「お前はナタリー・タッグマン? なぜ、ここに!?」
それは私も思った。そしてさすが有名人! こんな悪人顔にもしっかり知られている。
「わけあって。ただ、それをお前のような輩に教える必要はない」
ナタリーは私を庇うように前に出ると、剣を構えた。初めて見る本物の剣だ。白銀が深い赤色の夕日に染まっていて美術館にでも飾っていたら、きっといい感じになっている。
でも、これは言わずもがな戦い、だよね!?
「下がっていてください。サラ殿。さきほどの失礼は、あなた方を救うことでお詫びさせていただければ」
言われなくても下がるよ! 物語でありそうなカッコいい場面ではあるけど、そんなこと思ってる場合じゃあない。
ナタリーに任せてダッシュで私は、後ろへ下がった。
「へへっ、色男が。ただの劇団員に何ができるのか、見せてもらおうじゃねぇか!」
下卑た笑い声を上げながら、悪人顔の男が近寄ってくる。男は背中に手を回すと、自分の顔よりも太い棍棒を取り出した。トゲが先端についていて当たっただけで痛そうだった。
「ただの劇団員ではない。私はマリアンヌ様の下、マリーギルドに加入したばかりのギルド員。
ナタリーが踏み込むと、男は棍棒を振り下ろした。
見てわかる。剣と棍棒じゃたぶん相性が悪い。あの棒が当たったらきっと剣なんてすぐに折れちゃう。
だから、ナタリーは男の攻撃を避けながら隙をつくって一撃を入れようとしている。けど。
「やるなぁ。だが、ギルドに加入したばかりのヒヨッコなぞ、軽くひねり潰してやる!」
しぶとい。というか悪そうに見えた頭はけっこういいのか、男はナタリーの剣を制して上手いこと立ち回っているように見えた。
これは──今のうちに呼ぶしかないね。
私は、髪飾りを取って口元に近づけると、バレないように小声でチハヤに助けを呼んだ。
「チハヤ、緊急事態。勝手な行動は謝るからさ、すぐに助けに来てくれない?」
……あれ? 返事がない。しゃーない、もう一回。
「サンダーボルト!」
ピカッと何かが光った。と思ったらすごい速度で熱いものが私の頬をかすめていく。
じんわりと痛みが来たのはその後。
「動くな小娘!」
ナタリーたちの後ろのグレースを取り囲んでいる一人の男がこっちを向いて叫んだ。黒いマントを羽織った男だ。
「どうした!?」
もう一人の男がグレースから視線を離してマントの男にたずねた。
「口を動かしていた。もしかしたら魔法の詠唱かもしれない」
うっわ、マジか! 助けを呼んだのが魔法と思われたの!? 魔法なんて使えないのに!
「なるほど、厄介だな。だが、現場を見られた以上はやるしかないか」
「ああ、そうだな」
そうだな、じゃないよ! やるって、どういうこと!? 口封じとかそういうやつ!?
どうする、どうする、どうする!?
ナタリーは棍棒を持った男の対応で精一杯。チハヤは、来てくれるかどうかわからない。グレースは……声も出ないほど怯えている。
塀を背にして動けない状態にされているグレースは、両手で頭をおさえて体を縮こませることしかできていなかった。
そうだ。言葉も話せないんだグレースは。ちょっと前までただの猫だったから。今日、やっと少し言葉にもならない言葉を発することができるようになったくらいなのに。
こんな目に遭わせてしまったのは、私のせいだ。
街を歩くときにずっとそばにいてあげれば。そもそも、チハヤの言うことを聞いて真っ直ぐ宿屋に戻っていれば。
こんなことに巻き込まないですんだのに!
「先にこの猫人を連れていけ。役者に小娘。二人だけでなんとかなるだろう」
「わかった」と言うと、男は無理やりグレースの腕を引っ張り立たせようとする。恐怖に歪んだグレースの顔は涙が溢れていて。でも、言葉は出せなくて。
どうすればいいのかわからなかった。マントの男に言われたとおり動かないでいれば私は安全だったのかもしれない。
だけど、グレースの助けを求めるような目を見た私は、気がつけば手の中に握っていた髪飾りをマントの男に向かって投げていた。
距離は離れているから当たるはずはない。だけど、男は攻撃されたと思って両腕を顔の前で交差させると身を守った。
──その隙にだから、私はとにかく走った。グレースを助けるために。
「グレースを放せぇ!!!!」
「サラ殿!」
隙ができたのはマントの男だけじゃなかったみたいで。ナタリーは驚いてこっちを見ている悪人顔の男の懐に入り込むと、剣を振り上げ手を叩く。棍棒が地面に落ちた。
白銀の剣が男の太い首先に触れる。その寸前に怒号が私の体を貫いた。
「二人とも動くな!」
「うわっ! わっ!」
突然の声に止まろうとしたから、足がもつれてしまって地べたに転んでしまう。その状態で顔だけ上げると、グレースの首にナイフが突きつけられていた。
「……グレ」
「動くなと言っている! 話すのもダメだ! いいな! ……こいつがどうなるか、わかるだろ?」
人質。グレースが人質に取られてしまった。助けようとしたのに、さらに危険にさらしてしまっている。
「いいか。まず、そこの大根役者、剣を地面に捨てろ」
首をひねってナタリーの方を見ると、イケメンが台無しの歯ぎしりをしながら剣を投げ捨てた。カラン、カラン、と鳴る音が空しく響く。
「よし、いいぞ。そうだな、役者はここで潰せ。二度と舞台に上がれない顔にしてやれ。この猫人とそこの赤髪のお前、よく見りゃかわいい顔してるじゃねえか。一緒に連れてくぞ」
なんで、こんなことに。私はただ、都会を散策していただけなのに。
「悔しそうだな。威勢だけじゃどうしようもないんだよ。結局、強さがないとな、強さが。わかったら弱い自分をうらべっ! す!!」
グレースを人質にしていた男が、奇妙な声を上げながら急に後ろ向きに倒れた。ってことは!?
「申し訳ありません。お待たせしましたサラ様。あとは、私がやります」
こんなときにも落ち着いた声を出すんじゃねぇ!
「……遅すぎるよ、もう……」
いつものように冗談を言おうとしたのに、喉から出てきた声はかすれていた。