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第20話 ちょっとした亜人種のお話

 私たち──というのは、私、チハヤ、グレース、そしてダニエルさんにマリアンヌの5人はギルドの奥にあるテーブルを囲んで座った。


 すぐにメイドさんらしき格好の人が紅茶を運んでくれる。ミルクと砂糖の入った小瓶も一緒に。


「あの、すみません」


 私はちょっと不躾かなと思いつつも、手を挙げてたぶんメイドさんを呼び止める。


「ミルクもらえませんか? ウチのギルドのこの子、ミルクしか飲めないんで」


 メイドさんはグレースを見ると、二、三度瞬きをして取り繕うような笑顔になった。


「かしこまりました」


 去っていく後姿を見ていると、ダニエルさんが紅茶に口をつけた。


「この辺りでは珍しいですからね。亜人種のギルド員は。もし、不快な思いをさせてしまったらすみません」


「え、いえ。でも、亜人種ならギルド員になれるって、チハヤが」


 本人を見ると我関せずという風に涼しい顔をしてティーカップを傾けていた。


「問題はございません。人間と亜人種、人種に関係なく、望む者はギルド員になる資格がございます。ただ、実際には亜人種でギルド員になる者は少ない状況にあります」


「なんで? 人口が少ない、とか?」


 マリアンヌがわざとらしくため息を吐いた。なんだぁ? 人をバカにして~!


「島から来たと言っていらしたわね。……サラ、とお呼びしてもよろしいかしら?」


「うん、まあ。いいけど」


「私のことはマリアンヌ様と──」


「マリアンヌ」


 静かな怒りが聞こえてくる。ダニエルさんの体から、まとっているオーラから。


 こういうのが一番怖いのよ。


「失礼。マリーと呼んでくれて構いませんことよ」


 誤魔化すように紅茶を一口飲んだ後、マリアンヌはそう言った。


「わかった。マリー、それで島から来たことが何かあるの?」


「島、と言っても大量の島がありますわ。具体的にはどこかお聞きしても?」


「どこって……アビシニア諸島」


「アビシニア諸島。やはりド田舎──ああ、いえ。ふ、風光明媚なところですわね」


 ダニエルさんが怖いから、めんどくさい言い方に変えてきたな。


「田舎でいいよ。事実だし」


 田舎過ぎるから都会で人酔いしてしまったことは否めない。言わねぇーけどな!


「でしたら、事情を知らなくても仕方ないですわね。おじいさま」


「ふーむ。私の口からではなくても、チハヤ殿なら知っていそうですが」


 それとなくダニエルさんが話を振るも、チハヤは紅茶を飲むだけで黙ったままだ。


 チハヤのこういうときは、なにかを企んでいるときだけど、今はその事情とやらが気になる。


「話してください。グレースに関わること、なんですよね?」


 「お待たせしました」とちょうど、ミルクがグレースの前に届いたところでダニエルさんが静かな口調で語り始めた。


「辛い話になるやもしれませんが。……人間と亜人種との間にはもともと争いがありました。いえ、こう言い替えた方がより適切かもしれません。人間は、人間以外の言語を操る生き物の存在を嫌っていました。差別し、迫害し、奴隷化や場合によっては殺戮を尽くしてきました。まだほんの100年ほど前のことです」


 飲もうとしてた紅茶が飲めねぇーじゃねぇか。グレースもミルク飲めなくなったし。


 確かに辛い話をするとは言ってたけどさ!


「亜人種も当然、黙っているわけではありませんでした。亜人種は互いにまとまり連合をつくり、人間と対抗。両者は全面的な戦争を始めました。しかし、あまりにも悲惨な事態を目の当たりにして、人間と亜人種双方は条約を結びました。それが、講和条約。条約が結ばれた地名から取って、通称、世界樹ユグドラシル条約と呼ばれています。その条約が結ばれたのが100年前なのです」


 戦争だの条約だの、なんだか難しい話になってきたぞ? このままじゃ退屈しすぎてグレースが──ってもう眠りそうになってる!


「それで、今はどうなってるんですか?」


「両者の間に大きな戦争はなくなりました。しかし、人間も亜人種も豊かな感情を持つ生き物です。それで火種がなくなったわけではありません。一部には、今も憎み、あるいは差別意識を持つものがいます。100年経った今でも、あちこちで争いや人身売買は絶えません。それを止めるのがギルドの大きな仕事の一つでもあります」


「なるほどね。だから亜人種のギルド員は少ないんだ」


「左様です。ギルドは元々人間がつくったものですから」


「だけど、安心していいですわ」


 マリアンヌもといマリーが口をはさんできた。


「一部にはそういう輩もいます。ですが、それは本当にごく一部です。わたくしを含め大半の人間は、人間と亜人種関係なく接していますし、一緒に仕事をしたりしていますわ。今はもう昔とは違う。協力しともに発展していく時代ですもの」


 どや顔で偉そうなことを言っているけれども、よ。ギルド員のことを下僕と言ったり、初対面の人に対して田舎娘、芋娘と言ったり、いったいどんな思考回路をしているんだ?


 同じことを考えているのか、ダニエルさんも生温かい眼差しでマリーを見ていた。


 私の視線に気づいたのか、ダニエルさんはほっほっほと笑うと、紅茶の中身を空っぽにした。


「さて。もう一つ、チハヤ殿の強さについてお聞きしたかったところですが、私も忙しい身の上。いったん、これで失礼させていただきます」


 ダニエルさんは音を立てずに椅子を引いて立ち上がると、わざわざ私の方に体を向けて微笑んだ。


「依頼は山積しております。サラ殿のギルドが、私どもとともに多くの依頼を解決へ導いていける日を楽しみにしています」


 スマートだ。実にスマートにダニエルさんはギルドの受付の方へ去っていった。


 残されたのは、私とチハヤとグレースとマリー。


「……それで、実のところどういう条件があればチハヤ様を譲ってくださるの?」


 いなくなった途端にマリー、てめぇ。やっぱりそれが本性だったのか!?

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