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No.8 第2話『diary』- 1



「こら雪。ちゃんとゴミは投げずに捨てて」

「俺のコントロール技術を甘く見てるな?」

「甘くも辛くも見てないからちゃんと捨てて。お行儀悪い」


ソファにだらしなく座りながらゴミ箱に狙いを定めてる雪へ一喝する。

昔から変わらない無邪気な後ろ姿を見ながら、キッチンで軽いため息をつく。


久しぶりに帰ってきた我が家は何も変わっていなくて、それが何よりも嬉しかった。


「春は今回いつまで居られんの?」

「夏休みが終わるまで居られるよ」

「マジ?やったー、頑張りたまえよ家政婦」

「雪、正座しなさい」

「ごめんなさい」


料理中の包丁を片手ににっこりと微笑む。そうすれば間髪入れずに謝罪の言葉が返ってきた。


全く人を何だと思ってるんだ。姉から家政婦になり下がった私は、半年ぶりに帰ってきた我が家で家事全般をやっている。まあこれも、前とは何一つ変わらない生活だけど。


「なあ、昼間っから何作ってんの?」

「チーズケーキだよ」

「マジで?!何それすげェ!」


目をキラキラと輝かせながら振り向いて叫ばれる。

チーズケーキを作るのはこれが初挑戦で少し自信がないことは言えなくなってしまった。


まあうん…大ジョブ大ジョブ。ご飯の時の要領でいけば楽勝。そんな風に頭の中で葛藤をしていたせいで、雪への返事をせずに黙りこんでしまう。


それを見た雪が突然難しい顔をしてドサッとソファに座り直した。


「春は…俺が好きだから、作ってくれてんの?」

「…?!」


たった一言呟かれた言葉に驚いて包丁を床に落とす。

幸い怪我も無く大きな音を立てずに落ちてくれたから、雪には動揺を気付かれずに済んだ。


「なあ、返事しろよ」

「ななな何言ってんの、わわわ私は別に今は雪のことがすすす好きって言うよりは、ぱぱぱパンダの方が好きだし」


ダメだー!!せっかく隠せると思ったのに動揺もここまでいったらただの変人だよ!

自分の不器用さ加減に泣きそうになりながら手汗を流すために水道を捻る。


ゴシゴシと洗いながら落ち着けー落ち着けーと自分へ言い聞かせた時だった。


「は…?俺がチーズケーキ好きだから作ってくれてんじゃないの?」


そっちかー!!無駄に暴れ回った上に精神的ダメージが大き過ぎてふにゃふにゃと崩れ落ちる。


台所に両手で掴まりながらフーフーと深呼吸をした。

っていうかね、あんな意味深そうに言わないでよ。ナチュラルに心臓止まっちゃうよ。


「…ああ、そっか勘違いしたのか。俺のことが好きか聞かれたかと思った?」


ニヤッと笑いながら振り返った瞬間またやられたと思った。


高3の時にした告白の直後はすごくデリケートに扱ってくれていたのに、大学2回生の今になっては悪戯の手段にされている。


もともと幼い頃からよくちょっかいをかけてくる方だったけど、こんな風に磨きがかかるとは思わなかった。


「なあ、まだ俺のこと好きなの?」

「う、うるさい!」

「…今からは真剣な話。ちゃんと答えて」


じっと、真面目な顔で見つめられる。

私が下を向いて悪態をついている間に、雪はソファから下りてこっちに近づいてきていた。


あ、ほんとだ…。この顔の時は、真剣な時だ。


「…どうしてそんなこと聞くの?」

「知りたいから」

「…勝手だよ、そんなの」

「勝手なのはわかってる。けど春が抱えてる苦しみを減らせるかもしれない」

「…?」


雪の言っていることがわからなくて眉を寄せたまま首を傾げる。

私の苦しみを減らす?私が雪にもう一度素直な気持ちを伝えれば何かが変わるっていうの…?


「…信じるよ?」

「うん…」

「私は今でも雪が好きだし、たぶん一生変わらない」

「そっか…。いつから好きになってくれてた?」

「たぶんね、私が小学3年生で雪が小学1年生の時。…気持ち悪い?」

「ううん…」


全然。


そう真剣な眼差しのまま言われてグッと目頭が熱くなる。

ダメだよもう。もっと突き放して悲しませてくれないとダメじゃんか。軽蔑してくれないとダメじゃんか。


じゃないとまた、好きだって気持ちばかりが膨らんでしまう。

目から零れ落ちそうになった涙を見せないように俯く。その行動の所為で余計に涙が重力で落ちてしまった。


やっぱり、好きなんだなぁ。

この憎たらしくて、でも優しくて、たまに意地悪をする男の子が…


「…春」

「うッ…」

「春、こっち向いて」

「嫌だ」

「こっち向けって」

「私のこと気持ち悪いって言ってくれるまで向かない」

「自虐にも程があるだろ。あーもう面倒臭いな!」

「…?!」


突然、ぐいっと顎を掴まれて上へと向かされる。頬に伝った涙が一気に首筋へと流れた時だった。


「え…?」


一瞬、本当に一瞬。キスされるのかと思った。

整った雪の顔が目の前にあって、こんなに近づいたのは幼い頃以来だと感じるくらい顔が近かった。


「…これ、一緒に見よう」


でもすぐに離れていった雪の顔の変わりに何かを手渡される。

私の左手に手渡された物はすごく古い、埃の被ったノートだった。


「これ母さんの若い頃の日記。昨日押入れ掃除してたら出てきた」

「お母さん、の…?」


涙が少し止まって、雪の話を耳にしながらノートの表紙を見つめる。

懐かしい字で書かれた日記という文字が、また違う涙を誘発させた。


お母さんとお父さんは、雪が幼稚園の頃に交通事故で亡くなった。

片時も離れず家族で楽しく過ごしていたのに、唯一私と雪が2人の側にいなかった時に事故にあった。


おばあちゃんのお家で幼い雪と遊んでいた時、突然慌ただしくなったのを覚えてる。

道路が凍結していてスリップした車が崖から落ちたらしい。


その詳しい事実を知ったのは、もう少し大きくなってからだった。


「…俺はもう先に見たけど、春に見てほしいって思うようなことが書いてた」

「私に、見てほしい、こと…?」

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