「
一斉に騒ぎになった。
待ち構えていた警備隊は乱れるままに僕らを取り囲もうとし、
「うるさいなァ。どっちが不協和音だよ」
こんなときでも冷静に言ってのけると、ソルダは僕の手を引っ張り華麗に銃弾をかわしながら柱の中を走っていった。
乱雑な足音。街中に響く銃声。叫ぶ声。
めちゃくちゃな音だけど、不思議と怖くはなかった。めちゃくちゃな楽譜だけど、楽しかった。
新しい音楽が、鳴っている。
「意外に楽しそうだね」
「うん。でも、この先どうやって──」
柱の上、星々の明かりに照らされた下に一人の男が立っていた。
長身痩躯。
忘れることなんてできない。あの男が
僕はソルダの手を振りほどいた。
「あそこに指揮者がいる。この街の指揮者が」
「指揮者じゃない。支配者だよ。12を厳格に守ることしかできない支配者。そして、私達の目的もあそこにある。行こう」
指揮者はこの街の支配者。警備隊をも指揮している。
僕らの向かう先は──。
「ソルダ! そっちは行き止まりだ!」
「大丈夫!」
ソルダは壁に手を当てるとコンコンと2つノックをした。
「例えばの話、ソロが
「どうって……今、そんな謎解きをしてる場合じゃ」
「答えて」
「……ソロはアンサンブルができない。奏でられる相手がいないから」
「正解」
ソルダは笑った。とても哀しげに。僕はその表情を知っている。
「だから私は何度も何度も願った。『誰でもいい、この世の誰でもいいからどうか誰か私と音を奏でて』って。そしたら応えてくれた。ほら、こんなふうに」
壁から光が溢れ出す。眩しい懐中電灯や穏やかな星の光でもない、優しく、でも力強い緑色の光がソルダを包み込んでいた。
驚く僕の手を引っ張ると、ソルダは壁を上り始めた。
「これが私の相棒。さあ、行こう」
壁が階段へと変わっていた。当たり前のように上っていくソルダの後ろをやっとの思いでついていく。
「『共鳴』って名付けた。私の能力。無敵の力。命のない物には何でも命を吹き込むことができて、私の意図を理解した行動をしてくれる。一時的だけど」
「それは、どうやって?」
「言葉で説明するのは難しいな。ソロの力ってとこ」
「ソロの力……」
階段を登りきった先は中心街のてっぺんだった。
12の壁が合わさる真ん中には12の鐘が置かれている。この街の12を象徴する大きな鐘。
でも。
「
「ここだよ」
注意を呼び掛ける前にソルダの背中が銃剣で貫かれる。
「ソロの力なんてない。身に沁みてわかっていると思ったが、我が息子。いや、アド・リビトゥム」
倒れたソルダの背から銃剣を抜き取ると、全てを──そして僕を支配する
「まさか、この小娘が泥棒だとはな。確か
冷たい目。よく知っている。ジュニアスクールのときから僕は1人だった。
でも、それまでは1人じゃなかった。
家族がいた。おじいちゃんとおばあちゃんを入れて全部で12人の家族だ。だけど、あるとき僕のお母さんが急死して11人になった。
割り切れない11人では同じ家の中では暮らせない。
だから、僕はソロになったんだ。
マエストロは厳格にルールを守っただけ。優しかった眼差しは冷たく変わり、僕は家を出ていくしかなかった。
「愚かな。家族の誰かの音が消えれば、いずれはお前も同じ家に暮らせる。そのためにアパートを用意した。学校にも行かせてやり、将来のためにと新譜もたくさん送った。何不自由ない生活を送らせていたはずだ。なのに、こんなこと」
「
「何?」
「ソルダが言っていた。この街には自由がないって。僕は知っている。みんな予定調和の楽譜通りに動いているだけだ。ここでは誰もアドリブができないし、
マエストロは銃剣を僕の目の前に突き付けた。
「ハーモニーは上手くいっている。今までもこれからも。この街では誰もいらない音などなく、何かの組織に組み込まれている。はみ出たお前達が
心臓が早鐘を打つ。命の音が聞こえてくる。
不協和音でもなんでも構わない。僕だけの音だ。
覚悟を決めたそのとき、ソプラノの口笛が確かに聞こえた。
「不協和音とか和音とかソロとか──関係ない。私達はみんな違う音を出してるんだよ!」
顔を上げると巨大な鐘がマエストロを捕まえた。
ソルダはどこから出したのか大鎚を構えると、その鐘をやたらめったら打ち付けた。
「どうだ! これが不協和音だ! 嫌か! うるさいか! この! この! この! この!」
鐘の音が響き渡る。不格好な音。12の音階から外れた13番目の音。その音が街中に響き渡っていく。
「これで、
最後に叩き付けた音は一際大きく鳴り響き、空気を伝って建物を揺らしていった。
街の全てを決めていた12の音も一斉に鳴り響き、高らかな音が自由なハーモニーを創り上げていた。
12の音は確かに1プラスされて13の音になった。
街全体を覆っていた12の不協和音がソルダによって盗まれたんだ。
「さて。
「でも、どうやって?」
ソルダは硬い石床に手を当てた。すると、いつの間にかその手に縄が握られている。
「運んできてもらったんだ。この子にね。ついでに言うと、この大鐘と大鎚はスミスの鍛冶屋の工具達に造ってもらった。12の楽器を材料にね」
「銃剣は? ……刺さったんじゃ?」
「ああ。それはこれ」
背中から何かを取り出す。それは分厚い楽譜だった。
「これはね。双子のもう一人の楽譜。私の家はお腹の中の子を入れて12人だった。お母さんは音楽家で、生まれてくる子どものために曲を作っていたんだ。だけど実際には双子が生まれてしまって13人に。追い出されたのは私。でも、残った子はすぐに死んじゃってさ。私を連れ戻しに来たんだけど、勝手過ぎるだろ、ってこの子の楽譜だけ持って逃げてきたんだ。だからこれは私のお守り。分身だから。──ソロの力も、きっと私の願いに応えたこの子が叶えてくれたもの」
ソルダはまた、哀しい笑みを浮かべて目を瞑った。
けれども、やがて開いた瞳はキラキラと輝いていた。
「さあ、逃げよう。明日からこの街は大変なことになるよ。自由が一気に押し寄せてきたんだから」
「でも、これこそがハーモニーだよ。だって不協和音がない音楽なんて面白くない」
ソルダは手を差し出した。僕はその上に手を置いた。
ソロの力はきっとある。もともと音は一つ、孤独な音しかないはずなのに。
世界は音楽でできているのだから。