宿屋を出ると、ギルドに続く大通はすぐそこだった。チハヤの話では、王都は東西南北に二本の大きな通りが走り、そこを中心として扇状に広がる街のつくりになっているらしい。
港で見た宮殿は通りのまさにど真ん中。街の中心に位置しており、重要な建物は周辺に建てられている。ギルドもその一つだった。
王都レブラトールにあるギルド、その名もなんのひねりもないレブラトールギルドは、領土内の各地にあるギルドをまとめるギルドセンターの役割を果たしている。
つまり、今、私たちの前に立ちはだかるようにそびえ立つ
許すまじっ! だが、今はそれどころじゃない。
「ちょ、休憩……休めるところないの? せめて座れるところ……」
「順番をお待ちください。もうすぐ中に入れますから」
「中に入れば、休める?」
「はい。ギルド員が詰めかける場所ですから、イスはたくさんあるでしょう。それに、場合によっては救護室を借りる手も」
「う~……」
やはり人酔い。時間を空けて来てみたがなんたる人の数!
これでは──。
「あ~ありがとう。グレース。そのまま背中をなでておくれ」
一気に年を取った気分だ。グレースはチハヤから聞いたのか、具合の悪い私の背中をさすってくれていた。
なにが嫌かって。人の声が多すぎる。ざわめきというかなんというか。
雑音ならいいんだけど、全部人の声なんだ。
任務の情報やらギルドの情報やらどこぞのご飯の話やら、とにかく処理できないくらいの情報が頭の中にわぁって入ってくる。
「まだか、チハヤ」
「まだですよ。まだ一歩も進んでいません」
「そうか……」
マズい。このままじゃ、具合が悪くなる一方だ。
人前で恥ずかしいが、ええい、ままよ!
地面にしゃがみ込む。この体勢はいくぶんか楽だった。
村だったら絶対心配されて声が掛けられる。でも、こんなに人が大勢いるのなら、声をかけてくる物好きなんてそうそう──。
「具合が悪そうですが、大丈夫ですか? お嬢さん」
いたわ。
見た目通り具合が悪いのだ。具合が悪いときには知らない人には声をかけてほしくない、と思わなくないときもあるが、善意をむげにすることはできない。
「あ~大丈夫です~ちょぉっと気分が悪くなったくらいで──」
顔を上げた私は情けない顔になっていたことだろう。
と、と、とんでもないイケメンだ! というよりも!
「ナタリー・タッグマン! チハヤ! ナタリー・タッグマンだよ!!」
私の目の前には雑誌でよく見る似顔絵のとおりの、いや、絵画から抜き出てきたみたいな精悍な顔つきの長身男性が立っていた。
「ナタリー・タッグマン?」
チハヤが振り返る。こちらも負けじと彫刻のような顔立ちだが、ナタリー・タッグマンの方が溢れるようなキラキラオーラが漂う。花があるのだ。やはり、舞台に立っている人間だからだろうか。
貴族風の出で立ちの優男は慣れた微笑を浮かべた。
「そんなにフルネームで呼ばないでください。ナタリーでいいですよ、お嬢さん。それよりも気分が悪い、と? よければギルドの中へお連れいたしましょうか?」
私が返事をする前に、ナタリーはふわりと屈み込むと体を優しく持ち上げてくれた。
うっわ! ヤバいこれ、噂に聞くお姫様抱っこってやつじゃ──。
「なにをしているんですか!?」「なにをしているの!」
二つの声が被さった。チハヤの声ともう一つは──。
ナタリーの後ろに私と同じくらいの背丈の女の子が腕を組んで立っていた。ピンク色の髪のかわいいというか綺麗な女の子だ。
女の子の柔らかそうな唇が開く。
「降ろしなさい、ナタリー」
「しかし、マリアンヌ様。具合の悪い女性を放っておくなど、騎士のすることではありません」
「いいのよ。騎士の前にあなたは私のしもべ。気安く他の女に触っていいわけがないじゃない。それに、その女どっからどう見ても田舎娘よ。おおかた、人が多すぎて参っているだけでしょう。元の地面に捨ておきなさい、命令よ」
開いた口がふさがらないとはこのことだった。急に現れていきなり何を言ってるんだ、この女は。
「……すまない」
ナタリーはいかにも悲しそうに眉を下げると、私を地面へと戻そうとする。っておいおいおい! あんなめちゃくちゃな言うこと聞くんかい!!
「え、と、いやちょ──」
「早く離れなさい。フレイムウィップ!!」
めちゃくちゃな女がなにか言葉を紡いだ。途端に空中に鞭の形をした炎の塊があらわれる。
それが魔法──だと気づく前に、炎は踊るように私に飛びかかってくる。
最悪っ!!
痛みと熱さを覚悟して目を瞑ると、パァンッと音が鳴った。おそるおそる目を開けると、私の前には水が張っていた。海でシーサーペントの背中で見たバリアみたいに。
「サラ様を傷つけることは決して許さない」
いつの間にか私は、チハヤの腕の中にいた。