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第19話 暗闇にいると言葉数が多くなる

「どういうことだよっ!?」


 もう一度暗闇の中で問うと、また頭の中にチハヤの声が流れてくる。


<一度、サラ様とグレースを避難させました>


「ありがとう! いや、そうじゃなくて!! ここはどこ!?」


 人の目がなくなったからか、少し酔いも落ち着いていた。今なら少しは冷静に話し合いもできる──わけねぇー。


<サラ様がいる場所は、いわば異空間です>


「異空間? はいっ?」


<わかりやすく言うとですね。カバンの中ですね。ほぼ無限大の広さのある……まあ、巨大なカバンと言ったところでしょうか>


 カバンっておい! まだ全然わからない!


<私が紅茶などあらゆるものを出す空間魔法がありますね。その空間です>


「え!? そこ!?」


 つまり、私は今紅茶のティーカップやら、ゴーレム船団やらと一緒のところにいるってことか!? だったら、この暗闇はカバンというかゴミ箱みたいなもんなんじゃ!?


<安心してください。空間の中には自在に仕切りができますので、その場所は未使用でサラ様とグレースしか存在していません>


「わ……わかったけど、いつ出してくれるの?」


<えぇ、それが……>


 チハヤがなぜか口ごもり、別の声が聞こえてきた。


<あなた! とんでもない実力者ですわね! あの女のところなんかじゃなくて私のところへ来なさい! ナタリーよりも特別待遇で迎えますわ!>


 あいつ──マリアンヌの声だ! もう覚えたぞ! 貴様の名は!!


<ひとまず、状況が落ち着き次第連絡します>


 プツ……と音が途絶えた。またかい! クリスさんといいマリアンヌといい、モテまくりじゃねーかチハヤ!


 ってか!


「くぅ~! も~あいつスカウトされてんじゃねーか! もし、もしもだよ向こうになびいたらどうしよう! ランク5のギルドとか言ってたな! めちゃくちゃいいじゃん! 私が行きたいわ!」


 暗闇で謎の空間で、なにかをしゃべっていないとおかしくなりそうだったから、思ったこと全部を口にしていた。


 口にしたらしたで不安が襲ってきていてもたってもいられない!


「あ~どうしよう! どうしよう! ってか、ここは本当に安全なの!? いつまでここにいるの!? 今、何時なの!?」


 頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えていると、背中をさわさわしてくれる手があった。


「そうだ! グレース! グレースも一緒にいたんだ! グレースいるんだよね!?」


 振り向いてもそこには暗闇が広がるばかり。言葉も返ってこないし。だけど、さわさわさすってくれる手の動きが早くなったから、グレースが応えてくれた……と思う。


「グレース。ありがとう」


 そう言えば、グレースは泣いていた。怖い目にあって、内面は猫なのに。


 泣いてたばかりなのに私の背中をさすってくれている。チハヤが教えたから? こうすると、私が落ち着くって。


「グレースは……大丈夫?」


 返事はないけど、手の動きが止まる。再び動き出したときには少し震えているのがわかった。


「……びっくりしたよね。ごめんね」


 私はチハヤに守られた。でも、グレースは? 魔法は当たっていないけど、グレースを守ってくれる人はあの瞬間はいなかったんだ。


 クリスさんがいたら絶対にグレースを守っていた。エルサさんもきっと。


 私は──。我を忘れてケンカをふっかけにいっただけだ。


「そうだよね。私、ギルド長になったんだ」


 あの女と同じギルド長だ。あんなやり方は許せないが、あれでもギルド員を守っていた、と言えなくもないかもしれなくもない。いや、言えねぇーただのわがままだ。


「だけど、ギルド長としてはさ。いつまでたってもチハヤに甘えてばかりではいられないよね。グレース、今度はちゃんと守るから。たぶん、きっと……た、たぶん」


 うわぁ。説得力ねぇー。自分でも自信ないと思ってるし、言葉に出てるし、ごめんグレース。


「ん? グレース?」


 グレースの手がまた止まった。まだ怯えているのかと思っていたらそうではなくて。


「…………あい」


「え?」


「…………あい」


 しゃべった? 返事したよね? 絶対返事だよね?


 『はい』みたいな。赤ちゃんみたいにたどたどしいけど、今絶対。


「グレース!!」


 初めてしゃべれた喜びを共有しようと思ったら、チハヤの声が聞こえてきた。


<サラ様。お待たせしました。今、表に出します>


 あっ、チハヤ、ちょっちタイミング悪──。


「って、うわぁああ!!」


 急に光の中にいると思ったら、私は空中に浮いていた。お、落ち──ない。


「大丈夫ですか? サラ様」


 チハヤが無事に受け止めてくれる。


「それどころじゃないよ! グレースは? グレースも変なところに出たんじゃ!」


「問題ありません。猫ですから」


 チハヤが指示した方向にはシュタって感じで見事に四足で着地したグレースがいた。


 グレースは私の方を見るとキラキラの瞳をさらに輝かせる。


「よかったぁ! あっ、そうだ! チハヤ、グレースがしゃべったんだよ? ねぇ、聞きたい? 聞きたいだろ! 最初に聞いたのは私だからね!」


 会話を遮るように咳払いが一つ。そういやお取込み中だったわ。


 チハヤに降ろしてもらうと、私は咳払いをしていた人物に向き直った。


 真っ白な髪を刈り上げた眼鏡をかけたおじいちゃんだ。傍らにはなぜか涙目になっているやつ──マリアンヌもいる。


 騒動の後、すぐに移動したんだろう。私たちは外ではなくてギルドの中にいた。外壁と同じように内装もピッカピカの真っ白や。


「お初にお目にかかります。私はレブラトールギルドのセンター長、ダニエル・アレンシュタイン。さきほどはマリアンヌが大変失礼を」


「ダニエル・アレンシュタインさん。アレンシュタインってことは──」


「はい。マリアンヌは私の孫娘でして。いつも言い聞かせているのですが、わがまま放題で」


「おじいさま! そのような言い方は誤解を生みますわ! なにも私、いつも無理を言っているわけではございませんもの!」


 ダニエルさんは大きくため息を吐いた。


「このようなときに見栄を張る必要はない。恥の上塗りという言葉を知っておるかの?」


「ぐぬぬぬぬ」


 マリアンヌは悔しそうに唇をかむと、私を睨みつけた。涙目で。顔を赤くして。恥ずかしい~。


「サラ殿。マリアンヌのしたことは許されることではありませんが、どうか私に免じて許していただけないでしょうか」


「ん~なら、条件二つ」


「できることでしたらなんなりと」


 ダニエルさんは頭を下げた。わかる、わかるよ! この人はできる人だ! できるオーラを身にまとっているし、なんか苦労してきた貫禄がある! ウチのじいちゃんとは違って。


「一つはチハヤへのスカウトをやめること」


「もちろんでございます。マリアンヌは強い者とイケメンに弱くて、自分が気に入るとスカウトしてしまう癖がありまして。即刻やめさせます」


 マリアンヌはさらに涙目になり、足がぷるぷると震えている。いいね~なんかスカッとする!


「もう一つの条件は、ナタリー・タッグマンの──」


 最後まで言う前にマリアンヌが「ダメー!!!!」と叫んだ。


「ダメでございます! ナタリーは私のお気に入り! おじい様がなんと言おうと絶対、絶対、譲りませんわ!」


 予想外の反応だった。こいつはからかいがいがあるぜ!


「いや~そうは言っても、あなたも見境なくウチのチハヤのことをスカウトしてきたわけだし~こっちだって同じことをしてもいいんじゃない?」


「よくありませんわ! そんなこと──させるなら未来永劫恨みわすわよ! 何度だって奪い返しに行きますわよ!」


「いいよ、いいよ。ウチのチハヤ強いし。さっきも全然歯が立たないって感じだったじゃ~ん?」


「きー!!!」


 おいおい、悔し過ぎて地団駄を踏み始めた。


「ダメったらダメなのです!! 私のギルドからギルド員は絶対に引き抜かせませんわ!!」


 おっ、面白過ぎる。必死過ぎて笑いが込み上げてきちゃう。上品なしゃべり方、どこいった~?


「サラ様。お戯れもその辺に」


「ん。そうだね、チハヤ。マリアンヌ、私は別にあんたのギルドからナタリー・タッグマンを引き抜こうなんて思ってないよ?」


「へっ……そ、そうなんですの?」


 マリアンヌは急に安心したような表情に変わった。なるほどね。まだ根は腐り切っていないってことか。


「大事なギルド員が別のギルドに行ってしまうのは私も絶対いや。まだ、そんなことが起こったわけじゃないけど、もしそういう事態が起きたならなにがなんでも絶対に止める」


「じ、じゃあ……?」


「実は私のとこの依頼でね。ナタリー・タッグマンのサインを欲しがっているおばさまがいて。だから、ナタリーのサインをちょうだい」


「そ、そんなことでいいんですの?」


「うん」


 「では──」と言うと、マリアンヌは後ろを向いた。後ろにはマリアンヌのとこのギルド員と思しき人たちが何人も控えていて、その中からあいまいな笑顔をしたナタリーが歩いてくる。


「これにサインを」


 チハヤが真っ白なブラウスと羽ペンを取り出すと、ナタリーは慣れた様子でサラサラとサインを書いてくれた。


「これで、よろしいでしょうか?」


 手渡してもらったブラウスにはしっかりとサインとナタリー・タッグマンという名前が書かれている。


「うん、これでいいです! ありがとう!」


 よっしゃ! 依頼一つ達成だ! しかもチハヤが頭を悩ませていた、たぶん一番難易度の高いやつ!


 ナタリーが下がると、おずおずとマリアンヌが顔を上げた。


「こ、これでよろしいでしょうか」


「うん、いいよ! 考えてみれば私もけっこうひどいこと言ってたしね。これでチャラにしよっ!」


「わ、わかりましたわ」


 マリアンヌは拍子抜けしたような顔をしてダニエルさんの方を見た。


 ダニエルさんはにっこり笑顔になって、「ありがとうございます。よろしければ、少しお茶でも飲みながらお話いたしましょう」と言いながらマリアンヌの髪をなでていた。


 ダニエルさん、たぶんだけど結局そうやって甘やかしてるのが悪いんだと思うよ?

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