観察力がある。
そう表現すれば長所に聞こえるかもしれないけど、実際のところは短所の方が大きい。
「も、望月くん!ずっと前から好きでした。付き合って下さい!」
「1週間前まで伊田と付き合ってたのに?」
「…?!」
「あ、やっぱそうなんだ。隠してたっぽいけど伊田顔に出やすいしバレバレだったよ」
中学2年の秋。放課後の教室で告げられた告白に淡々と返事をする。
俺がもう少し単純で些細なことに気付かない性格だったら、こんな風に人の偽りや嘘を瞬時に見抜いたりはしないだろう。
渾身の想いで告げられる純粋な告白。そう認識出来ていたなら、もっと喜べるはずの出来事だったのに…
観察力があるっていうのは、決して良いことなんかじゃない。
人の本質を見抜いたり、心の中で何を思っているのかを察知したり、そういうのは実際悪い影響しか起こらないのだから。
「望月くん好きです!私と付き合…」
「俺のどこが好き?」
「え、あ…えっと」
中学3年の夏。違うクラスの女子に呼び出されて教室で告白を聞く。
もうこの時には、告白をする人の目すら見ずに返事をするようになっていた。
俯いてモジモジとしている相手に背中を向けて、生温かい風が入ってくる窓の桟にもたれかかる。
中学に入ってから告白をされるのはこれで何度目か、すでにわからなくなっていた。
何でこんなに好意を持たれるのか。何でこんなに好きだと言われるのか。
そんなことは相当鈍感じゃ無ければ誰だって自覚する。
生まれつき人より整ってる容姿。今まで告白をしてきた人達は、それだけで俺へ好意を寄せてくる。
今、後ろで言葉を選んでいる子も他と変わらない。
何かこじつけようと悩んでいるだけで本当の理由を隠すのに必死だ。
数秒遅れた後、何とか声になって出てきた理由はこれだった。
「や、優しい…所が、好きです」
「…。」
あんたに優しくした覚えなんて一度もないよ。
そう心の中で嘲笑いながら口角を上げる。
見えにくい人の心の中を読んで、人の本質に目を向けて、そうやって無意識に観察していくうちに俺の心も荒んでいった。
人の中身は真っ黒だ。
偽り隠す本心にはどす黒い渦が巻いていて、表に出していた白さえも灰色に染めていく。
「俺、君と話したこと無いと思うんだけど」
「ッ…で、でも!見てたら優しそうだなってわかるよ!」
「へえ…。観察力あるんだね」
白く塗り固めるために必死になればなるほど、言い訳は見苦しくボロが出る。
人が偽った瞬間、白は黒へと変色して醜くく姿を変えていく。
一度でも灰色に変色してしまえば、容易に相手が嫌悪の対象になっていく。
観察力があるっていうのは、決して良いことなんかじゃない。
人の本質を見抜いたり、心の中で何を思っているのかを察知したり、そういうのは実際悪い影響しか起こらないのだから。
荒み、歪んでいく。
人を純粋な目で見ることが出来なくなる。
一番黒く渦巻いているのは、他の誰でもない俺自身だ。
「お前、良い奴だな」
「…そうでもないけど」
高校1年の入学式当日。初対面で顔面に牛乳をぶっ掛けてきた雪に、水道の蛇口を閉めながら返事をする。
雪の口から噴射された牛乳を洗い流してタオルを受け取りながら笑った。
正直、大声で爆笑したのはあの時が生まれて初めてだった。
俺の容姿を見て、男がする反応は大雑把に分けて二通り。
出る杭を打とうと積極的に攻撃をしてくる奴か、目立つ奴ばかりの仲間内に入れて表面上はモテるために仲良くするか。
男も女も大してそういう所は変わらない。
仲が良く見えてそいつがいない所では株を下げるために悪口を言う。
そういう奴らを多く観察してきた俺にとっては、雪はまさに異端児だった。
白い液体をぶっ掛けられた時には前者の方だと思った。
だから胸倉を掴み上げて潰してやろうと思ったけど、そうする前に違うと悟らされる。
ぶっ掛けられた俺よりもぶっ掛けた本人の方が、驚愕して口をだらしなく開けたままだったから。
…何で俺より驚いてるんだよ。
怒るよりも呆れる感情の方が強くなって顔が引き攣り始める。
未だに開けっぱなしになってるだらしない口。大きく見開いたまま瞬き一つしないクリクリの目。
牛乳を片手に固まったまま身動きしない相手へ、何故か俺から声をかける羽目になった。
「何で、固まってんの」
「…!やっぱ人間?!だよな?!人形かと思った、ごめん牛乳!」
止まってた分を挽回するみたいに動き出す。
忙しなく謝罪をしながらタオルを取り出してくるのを見て今度は俺の方が固まった。
ってことは俺が人形だと思って呆けてたってことか?
そう気付いた時には心の底から笑いが込み上げてきてブハッと吹き出してしまった。
天然?変人?馬鹿すぎるだろこいつ。何考えてんのかわかんねェ。本気で言ってんのか?
そう思って、もう一度相手の様子を注意深く観察してみる。
けどどう観察しても、本気の発言だったとしか割り出せなかった。
だから、この時初めて…自分の観察力も、役に立つんだなって思えたんだ。
「これからよろしくな!えーっと名前何だっけ」
「望月 成紀咲。お前は?」
「佐上 雪」
そう満面の笑顔で差し出された右手を、一度チラッと見てから握り返す。
水で綺麗に洗い流した顔面をタオルで覆いながら、顔を隠す口実があって良かったとほっとした。
少し嬉しかったことが、顔に出てしまっていたから。
雪と友達になれたことは、俺の内面を更生していく一番の要因になった。
こんな人間もいるんだなって、こんな人間になれたら良いなって…雪を観察するうちに思うようになったから。
純粋、無邪気。真っ直ぐで憎めない。自分を飾らずに面白いことも平然とやってのける。
雪と常につるむようになってからは、俺も少しずつ影響を受けて変わっていった。
楽しければ笑うし、雪と同じように冗談も言ってみせる。
人の悪い部分へ目を向けそうになった時は出来るだけプラスに考えて受け入れてみる。
相変わらず外見だけを見て好意を寄せてくる子はたくさんいたけど、それも心から感情を込めて丁寧に断るようになった。
好きになる…とまでは無理だけど、少しずつ良い方向に成長はしてる。
人を嫌いになってブチッと縁を切る前に、雪が俺を繋ぎとめてくれていた。
その頃くらいだったか。
あの子に、春に…出会ったのは。