「いや〜……驚いたよ。まさかお前が杏樹の知り合い……しかも同居してるなんてさ、める!」
ある日の昼下がり、あるファミレス。珍しい組み合わせとも言えるような2人が、談笑しながら食事をしていた。その2人とは、先日杏樹に世話になった桜李と、そんな杏樹と同居しているめるである。
「私もびっくりだよ。まさか杏樹と桜李がいつの間にか知り合ってたなんて……」
例の事件が終わった後に杏樹の話を聞いためるが、「その桜李って子、もしかしたら高校の時の同級生かも」という言葉を放ったのが始まりだった。卒業アルバムを確認してみれば、そのめるの予想はビンゴ。同じクラスの名簿に、九十九桜李という女の子が居た。
卒業がきっかけで離れてしまったが、彼女たちは元々仲が良かったからか、桜李が杏樹に会ったことをを機会に一度会ってみようという話になって、このような状況になったのであった。
「……その、さ。杏樹から話は聞いてるんだけど……」
「ん? ……あ〜、別に気を使わなくてもいいよ。親父と陸斗の事だろ」
桜李の父である九十九豹仁とは、めるも何回か会ったことがあった。買い物に行った時や、参観日の時など。互いに顔を知っている程度の関係だったが、それでも友達の親の訃報となれば悲しむのは当然。杏樹によって九十九の死が話された時、めるは悲しい気持ちになってしまっていた。
今回の事件の犯人である陸斗もまた、かつてのめるの同級生。特別仲が良かった訳ではないが、友達の友達という感じで、勉強を教えてもらったりしたことがある。優等生だった陸斗が、桜李の親を殺す。そんなこと当時は全く考えられなかったから、聞いた時は衝撃で開いた口が塞がらなかった。
「……全くの他人みたいなもんだし、亡くなったことすら知らなかったからなんとも言えないけどさ。生前はよく話してくれたから、お葬式に行けなかったのが申し訳なくて」
「……なんだ、そんな事かよ! 大丈夫だろ、親父はんな事きっと気にしねぇよ。いつか天国で出会った時に礼の1つだけ言う、それでいいんだ」
唯一の親が死んで、信頼していた親友が死んで。立て続けにそんな出来事が起き、かなり精神が参っていた桜李。そんな彼女は、もう居ない。なんとか立ち直った桜李は、他人を励ますことができる所まで回復した。
桜李に励まされためるは、申し訳なさから背けていた目線を桜李に合わせる。大人になったから落ち着いたという訳では、きっとない。今回の事件を経て、桜李は人間として成長したのだ。少しだけ怖い目つきは高校生の時から変わらずそのままだけど、笑いかける姿が当時とは全く違う。
その笑みは、彼女の父を想起させるような笑み。完全に彼女の父が重なって見えてしまっためるは、思わず笑みを返してしまう。
「……そうだね!」
「…………いや〜、にしてもオレが館長になるってのは……」
「調子乗って甘いもの食べすぎちゃったかな〜……」
卒業してから会っていなかった間にあったことを話していれば、時が過ぎるのも一瞬で。夕飯を作らなきゃいけないからと、辺りが少しだけ暗くなってきた頃にめるは桜李と別れた。
どうせなら買い物も済ませて帰ろうかと思って、財布の中身を確認しながら歩くめる。ここら辺は車通りも少なく、気が緩んでしまっていた。────曲がり角を曲がろうとした、その時。ちょうど角から出てきた人間が、めるとぶつかってしまった。
「……ぁ、すみません……って、杏樹」
両者転んだりはしなかったものの、不注意だったのは事実。自分よりも背丈が大きいその人物を見上げながら、めるは謝罪をする。……ところが、そのぶつかった人物の顔をよく見てみると、めるにとっては見知った顔。そう、桜李との会話でも出てきた、同居人の杏樹だったのだ。
「あれ、めるちゃん。こんな所でどうしたの」
「どうしたのって……こっちのセリフ。今日はなんも予定ないって言ってたじゃん」
桜李と2人で行う小さな同窓会へ行く前に、家に居た杏樹にめるは確認をしていた。今日は家を出たりすることがないか、帰ってくる前にほしいものはないか……など。その時に、杏樹は「今日はずッと家に居る予定かナ」と言っていた。そんな家に居るはずの彼女が、今目の前に居る。自宅から近い距離でもないから、コンビニなどの用事でもないだろう。あからさまに意味不明な状況に、めるは困惑してしまっていた。
「いや〜、実はさ。最近話題になってる観光場所がこの近くにあるらしくて」
「この近く? へぇ〜……そんな場所あるんだ。っていうか、杏樹ってそんな趣味あったっけ?」
普段は面倒臭がりで、どこかに行こうと言ってもあまり乗り気になってくれない杏樹。そんな杏樹が自分から観光場所へと歩いて向かうなんて、考えられないことだ。明日は槍でも降るのであろうか? いつもの彼女と違うということは、明白であった。
「まぁね、気まぐれかな。……そうだ、めるちゃんも来る? どうせなら綺麗だし行こうよ」
「え〜、私も? ……まぁいいけど」
杏樹が一緒にお出かけする提案をしてくれる。それは、めるにとっては新鮮な事だった。その甘美な誘惑にまんまと釣られてしまって、まっすぐ帰る予定をめるは変更する。
恋人でもなければ、親友という訳でもない2人。ただの同居人という関係。そんな関係を、今は楽しんでいたい。少しだけ上機嫌なめるに背を向けて、杏樹は歩き出す。同居人との初めてのデートは、めるにとって苦い思い出になるのであった。
「…………もうこンな時間か」
リビングに置かれている時計を見て、杏樹は呟く。少しダラダラしていると、いつの間にか時計の針は夜の8時を指していた。何も予定が入っていない日は、どうしてこんなにも時が過ぎるのが早いのか。時間という概念は、不思議である。
いつもこの時間帯に帰る時は、帰るのが遅くなるという旨を必ず伝えてくるはずのめる。几帳面な彼女は、6時半頃に帰る時でさえ連絡してくる。そこら辺の中高生の門限と同じくらいの感覚を持っている彼女。そんなめるが、連絡を寄越してこない。
久しぶりに会う桜李との会話を楽しんで、連絡を忘れているというのが普通の考え。……それでも、考えすぎかもしれないが、彼女の身に何かが起きている可能性がある。いつになく心配になった杏樹は、めるに電話をかけることにした。
「……ェ〜、めるちゃンが電源切ることなンてあるかなァ」
しかし、何度電話をかけても携帯の画面に表示されるのは「応答なし」。めるに電話をかけてそう表示されるのは、これが初のことだった。
めるの携帯がダメなら、一緒に居るであろう桜李の携帯だけが頼りだ。つい最近繋いだ桜李の連絡先へ、杏樹は電話をかける。着信音が10回ほど繰り返し鳴り響いて、こっちもダメか……なんて杏樹が思い始めた頃。電話が繋がる音がした。
「もしもし〜? どした?」
スピーカーから発されたのは、いつもと変わらぬ桜李の声。周りがガヤガヤしているという様子もなく、きっと外で電話をしてる訳ではない。とはいえ、桜李に繋がったのなら一安心だ。今日は桜李とお茶会をしてくると言って出かけためるだ、きっと彼女と一緒の場所に居るに違いない。
「めるちゃンと一緒でしョ? 今どこら辺に居るのかナ〜って」
「……え? めるなら3時間以上前にもう別れたぞ」
先に胸を撫で下ろしていた杏樹が、もう一度眉間に皺を寄せる。徒歩で行ける距離のファミレスを3時間以上前に出たのに、自宅には帰ってきていない。買い物をしているとしても、連絡が全くつかないというのには嫌な想像をさせられる。
めるの身に、何かが起こっているに違いない。電話に出てくれた桜李に礼の言葉を呟いてから、杏樹は繋いだ電話を切る。そして、杏樹はめるの捜索に必要なものを探すために行動を起こし始めた。
「めるちゃンが行くッて言ってたのは〜……ここで間違いないネ」
まず、めるが行くと言っていたファミレスの位置を確認する。そして、そこから自宅までの道のりを、様々なパターンを想定しつつ特定。めるが通りそうな道は、3つ程度だった。
驚くことに、どの道も薄暗く事件が起きやすそうな場所……という訳ではなかった。3つの道は全て、どれも住宅が集まっているような場所。いわゆる住宅街だ。そんな場所では、事件が起きる確率は極端に低い。めるが帰宅している時間帯なら買い物を終えた主婦などが多く通るだろうし、事件にしても誘拐にしても、悲鳴をあげられたりすれば一発でアウト。そんな場所で事件なんて、起こすだろうか?
「……ッと、ここは……」
そんな疑念を浮かべながら携帯に表示されている地図を見ていると、杏樹はとある場所の存在に気づく。住宅街の中に何気なく建てられている、比較的大きな神社の存在だ。
何も、住宅街に神社があることを否定したりはしない。古く昔からその場所に建てられていたから、移転や再建築なんていうのはしない……なんて考えがあるのも杏樹には分かる。杏樹が不審に思ったのは、その規模なのである。
これまで杏樹が訪れたことのあるような、櫻葉が居た教会や仈湧村の神社は、単に信仰だけが重要視された建造物。しかし、現在杏樹の目に止まっている神社は違う。ある程度の人数が住めるであろうスペースが確保されている広さの建物なのだ。
「……なんて読むンだろ、キツネ……?」
その地図に表示されている神社の名前。狐の次に書かれている文字が読めず、杏樹はソレをコピーして検索してみる。検索の結果出てきたのは、
どうせなら詳細まで調べてみようと、杏樹は狐彌神社と検索して出てきた文献を見てみる。何やら、その神社の中には沢山の人が住んでいるとか、天狐という存在を崇めているのだとか……。し量が少ないその神社を、杏樹は怪しく思い始める。
「……もう少し早かッたら警察の手も借りれたンだけどナぁ。すッかり時間切れだ」
めるが事件に巻き込まれて数十分とかそこらなら、無理やりにでも岬の手を借りて近隣住民に聞き込みをしたり、監視カメラの確認をすることも可能だった。しかし、今はそれができる時間帯ではない。
頭を掻きつつ、あくまで面倒くさそうに。そして、不満げに。バイクの鍵を握りしめて、杏樹は玄関へ歩いていく。今から向かうは、狐彌神社。そんな思いつきのような行動でめるを探し出せるなんて、思っちゃいない。それでも杏樹がその神社へと向かうのは、単純に予感がしたからだった。天才は、予感ですら上手く使いこなすのである。
「……しゅっぱ〜つ」
夜の東京を走るバイク。制限速度とかエンジン音とか、正義執行人には関係ない。同居人を救うために、杏樹は愛馬を走らせるのであった。