その夜。グレースは一番端のベッドで、背中を丸めてもうすでに就寝中。お腹もいっぱいになって大満足そうな寝顔だった。
チハヤはイスに座って本を読み、私は窓の外から夜の都会の景色を眺めていた。
夜でも街には明かりが灯っている。少なくなったとはいえ人通りもまだまだ多い。
あちこちのお店がもう夜なのにまだ空いていて、いろんな声が飛び交っている。
にぎやか。とにかく村にはないにぎわいが
ここに住めば足りないものなんてないんじゃないだろうか。おいしいご飯も食べられるし、お酒も飲める。美容室だっていっぱいあるだろうし、おしゃれな服も面白い本も演劇だって楽しめる。
街を出ても広大な世界が広がっていて、冒険したいならきっとどこまでだって行ける。
仕事もたくさんある。きっと人手が足りないほど。
でも、いろんな人がいる。村みたいにみんな見知った人ばかりじゃないし、変な奴もいれば突っかかってくる奴もいれば、人をさらおうとする奴も──ろくな思い出がないな、今日は。
とにかく良いも悪いも人が多すぎる。こういう場所ならいろんなトラブルも起こるし、モンスターだって出たらそりゃあギルドだって必要になるわな。
『依頼は山積しております。サラ殿のギルドが、私どもとともに多くの依頼を解決へ導いていける日を楽しみにしています』
って、ギルドセンター長のダニエルさんは言っていた。
今の私の村にギルドなんて必要ないような気も、正直するけど、都会は全然違うんだよなぁ。
期待されてるのか、されていないのかよくはわからないけど、とにもかくにも頑張るとするか。生活もかかってるし。
「ん……?」
気配を感じて後ろを向けば、いつの間にかチハヤが立っていた。
「お、音もなく後ろに立つのは怖いって……!」
ち、近い! 急にそんなに近づかれたらちょっと──心臓がヤバいことに。
「失礼しました。なにか物思いにふけっている様子だったので」
「え、あぁ、まあ……」
だから近いって! こんなにチハヤの顔が近くにあったら頭が上手く回らねぇー!!
「だ、大丈夫! ちょっとどうでもいいこと考えてただけだから!」
その場を離れるとベッドに潜り込み毛布を頭からかぶる。
いや! なにをしている私! 確実に変な行動じゃねーか! も~!!
「サラ様。……まあ、確かに明日も早いですから早めに寝た方がいいですね」
ガバっと毛布をどけた。
「そ、そう! さすがにいろいろあって疲れっちゃったしさ~。早く寝よう! チハヤ!」
「わかりました、それでは」
チハヤがランプの灯を消すと、部屋は途端に真っ暗になる。真っ暗になった部屋のなかでチハヤの足音がこっちに近づいてきた。
え? なんで、チハヤが──って、そうだ! ベッドは3つ! グレースが隣に寝てるから! 私の隣のベッドがチハヤじゃん!!
はぁー!? ちょ、っと待て待て待て待て。
考えてなかった。考えてなかった。
チハヤとグレースとはもはや家族のように同じ家に住んでいたから、なんにも考えていなかった。
いつも私一人じゃん! チハヤはおじいちゃんの部屋で! グレースは客室で!
でも、今、同じ部屋じゃん! トリプルベッドじゃん!!
私は一晩、チハヤの隣で寝なきゃいけないの!?
はっ、そうだよ! くっそ! クリスさんが宿屋は同じ部屋でとか言ってたじゃん! そうじゃん!! は~バカなの? 私!
「サラ様」
「はいっ!!」
チハヤの声が隣から聞こえてくる。すごく近く、そしてありえないくらいに柔らかい。
「おやすみなさいませ」
「……あっ、はい。おやすみ……」
……あっ、それだけ!? おやすみだけ、あっ……。
また毛布ばさー。
くっそ。チハヤ相手になにを考えてるんだ、私は! なにもないに決まってるじゃねぇか! なにもないのなにってなんだよ! なにもないわ最初から!!
あーもう寝よう! 私は乙女だから隣に男性がいるってことに慣れてないだけだ! 絶対そうだ!! チハヤだからとか関係ない!
「……サラ様」
「えっ? なに?」
毛布越しに、どうにも珍しく弱気な声が聞こえてくる。
「さきほどは、すぐに駆けつけられなくて申し訳ありませんでした」
「さきほどって、ああグレースの。いや、全然気にしてないよ。むしろチハヤが来てくれなかったらやばかったって」
「そうではありません。サラ様の頬に傷をつけてしまったことです」
お互い小声で話す。ちょっとした沈黙の間にグレースの穏やかな寝息が聞こえる。
私は頬を触った。傷跡はまだ残っているけど、もう痛みはない。
「……傷なんて全然。でも、チハヤ聞いてくれる?」
「はい。もちろんです」
「ありがとう」
私はチハヤの方を向くと、毛布から顔だけ出した。背を向けていたチハヤもこちらを向いてくれる。
顔は近いけれど、そこまで動揺しないのは暗闇のおかげなのかもしれない。
「グレースがさらわれそうになったとき。私はなにもできなかった。前に、チハヤは私のことをモブって言ってたけど、本当にそうなんだなって」
「いえ、そんなことは」
「いいよ。ただの事実だし。私には力はない。でも、せっかくできた大切な仲間は守らなきゃいけない。だからね──」
「はい」
「ギルドを大きくしたいんだ。もっともっと、あのムカつくマリーに負けないくらいに。都会のギルドにも負けないくらいに。だから、チハヤ。私、頑張ろうと思う」
チハヤはなにも言ってくれなかった。だけど、二つの瞳が肯定してくれていることはわかった。
でもさ。
「それだけ! じゃあ、今度こそ寝るよ!」
なんか反応してくれないと、恥ずかしくなってしまうじゃん。