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第17話 八尺様





「……ココが仈湧はちわき村かァ」


 移動の果てに、3人はスーツケースをガラガラと引きながらある村へとつく。仈湧村。歴史の文献などが少なく、人が寄り付いたりもしない、森に囲まれた青森県の村である。東京とは違って、すっかり雪が降り積もっており、杏樹がめるに渡された防寒具は、早くも効果を発揮していた。


「……あ〜、なんか移動だけで疲れたかも……」


「移動だけで4時間くらい使ってるからな、気持ちは分かる」


 早くも弱音を吐く夏怜に、岬は励ますような言葉をかける。ここまで、新幹線で3時間半、バスで30分程度。あまり混んでいなかったのは幸いだが、それでも普段こんな大移動をしない夏怜にとっては疲れるものだった。

 何となく奇妙な雰囲気の仈湧村の特徴。それはなんと言っても、色付く四季の木々を見ながら浸かれる温泉だ。そんな温泉こそあるものの、一般人には全く知られておらず、調べ尽くした岬がようやくその存在を知るくらいの知名度らしい。特徴すら知られない仈湧村は、やはり不気味である。


「そンで、これからの予定は?」


「18時に村長の家を伺って、詳しい話を聞く。それまでは基本的に旅館で過ごすが……まぁ、自由時間だな」


「寒いから早く旅館行っちゃおうよ……!」


「それもそうだな」


 0度を下回っている気温。近年の東京では経験することのない気温だ。その氷点下の寒さに耐え兼ねて、3人は外で会話をするのを辞めて真っ先に旅館へと向かう。村自体がかなり小さく、バス停から旅館は歩いて5分ほどの距離。早く暖かい場所に行きたい……なんて、早歩きになりながら3人は移動を済ませた。


「……じゃあ、杏樹はそこの部屋。私と夏怜ちゃんはこの部屋に居るから、用があればここに来るかメールで知らせてくれ」


 旅館について、受付も済ませて……部屋の方向へと歩く3人。そして、ある部屋の前で立ち止まると、岬は何食わぬ顔で当然かのようにルームキーを渡しながら、杏樹にそう告げる。


「待ってまって待ッて、なんであたしだけ違う部屋なノ??」


「当たり前だろ。一昨年、私を襲おうと……」


「ァ〜〜!! 分かった分かッた!!」


 事細かにその詳細を語ろうとする岬の口を塞いで、杏樹は言葉を遮った。今狙っている夏怜に、そのエピソードを聞かれてはまずい。これから隙を見計らって抱く事はおろか、ドン引きすらされてしまう。これから長い付き合いになるだろう夏怜と、そんな気まずい関係にはなりたくない。

 2人を無言で見つめながら、夏怜は頭にクエスチョンマークを浮かべる。でもきっと、これも仲がいい故なんだろうなんだろうなぁ。そう思い、夏怜はその2人の絡みを止めずに居た。


「……17時40分に、ロビーに集合。1時間も無いくらいだな」


「は〜イ……」


 やっぱ1人は寂しいなァ、なんて思いながら部屋に入っていく杏樹。そんな杏樹の携帯に、部屋に入った瞬間連絡が来る。連絡先を交換している人なんて限られているし、いったい誰からだろう……なんて思いつつ携帯を開くと、その通知はまだ連絡先を交換していない夏怜からのものだった。


「よく分かんないけど、寝る時以外なら来てもいいって清水さんが言ってた! 暇ならお部屋おいで〜!!」


 ……天使か? 杏樹は、夏怜から送られてきたメールを見て、静かに息を吸いながらそう思った。お部屋においでなんて言ってくれる夏怜の可愛さに、こちらの寂しさを気にしてかそう言ってくれる岬の優しさに。条件付きとはいえ、前科持ちの杏樹を部屋に入れることを許可出来る岬は、やはり優しすぎる。


「……来たヨ〜2人とも!」


 荷解きをする間もなく、杏樹は自身の部屋のルームキーと携帯、財布だけを持って、2人が過ごす部屋の扉をノックしながらそう言った。











「……そろそろだな。杏樹、準備はしなくてもいいのか?」


「大丈夫大丈夫。連絡はしてるンでしょ?」


 3人で雑談をして、30分程度の時が経って。岬は、スーツケースの中をゴソゴソと漁りながら杏樹に問いかける。これから村長の家に行くのだが……正装などじゃなくても別にいいから、杏樹は最悪携帯と財布さえ持っていればよかった。

 正装はしなくてもいいというか、むしろこういうケースはしない方が良い。いざ犯人と対面した時、いつもの動きが堅苦しいスーツだと出せなくなるというリスクがあるし……なんと言っても、犯人に一方的に姿を見られてしまったら、逃亡等をされてもおかしくはないからだ。つまりはまあ、私服警官ということである。


「村長の家には何分くらいでつくの?」


「旅館から10分しない程度でつくらしいが……この村に来るのも初めてだからな、少し早めに出るぞ」


「は〜い!」


 元気よく返事をして、夏怜は立ち上がる。初めての仕事に、やる気満々なのだろう。いよいよ事件の解決が始まってしまう……なんて憂鬱になっている杏樹と岬とは対照的だ。

 そして、3人は軽い荷物だけを持って部屋を出る。ロビーに居る店員にルームキーを預けると、旅館内とは大きく違う気温の外へと足を踏み出した。杏樹の格好は来た時と同じだが、岬と夏怜は来た時と違って寒さ対策にコートや防寒具を着ていた。


「……やはり、想像以上に冷えてるな……」


 そんな寒さ対策はしているものの、やはり東京とは全くと言っていいほど違う寒さに、岬は白色に濁っている息を吐きながらそう呟く。


「ぅ〜……耳と鼻が冷たい……」


 空気が冷たすぎると、鼻の真ん中ら辺が凍ったような感覚がして、痛くなる。ある程度寒い地方に行ったことがある人ならば、経験したことがあるだろう。手と手を擦り合わせながら、夏怜はそれについて嘆いていた。


「ハハ、夏怜ちゃン耳真っ赤じゃン。可愛い〜」


「そういうお前も珍しく顔が赤いけどな」


「は〜? 言わなかったケド岬ちゃンも赤くなってるじゃン! 耳とか顔とか全部!! 可愛いネ!!」


「はっ倒すぞ」


「まあまあ……」


 そんななんの意味もない会話をしながら歩いていると、さっき岬が言った通り、10分もしないくらいで村長が住んでいる家に到着した。少し早いが、遅刻する方が断然礼儀が悪い。

 インターホンを探してみたが、どうやら無いようだった。田舎の村には、たまにある。ご近所付き合いが長いからか、呼びかけ無しで家に入ってから家主を呼ぶ……とか、そういうの。古くから付き合っているという信用感があるから、チャイムは必要ないのだろう。


「ごめんくださ〜い」


 仕方なく、割と大きめの声で岬は家へと声をかける。黙ってしばらく待っていると、急いで玄関へと駆け寄ってくる足音が室内から聞こえてきた。


「…………どなた様?」


 引き戸を引いて出てきたのは、すらっとした体格の、黒髪ロングの女性だった。どなた様、という言葉を発しただけでも、方言を感じるイントネーション。大人な見た目で、佇まいも凛としている……が、若干残る顔の幼さから推測するに、まだきっと未成年。うン、抱ける。むしろ抱かせて欲しいくらい。杏樹は、後ろから出てきた彼女を見て勝手に想像していた。

 きっと、彼女は村長じゃない。村長なら確実に知っているはずだし、ご家族か何かなのだろう。


「今日18時から此処を訪れる予定が入っていた清水と申しますが……」


「コラ鈴佳すずか、勝手さ出るなど何度喋ったっきゃわがる!」


 扉を開いた彼女の後ろから、岬の言葉を遮るように怒鳴りつける初老の男性の声が聞こえる。対応をしてくれていた彼女は、ハッとした顔をすると共に後ろを向いて、急いで家の中へと戻っていった。

 ドスドスと足音を響かせて、ぶつくさと彼女に対する文句を言いながら、3人が居る玄関の方へ近づいてくる老人。きっと、彼が村長だろう。いかにも偉そうな態度の老人だ。


「うぢの娘がすまんかったね、清水さんだべな? 話は聞いでら、入ってけれ」


「いえ、こちらこそ……。失礼致します」


 せっかく可愛い子を拝めるチャンスだったのに〜、なんて不満げな顔を浮かべながら、家の中へと入っていく岬を追いかけて杏樹は足を進める。久しぶりに見知らぬ人の家の中へと入る夏怜も、杏樹の様子を見て、同様に。

 檜原村の輝煌山家とは違って、特別お金持ちの家といった雰囲気は無く、村長の家と言えどただの一軒家のようで、3人はリビングへと通された。


「寒がったべ、茶ァ飲んで暖まれ」


「ありがとうございます、いただきます」


 温かく湯気の出ている茶を3人分出して、老人は杏樹達に対面するように椅子に座る。


「一応自己紹介はしておぐ。野坂行雄のざかゆきおだ、好きに呼べ。この村の村長だ」


 キツく訛った言葉で、野坂はそう話す。津軽弁は、とても訛っている人だともはや日本語と認識出来るか危ういレベルと聞くが……野坂はどうやらそのレベルではないらしい。それか、他の県から来た人と話す時だけは抑えて喋っているかの2択だ。


「……この村で起ぎでら事件を知りてんだよな?」


「はい。連続で未成年が行方不明になっている、というのは聞いているのですが……詳細を伺いたいと思いまして」


「……現実離れしてるが、そえでもいんなら話すばって。……この村には、八尺様出るどいう噂がある」


 現実離れとは言ったものの、老人の中には話を盛る人が少なからず居る。きっと大したことじゃあないだろう。そんな3人の考えは、野坂が話した言葉によってあっという間に打ち砕かれた。

 八尺様。それは、今やあらゆる世代に知られる、ある都市伝説である。2メートルを超えた身長に、白いワンピースを着た大女。白い帽子を被っていて、話す言葉は「ぽ」という1音のみ。それが、簡単にまとめた八尺様という怪異の概要だ。そんな現実離れした怪異は、巨人症を患っている女性がコスプレでもしない限りは現れることなんてそうそう無い。噂に過ぎないだろう、と黙って3人は心の内で思う。


「この仈湧村には、古ぐがら伝わる伝承がある。男女問わず、3ヵ月に1回、山奥にある神社さ生ぎだ子供の魂捧げねばならんという伝承だ。現代はんな事してねはんで、八尺様怒ったがもすれね、なんて村の人々は噂しとる」


 何がなんでも、話が飛躍しすぎというか……。現実離れしすぎているというか。にわかには信じ難いような話だ。2〜3週に1回のペースで最近は未成年の子供が連れ去られているのだから、そんな冗談みたいな事を聞いてる暇はない。岬は、思い切って聞いてみることにする。


「……その噂も有難いのですが……、もっとこう、怪しい人物やガラの悪い人物を村で見かけた、なんてことは無いですか?」


「そった奴は滅多に見ねぇじゃ」


「子供が連れ去られた、という親御さんも村民の中に多く居ると思うんです。何か些細な情報でも……」


 これでは、思うように捜査が進まない。村民に聞き込み調査をするのも面倒だし、事件が起きるその時を待つとしても、その事件の現場に3人の内の誰かが居るとは限らない。些細な情報でも欲しい、猫の手も借りたい、そんな状態の岬は、野坂に問いかける。

 問いかけられた野坂は、トイレは便所でするもんだ、なんて当たり前の事を伝えるような顔で、口を開く。


「むすろ、村の皆は納得すておる。八尺様の祟りが静まるまでは、しょうがねって」


 村中の子供が連れ去られているのに、そんな簡単に八尺様なんて噂で村民全員が納得出来る訳が無い。……村長という偉い立場なのに、野坂は胡散臭い……というより、危機感が足りていない。なにか隠し事をしているようにも思えるが、村長がそんな事をしてたら大バッシングだ。

 これ以上聞いても、野坂の期限を損ねてしまっては村の居心地が悪くなるし、何より時間の無駄だ。岬は、勢いよく茶を飲み干して口を開く。茶を飲み干すというのは、もうすぐここを出るぞという合図だ。杏樹と夏怜も、それに釣られて茶を少しずつ飲み干していく。


「……目撃情報等があれば、どんな些細なことでもいいので、是非私の電話番号におかけください。すぐに対応致します」


「ああ、わがった」


「私達は村の人達に聞き込みをしてきます。本日はありがとうございました」


「村の皆の為にも、是非事件解決すていってけれ」


 3人は立ち上がり、野坂を前に歩かせてから玄関へと向かっていく。……大した収穫はなかったとはいえ、村に居る全員が協力すれば、犯人の確保は容易いとは言えずとも出来るはず。野坂が言った通り、村の皆の為にも絶対に解決をしなければいけない事件だ。


「それでは、お邪魔しました」


「気軽さ来てけれな」


 野坂からお見送りを受けて、3人は家を出る。そして、家から充分に離れ、村の住人なども居なさそうな場所で、岬は2人に問いかける。


「……あの村長の話、お前らはどう思った?」


「どうも妙に胡散臭いよネ。八尺様なンて、絶対信じてる人居ないヨ」


「……ボク、怖いのとか苦手なんだけど……」


「大丈夫だろ、怪異なんて存在しない。この世の事件は全て人間が起こすものだ」


 子供らしく怯える夏怜の背中を軽く叩きながら、岬はクールにそう伝える。そんな気軽にボディタッチを……岬ちゃンもやるようになったなァ。杏樹は、気軽にそんな事を思いつつ、携帯で八尺様について調べる。「仈湧村 八尺様」と調べてみても、核心を突くような検索結果は0件。やはり、あれは野坂が適当についた嘘なのではないか。

 野坂に聞き込み調査をするとは言ったが、これからは夕飯時だし、外も冷えてきた。出来れば日中が良いからと、3人は旅館へと戻る事にした。















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