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No.12 第4話『blood』- 1



「春ー!雪ー!下りて来ーい!」

「…。」


元気で男っぽい呼び声が一階の階段付近から響いてくる。

なんか、この声久々に聞いた気がする。

そう思いながらうたた寝をしていた体をムクッと起こして、まだ閉じようとする目を擦った。


時計を確認すれば夕方の7時。…7時?!大変だ、夕飯の支度しないと!


「春ー!!早う下りて来ーい!」


再び呼ばれたことでやっとさっきのことを思い出す。そうだった、呼ばれてたんだった。


急いでベッドから立ち上がり階段を駆け降りる。

私よりも先に呼び掛けに応じてた雪がリビングのソファに座って待ってくれていた。

その目の前には、私の血縁者とは思えないほど明るくて楽観的で声の大きな人物。


「おばあちゃん?どうかしたの?」

「おう、来た来た。それじゃあ今から2人に任務を言い渡す」

「どうせばあちゃん家の庭の草むしりか何かだろ。痛ッッてー!!」


雪が悪態をついた瞬間、おばあちゃんが年配とは思えない速さで雪の体を痛めつける。

ソファに寝転ばせてプロレス技をかけ始めるおばあちゃんに思わず苦笑いになった。


「あのね、おばあちゃん。元気でも歳なんだからあんまり無茶は…」

「春は雪と違って良い子に育ったなぁ。この悪ガキが!春を見習わんか!」

「クソババァくたばれ!」

「んだとゴルァ?!プリティーおばあちゃんと呼べ!さあ呼べ!」

「プ、プリティおばあちゃん、あのね?」

「春は呼ばんでいい!」


ドタバタと騒がしくなるリビングでどうにか止めようと話しかけたものの、たった一言で一蹴されてしまう。

どうすればこの喧嘩が治まってくれるのか悩んだ結果、本題に戻るよう切り出すことにした。


「おばあちゃん任務って何かな?私今春休みだし何でもするよ?」

「おお!本当か?!」


私の話に反応したおばあちゃんが絞め上げていた雪をパッと離す。

ドサッと崩れ落ちた雪が何の反応もないままソファにうつ伏せになっていた。

だ、大丈夫かな…。死んでないかな雪…。


「今日宴会をするつもりでね。ここを貸してほしいんだよ」

「こ、ここって…?」

「この家全部」

「ぜ、全部って…私達はどうすれば…」

「お前の1人暮らしの家に雪を連れてって泊まらせてやれ」

「ええ?!」


もう突然過ぎて何が何やら。頭がパニックになっていた。私の家はワンルームだし布団も1つしかない。

それに宴会を開くだけなら私達は2階で大人しくしてたらダメなの?おばあちゃん家に雪だけ泊まるとかは?


色んな質問をぶつけてみてもまともな応えが返ってくることは無かった。

その時にやっとおばあちゃんが酔ってることに気がつく。


頬は少し赤くていつもよりも強引になってる上に、服や体からお酒の臭いが漂ってきていた。

ふ、普段は良いおばあちゃんだけど、たまに手がつけられなくなる時がある。


顔が引きつり出す私を気にも留めずに、おばあちゃんはイライラしてる雪を立ち上がらせて準備をしてくるように言い聞かせていた。


「おばあちゃん…わかったけど、あまり飲み過ぎないでね」

「おーけーおーけー」


手をひらひらと振って笑ってみせる姿が余計に不安を煽らせる。


やっぱりまだ、お母さんを亡くした悲しさを未だに引きずってるんだろうな…

お母さんとお父さんが亡くなる前のおばあちゃんは、お酒なんて一滴も飲まない人だった。


「…行ってきます」

「んー、仲良くなぁー!」


雪と二人で家を出てしばらくの間無言で歩く。

何も会話をしてないはずなのに何故かお互いに思っていることは通じ合ってる気がした。


雪も多分、口では悪く言ってるけどおばあちゃんのことを気にかけてると思う。

やっぱり戻った方がいいのかを迷って後ろを向いたその時、雪の方から言葉を発した。


「やりたいようにやらせとこう。夜もっかい電話して確認したらいいだろ」

「…うん」


この時はおばあちゃんのことでいっぱいいっぱいで、これからの自分たちのことは一切考えていなかった。

だから私の家に着いてドアを閉めた途端、今自分の置かれてる状況に気付き始める。


「ど、どうやって寝ようか…」

「…。」


台所に走って蛇口を捻ってからゴシゴシと手を洗う。

いつも動揺するとしてしまうこの癖を、雪が呆れたような顔で見つめていた。


お前はアライグマかと突っ込みを入れられてハッとする。急いで蛇口を閉めてスーッと大きく息を吸った。


とりあえず落ち着いてご飯を作ろう。きょ、今日はお好み焼きにしようかな!そう意気込んで料理を始めると、また雪から鋭い突っ込みが入る。


「…何作ってんの」

「お、お好み焼きをね?焼いててね?」

「俺、紙入りのお好み焼きとかいらない」


じっと見つめられてる先には、何故かキッチンペーパー入りのお好み焼きが出来上がっていた。

ど、動揺してる!明らかに動揺してる!自分で自分の動揺っぷりに驚いた。何これもったいない!


「ご、ごめんね!これ私が食べるから新しいのを!」

「新しい何を作る気だ何を。ラップ入りのお好み焼きか?」


私の手にあるラップを見つめながら苦笑いをする雪。


あーもうダメだ。私だけじゃなくて雪もそう思ったと思う。その証拠に、何も言わずにスッと雪が台所を変わってくれた。


「ゆ、雪、ちゃんと焼ける?」

「今の春よりは焼ける」

「ですよね……」


ごもっともな答えを返されてシュン…と落ち込みながら側で見守る。


料理してる雪の姿を見るのは冷や冷やして、そのお陰もあってかほんの少し動揺が落ち着いてくる。

思った以上に手際は良かったから美味しそうなお好み焼きが出来上がった。


「俺春より料理上手かったんだな」

「今日ね、天気予報でフォークの雨が降るって言ってたの。雪、血塗れになっちゃうね」

「フォーク…止んだらいいな…」

「そうだね」


ギラッと大量のフォークをチラつかせながら真剣な表情で呟く。その脅しが効いたのか黙々と出来たお好み焼きをテーブルへ運び始めた。


そんな雪の後ろ姿を見てプッと吹き出す。なんだ、結構大丈夫かも。

普段通りにふざけ合ってる今の状況なら、一日くらい何とかなりそうだなと気楽に思った。


けど、それは間違いだった。

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