「泣くなよ、ほら。今回はマジで平気だったし」
「う゛うッ」
「…っていうかさ、姉ちゃんって名前が春なのによく事件起こすよな、この季節に」
明るい調子で繰り出される会話。
私を気遣って話題を逸らそうと必死になってる弟に余計涙を流してしまう。
そんなことを知ってか知らずか、返事をしない私へ更に追い打ちをかけてくる。
「春は要注意ってことだな。春になったら姉ちゃんのこと監視しとかないと危なっかしくて心臓止まりそう」
「う、え゛…」
「あー、もう泣くなよ。大丈夫だって言ってんじゃん…」
俺が守ってやるから。
そう言い放った弟を、思い切り強く抱き寄せる。
何も言えなかった代わりにぎゅうっと力いっぱい抱きしめた。
それは姉としての行為だったのか女としての行為だったのか、未だにわかることはないけれどこれだけは言える。
弟が、大切で大切で仕方なかった。
大好きで大好きで止まらなかった。
この時の気持ちだけは誰にも否定させない。
どんなに責められたってこの時だけは…純粋な愛しかなかったんだから。
そしてこの感情に嫌悪感を抱き始めたのは中学2年の冬からだった。
クラスメイトの会話で現実を知る。それから自分の抱いてる感情について重く受け止めるようになった。
「うーわ、この漫画最悪。近親相姦物じゃん」
「マジで?気持ち悪ー。姉弟とかあり得なくない?」
近親相姦。血の繋がった姉弟同士。
それがどれだけ気持ち悪くてダメなことなのか。
現実を真正面から受け止めた時、自分のことが気持ち悪くて仕方なくなった。
どうして姉弟に生まれてきたんだろうとか、何で許されないんだろうとか、そういう風には一度も考えたことがない。
とにかく私は変なんだ。気持ち悪いんだ。
この感覚はおかしいんだって…自分を否定し続けていた。
モヤモヤとした感覚のまま月日は無情に流れて、私はもう…高校3年生になっていた。
「なあ姉ちゃん、どれにする?」
「雪が先に選んでいいよ」
「やったー、俺チーズケーキ」
「いつもそれだね。じゃあ私はショートケーキ」
「姉ちゃんこそいっつもそれじゃん」
他に誰もいないリビングで買ってきたケーキの箱を広げる。中を2人で覗いて選びながらフフッと笑い合う。
弟は今年で高校1年生。もうとっくに私の身長を追い抜かして170近くまで成長していた。
「俺世界で一番好きな食べ物チーズケーキかも」
「大げさだなぁ。世界って…」
「姉ちゃんは?」
「…私もショートケーキ」
「何だよそれー。自分もケーキじゃんかー」
ハハッと軽い笑いを漏らしながらフォークを口に咥える。
美味しそうに食べる弟。私もチーズケーキが食べたくなるくらい嬉しそうに食べてる。
買って良かった…。そう、小さく声を出した時だった。
「あ…姉ちゃんってチーズケーキに似てない?」
「え…?」
突然そう言い出した弟に目線を向けて驚く。
何を考えてるのかがわからなくて、次の言葉を待つしかなかった。
「ケーキって他のは派手なのにこれだけ地味だし、なんか可愛くないから」
「な…!ひどい!もう食べなくていいよせっかく買ってきたのに!」
「あっはは!でも俺一番美味いと思うしチーズケーキ好きだよ」
ドクンと、心臓が大きく揺れ動いた。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「地味だけどチーズケーキって人気あんじゃん。姉ちゃんは違うけど」
「う、るさい…な」
こんな、弟の何気ない一言で一々胸が痛くなる自分が、気持ち悪い。
ドキドキと鼓動が速くなって、笑ってる顔を見るだけで苦しくなって、体に力が入らなくなる。
気持ち悪いよほんと。世界で一番好きな食べ物、一番美味しい食べ物、それが私に似てるって言われただけで、ただそれだけで…
「ッ…」
「え?!どした?!」
どうしてこんなに愛しいんだろう。
どうしてこんなに止まらないんだろう。
そんな感情が涙になって、ポロポロと目から溢れ出てきた。
理由がわからないまま目の前で泣かれて弟がオドオドしてる。
そっと私の頭に手を乗せて顔を覗き込んで、俺のせい?ごめんなって…呟いてくる。
ねえ、どうして?
どうしてこの気持ち悪いのは無くならないの?
私だって、高校3年になるまで努力してこなかったわけじゃない。
自分のこの感情について調べることはたくさんしてきた。
思春期の時、姉弟間で関係を持ちたいと思ったり好きになったりするのは、一時の感情だけや性に芽生えた時の欲求に押されてそう錯覚してるんだって…書いてあった。
だから弟とは出来るだけ距離を置いたり前ほど接しないようにしたり、他の異性を見るように努力してきた。
なのにどうして?
何にも変わってなんかいないじゃない。
何一つ、進歩なんかしてないじゃない。
「姉ちゃん…?」
高3の冬。
もうすぐ大学生だっていうのに、私の思春期はまだ、終わらないんだろうか。
「雪…」
「なに?」
もう、無理なのかな。
「高校入って…彼女は、出来た?」
「え…?!」
気持ち悪くなくなるのは、一生…無理なのかな。
「何だよいきなり…何でそんなこと聞くんだよ」
「雪が…ショートケーキだからだよ」
「何だそれ」
聞かれた理由に、嘘はつかなかった。
私の世界で一番好きなもの。真っ白で純粋で、甘酸っぱい苺の乗ったショートケーキ。
そんな綺麗なものだからこそわかるんだ。
一面が白一色の中に少しでも色づいたものが見えれば、一瞬でわかるんだ。
「…何で、彼女出来たことわかったの?」
「……。」
あなたのことが、好きだからだよ…