村長のアレはカツラだった件は、もう忘れよう。忘れた方がいい。綺麗さっぱり忘れてあげた方がきっと村長のためだろう。
今度会ったときには「あれ~? 髪型変わったんですか? いいですねぇ」って何食わぬ顔で言ってあげないと。
エルサさんの美容室にカツラがないとは思えない。きっと村長は恥ずかしくて何年も何年も言えなかったんだ。
まぁ、だからって、普通にバレるがな。
「サラ様。夕食の用意ができたようです」
「ん……はいよっと! グレース、起きて、行くよ」
私は横でくっついて眠っていたグレースを起こした。
宿屋に戻ってきたあと、一気に安心感と疲れが出てきたのかグレースはベッドで丸まって眠ってしまった。それを見ていて「気持ちよさそう~」と思った私は、一緒にベッドに入ってゴロゴロしていたのだ。
考えていたことがしょうもなさすぎるけどさ。
「……ふにゃ……あ~」
あまりにも猫猫しい声を上げてグレースは目を開けると、出てきた涙をぬぐって元気に床へと跳び上がった。
「グレース~普通に起きないと他のお客さんにも迷惑だよ~」
まだ猫のくせがところどころ残っている。少しずつ人間の動きに慣れていってもらわないと。
「行きましょう。サラ様」
「OK! お腹ペコペコだよ」
階下へと降りていくと、席はお客さんでいっぱいだった。小さな酒場みたいな雰囲気。宿泊客もいるのだろうけど、普通に食事をしに来ている人もいるのかもしれない。
私たちは用意されていた席に案内されると、そこに出されていた豪華な食事に目を丸くさせた。……あっ、いや丸くなったのは私だけだ。チハヤは当たり前のように着席するし、目を輝かせているグレースにいたっては口の端からよだれが出ている。
「グレース。よだれ出てるよ」
チハヤからハンカチをもらうとグレースはにこにこしながらよだれを拭いた。
でも、ま、さっきまでの怯えた様子はなくてよかった。
「よっしゃ、食べるか」
テーブルに並んでいるのは、白身魚のソテー? に茹でたタコ? のサラダにポタージュスープに……なんだこの黒いパスタは。
「イカ墨パスタですね」
「イカの墨? 墨ってあの墨か? 口からプシューって」
「はい。正確に言うとあそこは口ではないのですが、まあその墨をパスタに混ぜて黒いのが有名なパスタです」
「お、美味しいの?」
グレースは家で教えたとおりにしっかりフォークでくるくる巻いて食べてるけど。
「好みは人それぞれですからね。でも、おいしいですよ」
「そっか……まあ、食べてみようかな」
パクり。……うむ。ちょっと生臭いような感じがしないでもないけど、うぉ! でも、ピリ辛! ニンニク! おぉ~けっこうおいしい!
「気に入ったようですね」
「うん! おいしいよ、これ!」
出されたメニューはどれもおいしかった。あんまり海の幸は食べたことがなかったけど、食感があってしかもさっぱりしてて。なんとなく肉よりもヘルシーな感じがするなぁ。
「港のある街ですから、新鮮な食材を使っていますね。これを持って帰ればカフェ・メモリアルの店主も喜んでくれるはずです」
「オリヴェルさんね。これなら料理しがいがあると思うよ。みんな喜んでくれるだろうし。あとさ、ついでにレシピも買っていってあげようよ。本も仕入れなきゃいけないし」
「そうですね」
チハヤは微笑を一つつくると、水を飲んだ。
「そう言えばさ、チハヤは村にくるまではなにしてたの?」
「気になりますか?」
「い、いや、その……気になるって言うか──」
バッカ、そんな聞き方反則だろ! ちょっと言葉に詰まっちゃったじゃねぇか!
「ほら、料理もいろいろ知ってるし、それにすごい強いじゃん?」
「そうですね──」
コップをテーブルに置くと、チハヤはどこか遠くを見るような目をする。
「この世界に転生した私は、見知らぬ神殿のような場所にいました」
「神殿?」
「えぇ。気がついてすぐにこれが噂の異世界転生だと気がついたんです。私たちの世界では、もはや流行のようになっていましたから」
ふ~ん、と言いながらチハヤの元いた世界のことを想像する。異世界転生が流行ってるって、どないやねん。転生って名前からすると、たぶん一回死んでるわけだよな。みんなそんな死にたがりなのか?
「状況を全て理解すると、力がみなぎっているのを感じて、試しに魔法を発動したら神殿の柱を一本破壊してしまって」
「柱一本破壊って……」
ありえ──ないとも言えないところがまた困る! チハヤが本気だしたならやれそうな気もしないでもない。
「それからなんやかんやあって、この世界の理を知り、ギルドの存在を知り、サラ様のおじい様に雇われた、というわけです」
なんやかんやって。端折りすぎだろ! なんだ? モンスター退治でもしてたのか?
「あっ、なんやかんやのところは世界の放浪ですね。あちこち回りましたよ。さっき話に出てきた
「ああ、うん。なんかそうらしいね」
歯切れが悪いのは、おじいちゃんの過去をあんまり知らないから。物心ついたときにはもうおじいちゃんだったし。お金だけはあった。そのお金の出どころが、昔おじいちゃんが若いときに稼いだお金だとかなんとか。
「すぐにおじい様と意気投合しました。そして、遺言を預かり、サラ様の執事になった──という次第です」
「なるほどね。とりあえず強い理由はわかったよ。じゃあ、料理もあちこちで食べていたから知ってる的な?」
チハヤはもう一度コップの水を飲むと、食後の紅茶に手を伸ばした。
「半分そう、と言いますか。もう半分は元々いた世界の知識です。あちらではさらに料理が発展していまして、なかにはここでは食べられない、飲めないものもあります」
そう言うと、どこか物足りなそうにチハヤは紅茶を飲む。
「……その料理っておいしいんだ?」
「ええ。そうですね。とっても」
チハヤは微笑むと、一気に紅茶を飲み干した。その横で、料理を残さずたいらげたグレースはゲフッと小さくゲップをした。