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想い涙
花雛朱
恋愛現代恋愛
2024年08月26日
公開日
36,614文字
連載中
事故で両親を亡くした春は、血の繋がった弟・雪と幼い頃から共に支え合って生きている。
そして春が異性として好きになった相手は、世界で一番愛してはいけない人だった。
自分の恋愛感情に嫌悪感を抱いていた春が、想い人のために成長していく、友情あり家族愛ありの切ない悲恋物語。

No.1 第1話『春』- 1



私は、自分のことが気持ち悪い。


客観的に自分を見ようとすればするほど吐き気がしてくる。

それを自分で感じ始めたのは中2の時だった。


「うーわ、この漫画最悪。近親相姦物じゃん」

「マジで?気持ち悪ー。姉弟とかあり得なくない?」

「うち弟いるけど絶対ないし。あいつが彼氏とか考えるだけでキモいわ」


クラスメイトがしてた会話。その話を聞いた瞬間、やっとおかしいことに気が付いた。

自分が幼い頃から抱いてきた感情は、気持ち悪いものなんだって。


私が、気持ち悪くなったのは小学3年生の春だった。


クラス替えで友達とは離れちゃって、代わりにクラスメイトになったのは男子のいじめっこ3人組。

昔からぼーっとしてる性格だった私は簡単にターゲットにされてしまった。


校庭の滑り台に呼び出されては砂をかけられたり突き飛ばされたりやられ放題。

抵抗する気力さえ無くて、ただ黙って痛みに耐えていた時だった。


「姉ちゃん?!お前ら何やってんだよ!!」

「…ゆ、き?」


ほんの数か月前まで幼稚園児だった2つ下の弟が、怒鳴りながら私の元へ走ってくる。


ちょっと転んだだけでよく泣いていた弟。手足もちっちゃくて、目もクリクリしてて、赤ちゃんみたいだと思っていた弟。

その弟が、自分の体の2倍はある男の子3人の前に立ちはだかっていた。


「ゆき!ダメだよ、教室に戻って!」

「何でだよ!こいつら姉ちゃんのこといじめてたんだろ?!」

「何だこいつ。1年か?やっちまおうぜ」

「…!ゆきッ」


恐れていたことが、男の子の掛け声によって起こってしまう。

私の目の前で両手を広げて庇っていた弟に、標的を代えられてしまった。


一番体の大きい男子が弟の胸倉を掴んで引き寄せる。

必死で弟を守ろうとしたけど敵わなかった。


片手一つで私の体は振り払われて飛ばされてしまう。

その間も、弟の体や顔に暴力は降り注ぐ。歯を食いしばって耐えている弟の名前を一際大きく叫んだ。


「もうやめて!ゆきを返して!ゆき!!」


その瞬間、信じられないことが起こった。

さっきまで殴られ続けていた弟が、突然上半身を起こして男の子の下半身に噛みついた。

男の子が一番痛がる所、股間に噛みついて、相手が泣き喚いて謝るまで離さなかった。


「ぎゃああ!」

「姉ひゃんに手出すな!!」

「わかった!わかったから離してくれ!」

「ヤバいぜこいつ頭イカれてる!逃げよう!」


いつも余裕いっぱいのあの3人が怯えた表情で逃げ出していく。その後姿を、私は放心状態で見つめたまま動けなかった。


ハッと気がついた時、弟が私の目の前まで来て腰を下ろし、私の顔を覗き込んでいた。

その弟の顔を見た瞬間、ぐっと喉に熱いものが込み上げてきて、涙がポロポロと溢れ出てくる。


「姉ちゃん…何で泣いてんの?」

「うっ…う゛ぅッ」

「もう、あいつら…行った、よ?」


怖くて、泣いたんじゃなかった。驚いて、泣いたんじゃなかった。

私が泣いてしまったのは、弟の顔や体を見たからだ。


左目は腫れていて全く開いていない。ピンク色だった頬は、殴られて真っ青に変色してる。

踏みつけられた左腕は骨折してるんじゃないかと思うくらい真っ赤に腫れあがっていた。


「ゆ、き…ゆきッ、ごめ…ね」

「何で姉ちゃんが謝んの?姉ちゃん悪くない、よ」

「痛、い…?痛い…?」

「痛く、ないよ。でも、眠いから…家帰る、かも」

「ふッ…うう゛」


幼い弟の強がりは、私の胸を限りなく絞め続けた。

張り裂けそうなほど苦しい。愛しい。

この、泣きながら笑おうとする小さな弟が、愛しい。


「お姉ちゃん…も、一緒に…帰るから」

「姉ちゃんも、眠い…の?」

「うん…そうだよ」

「そっか…。また何かされたら言って、ね」

「ッ…うん」


生まれた瞬間から、ずっと見てきた弟。

幼稚園に入って、スモックを着て、走りまわっていた弟。


まだまだ赤ちゃんだなって…自分も子どものくせにどこかでそう思っていた。

けど今目の前にいる弟は、赤ちゃんでも子どもでもない。ちゃんと…


「ぼくが…姉ちゃん、を…守ってあげる」


立派な、男の子だった。



私が小学6年生になっても、弟は色んな面で私を守り続けてくれていた。

鈍くさい私とは正反対の弟は、私がこけそうになってるのを見かけたら走って助けに来てくれる。


クラスメイトから集めた山盛りのノートを職員室まで運んでいたら、後ろからひょいっと持ち上げて代わりに運んでくれる。


まだまだ私よりも体が小さい小学4年生。それでも彼の後姿はあの事件以来とても逞しく見えた。


「ねえ、春って絶対ブラコンだよね」

「うん、まあ…雪のことは大切だよ?」

「弟くんも絶対あれはシスコンだね。廊下で擦れ違う度にちょっかいかけてくるし」

「うん、まあ…家でもあんな感じだし仲良いよ?」

「ふ~ん、うちの兄弟とは大違い」

「そう…」


これくらいの時から、周りからは珍しいとか仲が良いとかよく色々言われるようになった。

確かにあの事件が起こる前までは、ここまで弟を目で追ったりしていなかった気がする。


一緒にテレビを見たりゲームをしたりはしたけど、常に目で追ったり姿を探すほどではなかった。

弟の方は昔と変わらない。私だけが少し、変わっていた。


「あ、噂をすれば弟くん」

「え…?」

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