第三部☆水星のキオ
第四章☆逃亡
「あーこちらレッドベリー号。接舷前に一つ確認をとりたい事項がある」
キオがいつものふてぶてしい言い方で通信機にがなった。
「まだ、何かあるんですか?」
小型スクリーンの相手の通信士の渋面を見ながら、キオはニヤニヤ笑う。
「こっちの乗客に用があるそうだが、その乗客の一人が今、病気にかかっててな」
「何ですって⁉」
「地球の渡航歴があって、インフルエンザみたいな症状なんで、そっちから乗り込んで来たらほぼ間違いなく感染るぞ」
「インフルエンザ・・・」
むこうの船の乗員達が何やら集まってごにょごにょやっている。
生粋の水星人だったら、地球から運ばれた病原体に対する抗体がないのだ。下手するとパンデミックになる可能性だってある。
「あー、おほん」
偉そうな禿頭の男が小型スクリーンの前を陣取った。
「『火星の王女』と『金星のリラ』を国賓で迎えに出向いたのだが、何か手違いがあったようだ。その患者は病状が落ち着いて安全が確認できるまで水星に入国は許されんぞ。それに他の乗員も検閲で精密検査を受けねばならん。わかったかな?」
「わかった。・・・で、接舷は続けるのか?」
「いや。お断りだ」
去ってゆく使節の船をスクリーンで確認すると、オフのスイッチを押して、キオは笑った。
「何が可笑しいの?インフルエンザ、私らもかかったんじゃないの?」
マリラが心配して聞くと、キオはますます大笑いした。
「ただの知恵熱だよ。簡易キットで診断済み」
「なんで・・・」
「あいつら本当に国賓で迎える気なら、どんな病気してても連れて行くはずだろ?治療にだって力を入れるはずだ。・・・多分、流刑地にでも連れて行く気だったんだよ」
「はあー」
「ミリーは地球出身だが、十年も前の話だ。保菌してるわけ無いし、大丈夫、大丈夫」
そう言って、キオはいきなりくしゃみ一つした。
「本当に大丈夫なの・・・?」
マリラの声に、キオはちょっと考え込んだ。
「お陰様で、熱も下がったし、元気になりました」
ミリーが笑顔で挨拶しに来た。
「ついでにいろいろ厄介払いしときましたよ」
と、キオは笑った。
「報酬は、はずみます」
ミリーの言葉に、キオは誇らしげだった。
「これから船名『レッドベリー』改め『ストロベリー』。ちょいと小細工してから水星に降下します」
「はい」
「検閲はたいしたことありません。問題はー」
「問題は味方と敵をどうやって見分けるか、ですね?」
「リラシナが予知能力を持っているから大丈夫だとは思いますが」
「実はそんなにあてにできる能力でもなくて」
リラシナが笑って会話に加わった。
「誰かが僕の予知した未来をひっくり返すことがたまにあるもんで・・・」
13月革命の時はミリーが、そして今回はキオが使節の船を追い返してしまった。
「良い方向に向かってるから良いじゃないですか」
キオとリラシナの笑い声がハモった。