「世界は音楽でできている」
あるとき哲学者がこう述べて、この街はつくられた。
12枚の分厚い壁にぐるりと囲まれて「12」に支配された街。
いつしか
調和と繁栄の象徴である12は絶対の数字で、乱してはいけない不文律。
カフェのメニューは12種類で、アパートの部屋数も12部屋。服はきっちり12着。もちろん会社も学校も12とその倍数で構成されなければならない。
できる限りあらゆるものが12に定められている。
でも、ときどき12では不便なときもある。まさか部屋の中に12もトイレを置くわけにはいかない。キッチンもバスも一つあれば十分だ。
そんなときは、小さなグループをつくることも許される。
ただし必ず12を割り切れる数でなければならない。割り切れるのであれば「4+6+2=12」でもいいし、「2+2+4+4=12」でもいい。
僕の通っているハイスクールのクラスでは「6+3+2+1=12」。
僕はそのうちの「1」──つまり
*
その日もいつも通りの朝から始まった。
街中に響く「ド」の音で目覚めると、クローゼットに吊るした服から今日の一着を選び、身支度を整えて12枚切りのパンを食す。
コーヒーを飲みながら届いたばかりのリゴーレ新聞に目を通せば、1面に奇妙な見出しが躍り出た。
〈スミスの鍛冶屋から楽器が全部盗まれる〉
──伝統的なフラペ奏法を受け継ぐ「スミスの鍛冶屋」から、フルートやクラリネットなど鍛造した12の楽器全てが盗まれる事件が昨夜起こった。店主は「こんなことは長い歴史のなかで初めて。絶対に犯人を捕まえてハーモニーを取り戻してほしい」と強く求めた。
スミスの鍛冶屋は、この街の看板とも言える歴史の古い鍛冶屋。
写真にはいつ見ても荘厳な石造りのお店と、捜査に当たる警備隊、そしてハーモニーを奏で街の全てを指揮する指揮者の姿が映っている。
店主が言うように、街全体としてはハーモニーを乱す不穏なニュースだ。きっと、今日のクラスでも話題になるに違いない。
けれど僕は一人、妙な高揚感を感じていた。
この街で盗みを働く、しかもよりにもよって楽器を盗むということは確実に
理由はわからない。だけど、この街が骨の髄まで信じている調和を見事に崩したこの事件に密かに心躍らせながら、僕は鍵盤を決まった順番で鳴らしてスクールから支給された情報端末を起動させた。
映し出された画面にはクラスの様子が映っている。
奥にはホワイトボードと教卓。そして手前に整然と並べられた机には11人のクラスメートが座りホームルーム前の談笑に花を咲かせている。
クラスメートと言っても、僕はまだ直接会ったことがない。ジュニアスクールの頃から1人に区分けされて、スクールへ行かなくなった僕はただ12の数合わせのためだけに今日も画面から参加している。
大柄の3人組の1人が言った。
「あれ、聞いた? スミスの鍛冶屋に泥棒が入ったらしい」
「聞いた。犯人はとても重い罪に問われるだろう。犯罪なんてこの街じゃ久しく起こってないっていうのに」
「調和を乱すような奴だろ。きっとこの街の住人じゃない。正しい音楽が何なのかも知らない街の外の連中じゃないのか」
おかしなことに。というよりも僕は妙に感じているのだが、3人は一斉に喋ることはない。しかも必ず順繰りに決まって一拍置いてあらかじめそう記譜されているみたいに話すのだ。
3人ならまだいいけれど、これが6人になったり最大12人になったときには、もう一度自分が話すまでに相当な休符が必要となる。
順番が戻ってまた大柄が話し始める。
「でも、内部犯という話も聞いたぜ」
「噂だよ。そんなことする住人がいるわけがない」
「そうだ。それに目的がまるでわからない。スミスの鍛冶屋の楽器は世界的に有名なんだ。もし、犯人が一攫千金を狙って盗んだ楽器を売りさばいてみろ。すぐに足が付いてしまう」
そう目的なんだ。どうして犯人は楽器なんて盗んだのか。それも12の楽器全てを。
まさか演奏なんかに使うわけではないだろうし、簡単に売れるわけではないし。
「もしかすると──」
と、大柄が声を潜めた。3人だけで話しているつもりなのだろう。後ろに僕が1人いることを忘れて。
「テロ、なんじゃないか? 街の平和そのものを乱すことが目的なのさ」
「それこそ、何のために? 平和を壊す意味なんてどこにもないだろう」
「私達は平和だと思っているけど、そう思っていない人もいるのかもしれない。和音を作れない人とか」
3人組の話はそれきり終わってしまった。先生がやってきてホームルームが始まったからだ。
でも、僕は最後に言った言葉をずっと考えていた。
「和音を作れない人」──つまり、僕みたいなハーモニーから外れた1人きりの誰かが、スミスの楽器を盗んだんじゃないかってことを。