「今日さ、雪の家行っても良い?」
「別に良いけど。いきなりだな、何かあった?」
授業中、隣の席の望月に小声で頼まれる。
外見が人形みたいに整ってる望月は授業中でも女子からの熱い視線を集めていた。
この外見パーフェクト王子と仲が良くなったのは高校1年の入学式の時。
あまりのイケメンさに一目見た瞬間、飲んでた牛乳を吹き出して望月の顔面にかけたのを覚えてる。
普通ならブチギレる行為を、中身も良い奴な望月は無駄に爆笑しながら腹を抱えてくれてた。
あれから約3年、もうすぐ卒業を控える今になっては常につるむほどの心許せる存在になっていた。
「ちょっと色々あるんだよ」
「色々って?」
「教えない」
含み笑いをしながらまた授業の体制に戻る。
変な望月に首を傾げながら渋々俺も前を向いて授業に戻った。
その日の放課後、約束通り望月を連れて家へ向かう。
玄関の扉を開けて気付いたのは、玄関先にある今では珍しい女物の靴。
春が帰ってんのか。…まずいことになった。
そう思ったのと同時にリビングの方からパタパタとスリッパの音が響いてくる。
ややこしいことになる前に急いで望月の背中を押しながら2階に上がろうとしたけど、春の反応が速過ぎて間に合わなかった。
「雪、お帰りなさい!あれ?お友達?」
「…そう」
「お邪魔します。雪の妹さん?だよな?」
「……。」
こうなると思ったから会わせたくなかったんだよ。
どう足掻いても紹介する時になったら姉だって言うしかなくなる。
俺が望月の言ったことをこの場で訂正して、春を傷つけるのが怖かった。
でも俺の心配を余所に、一番悲しそうにすると思ってた人物が先に口を開く。
「雪の姉です。良かったらケーキでもどうかな?今調度買ってきたところで…」
「あ、でもお姉さんの分とか無くなったらあれなんでチーズケーキだけ頂けたら…」
「結局もらうのかよ」
遠慮してるのかと思いきや普通に要求してる望月へ突っ込む。
あははっと笑って了解しましたと答える春を見て少しだけほっとした。
悲しんでは無さそうだな…。つーか初対面のくせに変に波長があってるなこの2人。
放っておいたら世間話まで始めそうだったから強制的に望月の背中を押して二階に上がることにした。
扉を開けて微妙に散らかってる部屋へ望月を押し入れる。
「あーあ、何で急かすんだよ雪」
「お前が俺の家に来てしたがってたことをするためだよ」
「そのしたかったことを雪に邪魔されたんだけどな」
「ああそうですか邪魔して悪かっ…はあ?!」
床に座りながら言われた言葉に思い切り大声をあげる。
眉間に皺を寄せて困惑してる俺を、望月はさも可笑しそうに笑いながら説明を始めた。
「前に雪が見せてくれた写真覚えてる?」
「前って…高2ん時?」
「そう。それにあの子が写ってて…気になってたんだよね」
望月が…?!
ちゃんと説明されたはずなのに頭の中が混乱し続ける。
学校の中でも断トツの人気を誇る望月が…?どんなに告白されてもこの3年間誰とも付き合わなかった望月が?!
「いやいやいやあり得ないだろ」
「何で?お姉さん可愛いじゃん。年下だと思ってたけど全然アリ」
「言っとくけどあいつすっげェ寝相悪いからな」
「へえ、寝相悪いとこ見れるまで仲良くなりたい」
何を言っても食い下がらない望月にちょっとイラッとくる。
このイラつきが何で出てくるのかすぐにはわからなかった。
たぶん、自分の大切にしていた物が人に取られるような感覚。
たったそれだけのことなのに大声で怒りそうになったその時、部屋の扉から控えめなノック音が聞こえた。
「お待たせしましたー。チーズケーキとショートケーキです」
「あ…!ありがとうございます持ちますよ?」
「わ、ありがとう。今日はお客さんがチーズケーキだから、雪はショートケーキ食べてね?」
「…。」
また、俺の好きな物が望月に取られていく。
「俺チーズケーキしか食べない派だから。望月がショートケーキな」
「無理。俺チーズケーキ好き過ぎて死ねるから」
「…け、喧嘩しないで」
チーズケーキと春を挟んで睨み合う。
くだらない争いだと思ってはいるのに、どうしてもイライラが止まらなくて柄にもなく突っ掛かった。
別に、春を取られそうになったから張り合ってるんじゃない。
「あ、そうだった。名前何て言うんですか?」
「わ、私…?春っていうの。あ、敬語とかは気にしないで。あまり慣れてないから変な感じがして…」
別に、チーズケーキが絶対食べたくて張り合ったんじゃない。
「じゃあ春って呼ぶから。あといきなりだけど今度映画行かない?」
「ええ?!」
張り合った理由は、もっともっと幼くてくだらないことだった。
「一応これデートの誘いなんだけど…どう?」
「や、でもあの!わ、私は…」
弟に、母親を取られた兄のような感覚。幼稚で我がままで独占欲塗れの汚い感情。
「弟的にはOKだろ?」
「……ああ。行ってこいよ」
望月に、姉ちゃんを取られそうだから…焦っただけだった。
そんな理由で一瞬でも苛立った自分が恥ずかしい。
春のことを女として好きでもないのに、望月を止めようとした自分が…
「じゃあ明日の日曜とか空いてる?」
「…う、ん」
情けなかった。
翌日、玄関先で可愛く着飾った春の後ろ姿を見送る。
スウェットのまま眠そうに欠伸をしながら、何とも思ってねェよって顔をして壁に右手をつく。
「行ってら。ずっこけてヘマすんなよ」
「…うん」
「あいつ良い奴だし、応援してるから」
「ッ…そっ、か…行ってきます」
か細い返事をした後ゆっくりと扉を開けて出て行こうとする。
そのまま振り返らずに行ってくれたら、俺も一日中モヤモヤしなくて済んだのに。
「雪…」
「……なに」
「お昼ご飯と夕飯は、冷蔵庫にあるから…温めて食べてね。朝ご飯は、テーブルに置いてあるから…」
「…。」
何で、いつもいつも俺のことばっかなんだよ。
「わかった。ありがとう」
「…うん」
自分のこと好いてる男と遊びに行く時くらい、そいつのこと考えたらどうなんだよ。
なあ何で…
「早く行かないと遅れるだろ」
「…うん」
いつもいつも俺なんだよ…
バタンッとようやく閉められた扉の音は、俺の胸を押し潰す音みたいに聞こえた。