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第25話 チハヤの話

 村長のアレはカツラだった件は、もう忘れよう。忘れた方がいい。綺麗さっぱり忘れてあげた方がきっと村長のためだろう。


 今度会ったときには「あれ~? 髪型変わったんですか? いいですねぇ」って何食わぬ顔で言ってあげないと。


 エルサさんの美容室にカツラがないとは思えない。きっと村長は恥ずかしくて何年も何年も言えなかったんだ。


 まぁ、だからって、普通にバレるがな。


「サラ様。夕食の用意ができたようです」


「ん……はいよっと! グレース、起きて、行くよ」


 私は横でくっついて眠っていたグレースを起こした。


 宿屋に戻ってきたあと、一気に安心感と疲れが出てきたのかグレースはベッドで丸まって眠ってしまった。それを見ていて「気持ちよさそう~」と思った私は、一緒にベッドに入ってゴロゴロしていたのだ。


 考えていたことがしょうもなさすぎるけどさ。


「……ふにゃ……あ~」


 あまりにも猫猫しい声を上げてグレースは目を開けると、出てきた涙をぬぐって元気に床へと跳び上がった。


「グレース~普通に起きないと他のお客さんにも迷惑だよ~」


 まだ猫のくせがところどころ残っている。少しずつ人間の動きに慣れていってもらわないと。


「行きましょう。サラ様」


「OK! お腹ペコペコだよ」


 階下へと降りていくと、席はお客さんでいっぱいだった。小さな酒場みたいな雰囲気。宿泊客もいるのだろうけど、普通に食事をしに来ている人もいるのかもしれない。


 私たちは用意されていた席に案内されると、そこに出されていた豪華な食事に目を丸くさせた。……あっ、いや丸くなったのは私だけだ。チハヤは当たり前のように着席するし、目を輝かせているグレースにいたっては口の端からよだれが出ている。


「グレース。よだれ出てるよ」


 チハヤからハンカチをもらうとグレースはにこにこしながらよだれを拭いた。


 でも、ま、さっきまでの怯えた様子はなくてよかった。


「よっしゃ、食べるか」


 テーブルに並んでいるのは、白身魚のソテー? に茹でたタコ? のサラダにポタージュスープに……なんだこの黒いパスタは。


「イカ墨パスタですね」


「イカの墨? 墨ってあの墨か? 口からプシューって」


「はい。正確に言うとあそこは口ではないのですが、まあその墨をパスタに混ぜて黒いのが有名なパスタです」


「お、美味しいの?」


 グレースは家で教えたとおりにしっかりフォークでくるくる巻いて食べてるけど。


「好みは人それぞれですからね。でも、おいしいですよ」


「そっか……まあ、食べてみようかな」


 パクり。……うむ。ちょっと生臭いような感じがしないでもないけど、うぉ! でも、ピリ辛! ニンニク! おぉ~けっこうおいしい!


「気に入ったようですね」


「うん! おいしいよ、これ!」


 出されたメニューはどれもおいしかった。あんまり海の幸は食べたことがなかったけど、食感があってしかもさっぱりしてて。なんとなく肉よりもヘルシーな感じがするなぁ。


「港のある街ですから、新鮮な食材を使っていますね。これを持って帰ればカフェ・メモリアルの店主も喜んでくれるはずです」


「オリヴェルさんね。これなら料理しがいがあると思うよ。みんな喜んでくれるだろうし。あとさ、ついでにレシピも買っていってあげようよ。本も仕入れなきゃいけないし」


「そうですね」


 チハヤは微笑を一つつくると、水を飲んだ。


「そう言えばさ、チハヤは村にくるまではなにしてたの?」


「気になりますか?」


「い、いや、その……気になるって言うか──」


 バッカ、そんな聞き方反則だろ! ちょっと言葉に詰まっちゃったじゃねぇか!


「ほら、料理もいろいろ知ってるし、それにすごい強いじゃん?」


「そうですね──」


 コップをテーブルに置くと、チハヤはどこか遠くを見るような目をする。


「この世界に転生した私は、見知らぬ神殿のような場所にいました」


「神殿?」


「えぇ。気がついてすぐにこれが噂の異世界転生だと気がついたんです。私たちの世界では、もはや流行のようになっていましたから」


 ふ~ん、と言いながらチハヤの元いた世界のことを想像する。異世界転生が流行ってるって、どないやねん。転生って名前からすると、たぶん一回死んでるわけだよな。みんなそんな死にたがりなのか?


「状況を全て理解すると、力がみなぎっているのを感じて、試しに魔法を発動したら神殿の柱を一本破壊してしまって」


「柱一本破壊って……」


 ありえ──ないとも言えないところがまた困る! チハヤが本気だしたならやれそうな気もしないでもない。


「それからなんやかんやあって、この世界の理を知り、ギルドの存在を知り、サラ様のおじい様に雇われた、というわけです」


 なんやかんやって。端折りすぎだろ! なんだ? モンスター退治でもしてたのか?


「あっ、なんやかんやのところは世界の放浪ですね。あちこち回りましたよ。さっき話に出てきた世界樹ユグドラシルにも行ってきましたし、精霊族の住む街にも行ってきましたし、怪物狩りなんかもやっていました。でも、そろそろどこかへ落ち着きたいと思った矢先に、おじい様に出会ったのです。おじい様もかつては世界を股にかけた冒険者だったとか」


「ああ、うん。なんかそうらしいね」


 歯切れが悪いのは、おじいちゃんの過去をあんまり知らないから。物心ついたときにはもうおじいちゃんだったし。お金だけはあった。そのお金の出どころが、昔おじいちゃんが若いときに稼いだお金だとかなんとか。


「すぐにおじい様と意気投合しました。そして、遺言を預かり、サラ様の執事になった──という次第です」


「なるほどね。とりあえず強い理由はわかったよ。じゃあ、料理もあちこちで食べていたから知ってる的な?」


 チハヤはもう一度コップの水を飲むと、食後の紅茶に手を伸ばした。


「半分そう、と言いますか。もう半分は元々いた世界の知識です。あちらではさらに料理が発展していまして、なかにはここでは食べられない、飲めないものもあります」


 そう言うと、どこか物足りなそうにチハヤは紅茶を飲む。


「……その料理っておいしいんだ?」


「ええ。そうですね。とっても」


 チハヤは微笑むと、一気に紅茶を飲み干した。その横で、料理を残さずたいらげたグレースはゲフッと小さくゲップをした。

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