
「……っ゛、〜〜……ッ……!」
酸素が全く回っていない、真っ赤な顔。歯を食いしばりながら、ギャリアは首の紐を取ろうとするのを諦める。
そして、真後ろにいる夏怜に銃口を向けたかと思えば……。力が入らない指先になんとか力を込めて、ギャリアは夏怜に何発か弾丸を撃ち込んだ。
「ッ゛、…………!!」
腕と背中に、弾丸が撃ち込まれる夏怜。それでも、夏怜がギャリアの首を絞めるワイヤーを緩める気配はなかった。唇から血が出るほどに強く唇を噛み締めて、夏怜はワイヤーを引き続ける。
早く気絶しろ。早くこの紐を緩めろ。互いの強い思いが交差した、その瞬間。何かがゴトッ、と床に落ちる音がした。
「…………、!」
視界の端に映る、金色の拳銃。止む呻き声。背中越しに伝わる、筋肉の弛緩。それらを感じた夏怜は、強く引っ張っていたワイヤーを緩ませる。
ギャリアの首に引っかかっていたワイヤーが解けると同時に、ギャリアはその場に崩れ落ちた。その姿を見て、夏怜は軽く口を開きながら実感する。この戦いに勝ったんだ、と。
「……救急車、呼ばないと」
気絶したギャリアと、各所から血が流れ出ている自身。背中の銃痕を抑えつつ、夏怜は携帯を開く。救急車を手配するよりは、岬に連絡した方が早いだろう。そう考えた夏怜は、岬に電話をかける。
三日月の夜、勝者が1人生まれたのであった。