「で、布団どうすんの?」
「…。」
夜、就寝時間になった時に雪が小声で呟く。何とかなりそうだなんて思ってた自分が途端に恥ずかしくなった。
そうだよ。何も根本的なことは解決してないじゃんか。どうやって寝れば良いんだろう。
また手を洗いたくなる衝動を必死で抑えながら、んーっと目を閉じて考える。
でも結局何も思いつかなくて、雪の方から仕方なく提案してくれた。
「俺がバスタオル羽織って床で寝るから枕だけくんない?」
「え…?!でも風邪ひいちゃうよ!」
「一緒に寝たいの?」
「べべべ別に一緒に踊りたいとか言ってないし」
「俺も言ってねェよ」
間髪入れずに真顔で突っ込まれてじっと凝視される。
なんかもうダメだ。穴が無くても掘り起こして入りたい。
予め敷いてあった私の布団に飛び込んで勢い良く包る。
そうすれば布団の外から雪のため息が聞こえてきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「枕もらうからなー」
「や、やっぱり絶対に風邪引いちゃうから…何とかしよう?」
「他に何か良い方法あんの?マジで一緒に寝んのか?」
「…い、いいよ」
「…!」
少し、驚いたように目を見開いて雪が固まる。
でもそれも一瞬だけで、すぐにいつも通りの意地悪な雪に戻っていた。
「ま、枕は雪が使って良いよ。あ、あと私寝相悪いまま治ってないけど我慢し…」
「襲わないでね」
「今なんて言ったの」
「ごめんなさい」
どす黒いオーラを出しながら俯いた後、雪の謝罪が一瞬で返ってくる。また少しいつも通りな雰囲気に戻れて精神が楽になった。
ドキドキと鼓動は高鳴っているけど狭い布団の中で雪の背中に自分の背中が触れた瞬間、どこか懐かしい気分になる。
「よく小さい頃はこうしたよな」
「う、うん…」
「その度に俺は春の寝相で圧死させられるかと思った」
「明日の朝も生き残れたらいいね」
「ジャングルかよ」
プッと吹き出して笑い合う。
今一瞬、この時だけは、昔の幼かった頃の自分達に戻ったような気がした。たぶんそれは雪も同じように感じていたと思う。
笑い終わった直後に覗いてみた雪の表情が、寂しそうな辛そうな表情だったから。私も、同じ様に切なくなっていたから。
「なあ、春…。俺と姉弟じゃなかったら良かったのにって考えたことある?」
「…どうして?」
「俺は、結構あるから」
「…!」
ギュっと、心臓が締め付けられる。苦しくて苦しくて、やめてと叫びたくなるくらい痛くなった。
切ない。寂しい。悲しい。そんな感情が一気に涙になって現実に流れ出てくる。
「わ、私は…思わ、ない」
「……。」
「絶対に、思わないよ…」
だって私が雪を好きになれたのは、私と雪が姉弟だったから。
私が姉で、雪が弟で…そうじゃなかったら、こんなに雪のことを深く知って、深く愛して、大切に想わなかった。
私と雪が出会えたのは、姉弟だったからなんだよ。
そこまで言い終えた後は、何を言ってるのかわからないくらい嗚咽してしまった。
突然泣きだしてまた雪を困惑させてる自分に嫌気がさす。
この泣き虫なところを治さないと、ちっとも大人になんかなれない。
心の中で自分に一喝して鼻をすすったその時、黙っていた雪がゆっくりと口を開いた。
「俺は春が姉弟じゃなくても、守ろうとしてたと思うよ」
「え…?」
「例えば近所の歳の近い姉ちゃんが春だったとしても、高校でたまたま出会った先輩が春だったとしても」
雪の言った言葉がすぐには理解出来なくて、ぽかーんと口を開けてしまう。
私の目から流れ出ていた涙は、魔法を使ったみたいにぱったりと止んでいた。
「春みたいな鈍臭い女がいたら絶対に目で追ってると思う。また怪我すんじゃねェのかって」
「ほ、本当…?」
「うん、自信あるよ。それが恋愛感情なのか友情なのか、ただの同情なのかはわかんないけど」
真っ直ぐとあの真剣な眼差しで私を見つめながら、否定的なこともはっきりと言いきる。
それがむしろ本当のことなんだと納得出来て、私の心は晴れ渡っていった。
雪は私が姉弟じゃなくても…守ってくれるんだ。
たったそれだけの真実が嬉しくて、好きだと言われたわけでもないのに嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「俺が姉弟じゃなかったら良かったのにって思うのは、もっと違う形で春のことを見れたのかもしれないって思うからで…」
「違う形…?」
「…あーもうこの話終わり!やっぱ忘れて今のは!」
そう照れながら叫んだ後、背中を向けて黙りこんでしまう。
結局何が言いたかったのかはわからないままで、その日はスッと目を閉じて眠りに入った。
たった一言の、雪の言葉を頭の中で繰り返しながら…
『俺は春が姉弟じゃなくても、守ろうとしてたと思うよ』
もしそうなんだとしたら、きっと私も…姉弟じゃなくても雪を好きになれたのかもしれない。
夢の中にもっていった思考は、薄らとそれを実現するかのように反映されていった。
翌日、目が覚めてから叫んだのはすっかり忘れていたことだった。
「雪!昨日の夜おばあちゃんに電話してない!」
「ババァの話題で目覚まさせるとか悪趣味過ぎる」
「馬鹿なこと言ってないで起きて!早く帰るよ!」
隣で寝返りを打って寝ようとする雪を叩き起こす。
じゃないと、本当に心配だった。
あの時私達を見送ってたおばあちゃんは、何かいつもと様子が違う気がしたから。
でかい欠伸をして目を擦る雪を引きずりながら自宅へと到着する。
何度電話をかけても出ないおばあちゃんのことが尚更心配になって、玄関の扉を勢いよく開けた。その瞬間…
「ハッピーバースデーイ!!」
パンパン!とクラッカーが2発鳴り響く。その音の発信源にはとびっきりの笑顔のおばあちゃんが踊っていた。
あ…そうだった。今日は私と雪の、誕生日だった。
「忘れてた…」
「だろうと思ってばあちゃんがサプライズしてやりました!ご感想は?!」
「丸一日準備した割にはショボい。痛ッてー!!」
また玄関先で始まったプロレスごっこ。懲りない雪とおばあちゃんの暴れっぷりを見ながら大声で笑う。
その後そこら中飾り付けられた家の中を見渡して、思うことがあった。
雪が言うように姉弟じゃなかったら、違う未来を歩めたのかもしれない。
もっともっと深い関係になって、もしかしたら恋人同士にだってなれてたのかもしれない。
それでも、それでもやっぱり私は…
この家の、この家族の、長女に生まれてきて良かったと思うよ。
『blood』
決して切り離せない、大切な人との絆
「よし、ばあちゃんと一緒に踊るぞ!シャルウィダーンス?」
「おお、すげェ…。デジャブ」
「もお雪ー!!」