目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
No.3 第1話『春』- 3



私の通う中学校は弟の通う小学校の真隣にある。

だから喧嘩なんてしなかったら、小学生の時みたいに今日だって一緒に登校するつもりだった。


完全に私が悪くて起こった喧嘩。私が謝れば全部解決すること。

けれどこの胸にあるムカムカがそう簡単に晴れることはなくて、今日から担任になる先生の自己紹介は耳に入ってこなかった。


「春!」

「……。」

「はーる!おいコラ、のろま!」

「わっ、なに?陽子ちゃん」


小学生の時から仲の良かった友達とたまたま同じクラスになれた。

それはすごく嬉しいことだけど、まだHR中なのに後ろへ振り返って話しかけてくるのには少し苦笑いしてしまう。

ヤバいよ陽子ちゃん。先生話しながら睨んでるよ。


「なに考えてんの?学校来た時からしかめっ面しちゃって」

「な、何も。それより先生が…」

「大丈夫よこれくらい。まあ前向いてほしいならさっさと話しちゃいなよ。好きな子でも出来た?」

「…。」


この時、何故か自覚はなかったのに陽子ちゃんが言った『好きな子』って言葉に反応した。


好きな子ではないけれど、どうすればこのムカムカが治まるのか聞いてみてもいいかもしれない。

そう思って、チラッと先生の機嫌を横目で覗いながら陽子ちゃんに口を開いた。


「好きな子じゃないんだけど…他の女の子に触ったり触られたり、仲良くしたりしてるのが腹立つの」

「ほう?」

「どうしたらムカムカしなくなるのかな」

「あんたがその子を好きだって認めて素直に告白したら良いんじゃない?」


だから好きな子じゃないってば…。そう言いかけた時、先生の堪忍袋の緒が切れて陽子ちゃんが前を向けと怒られた。


渋々前を向いた陽子ちゃんの背中に小さく謝って、また今朝のことについて考える。


素直に、告白する…。他の女の子にもうあんなことはしないでほしいって伝えてみるとか?そんなこと、出来るわけがないししたらいけないことだ。


もうー嫌だ嫌だ!考えるのも苦しい!寝る!

そう心の中で叫びながら机の上で顔をうつ伏せて、ぎゅっと強く目を閉じた。



そしてその日の下校時間に再び事件は起こった。

学校から家までの道中、昨日まではしてなかった工事が始まっていて道が細くて狭くなってる。


回り道をして行けば良かったのに、この時の私は弟のことで頭がいっぱいで思考回路が鈍っていた。

ぼーっと下を向いたまま道を通ろうとした瞬間…


「…!きゃああ!」

「姉ちゃん…ッ!」


山積みにされていた工事現場の鉄パイプが雪崩を起こして自分の上へ降り注いでくる。

それを視界に入れた時には悲鳴をあげることしか出来なかった。


けれど悲鳴をあげたのと同時に弟の声が聞こえて、ドンッと体に衝撃が走る。

突き飛ばされた拍子に尻持ちをついて、ハッと気付いた時には弟が鉄パイプの山に埋まっていた。


「ゆ、き…?」

「…。」

「雪…?!」


心臓が、止まりそうになった。


駆け寄った時に目にしたのは弟がうつ伏せになって動かない姿。

後頭部からは大量じゃ無いけど血が流れていた。両足は、鉄パイプの山に埋もれていて見えない。


「た、すけて…誰か助けて!!」


叫ぶ私の声を聞きつけた工事現場の人がすぐに異変に気がついてくれる。

救急車を呼んで鉄パイプを運んで、たくさんの大人達が弟を助けてくれた。


意識のない弟が救急車へ運ばれていく。

急いで私も車に乗り込んだその時、微かに弟が声をあげて呻いた。


「ゆき!ゆき!聞こえる?今、救急車の中だからね!」

「…ぃ」


私の呼びかけに微かに言葉が返ってくる。何を言っているのかは小さ過ぎて聞きとれなかった。

だから必死に耳を近づけて、弟の声だけを聞こうと集中する。


その時に聞こえた弟の言葉は、懐かしくて愛しくて、心から好きだって思うような内容だった。


「うん…ッ、うん…」

「ぃ……ぃょ」

「ふッ、う゛…ありが、とう」


意識が、しっかりとあるのかはわからなかった。

目は閉じられていて腕や体は一切動いていない。それでも雪が何度も何度も繰り返していたのは…


「痛、く…ない、よ…」

「ゆ、き…ッ、雪!」


私を慰めるための、言葉だった。


痛くないわけがないのに、苦しくないわけがないのに、私のために強がってくれる姿。

雪は4年前から、何も変わってなんかいなかった。


優しくて強くて、小さいはずなのに大きく見える男の子。

いつも私が大変な時は、ヒーローみたいに助けに来てくれる男の子。


「ゆ、き…ごめ、ね…大、好きだよ」


この胸の苦しみに、気付かずにはいられなかった。

気付けないほど、もう子どもではいられなかった。


幼い頃から、あの時から弟へ抱いていた感情は私の中で何一つ変わりはしない。

ただ気付くのに少しだけ時間がかかったんだ。


「…雪、大好…き」


この傷だらけの弟が、私の好きな人なんだってことに…



弟の怪我は左足を骨折したものの、脳に後遺症が残るほどの大事には至らなかった。


病院で治療を受けた後、すぐに意識を取り戻した弟が叫んだ第一声。姉ちゃんは?!って声に、ボロボロと泣き崩れてしまう。


ここにいるよ。雪のお陰で助かったよ。

そうやって笑顔でお礼を言うつもりだったのに、結局4年前と同じように泣いてしまった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?