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第18話 マリアンヌとかいう女

 え? は? 声が出ないのは、急に攻撃されたことにびっくりしたことももちろんあるけど、それよりもナタリーの腕の中にいたはずなのにいつの間にかチハヤの腕の中に私の体が収まっていること。


 つまり、またお姫様抱っこをされている……!


 いやいやいや、そんなことより言わなきゃいけないことがあるじゃないか!


「あんた! いきなり何すんの!? こんな言葉使っちゃいけないけどさ! 頭、おかしいんじゃないの!?」


 普段の私なら絶対に使わない言葉だけど、今は使っても許されるでしょ。普通、誰かもわかんないのにいきなり攻撃するか?


 魔法を放ったその女はくるくる巻いたピンクの髪の毛を払うと、何を思ったか手のひらを前にかざした。また、魔法を使うつもりなの!?


「! マリアンヌ様! いくらなんでもそれは──」


「黙ってなさい。今、この田舎娘を躾けなければいけないの。犬みたいにね!」


 間に入って止めようとするナタリーの言うことなんてまるで聞かずに、マリアンヌと呼ばれたそいつは魔法を唱える。


「ファイアボール! フレアバースト! ファイアエンチャント!」


「うわわっ!」


 炎の球と地面から沸き上がる爆風が同時に押し寄せる。けれど、チハヤが靴音を鳴らすと、今度は水の壁が現れて炎を鎮火させた。


「なかなかやりますわね! でも、これならいかがかしら?」


 爆風が消えると、マリアンヌが風を切るように向かってきていた。剣を構えているけど、なぜかその剣が燃えている。


「失礼」


 チハヤは一度私を抱き上げると、回転しながら右足を蹴り上げた。キン、と高い音がして、見れば振り抜かれた剣を足だけで止めている。


 え? どゆこと?


 私の疑問をざわざわしている外野の人たちが話してくれる。


「剣を足だけで止めただって!?」「しかも、炎を纏った剣だ……」「いや、その前にあの男、無詠唱で魔法を使ってないか?」


 うん。なにがなんだか、さっぱりわからない。


「終わりにしましょう。実力はわかったはずです。それに、ウチのギルド員が怯えています」


 はっと、後ろを向けば急な争いごとに巻き込まれたグレースが涙をポロポロ流している。いつもピンと立っている耳も力なく垂れている。


「そうですわね。あなたが強いことは理解できました。ですが、そこの芋女は許せませんわ。私のナタリーに触れたのですから」


 いも、おんなー?


「ですが、触れたのはそちらの方からでしょう。言ってみれば不可抗力のようなもの。違いますか?」


「全く、違いますわ。どんな理由であれ触れたことが大罪なのです。それもよりにもよって、こんな田舎娘で芋女、いかにも学がなさそうで品もない、かといって強さもないそこらへんの村娘みたいな女がナタリーに触るなんて」


「……て、てんめぇ」


 私は普段怒るような人間じゃない。いや、怒る。怒るけどそれは相手の取った間違った態度や理不尽な行動に対する怒りだ。


 だけど、こいつは違う。性根が腐っている。態度や行動ではなく、人間として私はこいつに怒りを覚えている。


 言葉遣いが変わるくらいには、頭が沸騰している。


「サ、サラ様?」


「いいんだ。チハヤ、こんなにコケにされて黙ってるわけにはいかねぇ」


 私はチハヤの腕から降りると、ゆっくりとマリアンヌの方へ近づいていった。


「田舎娘だぁ? 芋女だぁ? てめぇみたいなちんちくりんな髪の毛しやがる奴に言われる筋合いはねぇ」


「なっ、なんて口の利き方なんですの? 失礼ですけど、私のヘアセットは1時間以上かけて執事たちにやってもらっていますのよ!」


「何時間かけてるとかそういう問題じゃねぇ。一人で髪もセットできない奴が威張ってんじゃねぇ! こちとら、海を渡ってはるばるやってきたんだよ。初めての王都だってちょっと嬉しかったんだよ。それなのに、人はゴミゴミしてるしよぉー。こっちはなぁ。人酔いしてたんだよ。具合が悪くて限界でうずくまってたんだよ。それなのに、なんだ? 勝手にお姫様抱っこして、勝手に魔法を放って、触るなだ? てめぇの従者なら触らせねぇように躾けるのが当たり前だろうが」


 私が一歩前へ進むと、マリアンヌは一歩後ろへ下がる。前へ進むと後ろへ下げる。前、後ろ、前、後ろ──と進むうちに、あっという間にマリアンヌを壁際まで追い詰めた。


「わ、わたくしはランク5のコンフォーコのギルド長ですわ! それにアレンシュタイン家の長子でもあります! それに劇団グラツィオーソのパトロンでも──」


「関係ないね。人として謝れ……それに……うっ……」


 マズい、こんなときにっ!


「ど、どうしたんですの? はっ、流石の田舎娘のあなたもわかったようですわね。わたくしとの差を!」


「ち、ちがっ……うっく! ……は、はなれて……」


 くっそ! 変に騒ぎになったからさっきよりも人が多く集まってる! こんなとこで、こんなとこで恥をさらすわけには──。


「はなれて? いえいえ、離れるのはあなたの方です! さぁ、今すぐわたくしから、そして王都レブラトールから離れなさい!」


 そうじゃないのに……! なにもわかってない、この人! 人の話聞けよ!


 あーダメだ、あー目が回る、あー気持ちが悪……い……。


 こみ上げてくるものを必死に堪えていると、外野の声が一層大きくなった。


「な、なんか様子が変だぞ!」「あの子、なにかされたのか!?」「いや、なんか苦しんでる? そういや具合が悪いとかって」


 そう……そうだよ……わかったら、みんな避けてくれ。


 私の前から姿を消してくれ!


<サラ様!>


 チハヤの声が脳内に響いた。


<本当は使いたくありませんでしたが、緊急事態のため使わせていただきます!>


 な、なにを? そんな秘策があったの?


「……だったら、最初からそうしてよ……」


 チハヤの言葉に安堵した私は暗闇の中に落ちていった。


 ……いや、違うわ! ここ、本当に暗闇の中だ!! どういうことだよっ!? 

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