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第14話 ゴーレム船団

「よし」


 出発の日。私は鏡の前で最後にチハヤからもらったクローバーの髪留めをつけると、全身をくまなくチェックしギルドへと向かった。


 依頼は集まった。新刊の本やらナタリー・タッグマンのサインやら海の幸やら村長の「あれ」やら。


 依頼は全て一人ずつ個人からの依頼なので、数だけ言えばすでに目標である3件を超えている。これらを達成することができれば、ようやっとランクアップの条件が満たされる。


 ランク0からランク1へ、ギルドとして認められるのだ。


 ただ、問題は。達成するのか?





「これで、依頼は全部ですね」


 チハヤはまた魔法を使って、宙に浮いた羊皮紙にこれまた宙に浮いた羽ペンで依頼をリストにまとめていた。


 きっと、というか絶対魔法を使ってなんとかすると思うんだけど、この村から大陸へは船でも片道5日ととんでもなく距離が離れている。


 どうやって移動するんだ? そしてどうやって持ち帰るんだ?


 依頼の中には、日持ちしなそうな海産物もあると言うのに。


「さて。行きますか。確認ですが、今回同行するのはサラ様と私、そしてグレースの3人でいいですね?」


 私たちはギルドに集まっていた。エルサさんやクリスさんは本業があるため、何日も村を開けるわけにはいかない。


 だから、王都へ向かうのは3人。なのだけど。


「まあ、チハヤがどうしてもって言うなら、私もついていっていいぞ! 部屋は同室で頼む」


「絶対無理です! それに何度も自分で言ってますよね。酒場の仕事があるって」


「だって~楽しそうなんだも~ん! チハヤと旅行でしょ~? 私も行きたい~」


 クリスさんは性懲りもなく、駄々をこねた。これで何回目よ……。


「我々が留守の間にギルドに何かあっても困ります。お二人はギルドを守るためにも残っていてください」


「ん~チハヤがどうしてもって言うなら~」


 はぁ。ため息が出るわ。


 めんどくさい。これから先毎回、こんな不毛なやり取りをしなきゃいけないのだろうか。


 さっさと向かうためにも、私はチハヤにさっきからの懸念点を聞いた。


「それで、どうやって向かうの? まさか船で行くなんて……わけじゃないよね?」


 リストを書き終わったのか、羊皮紙は自然と折り畳まれてチハヤの黒い燕尾服えんびふくの中に収まった。


「島の近海には狂暴なモンスターがいると聞いています。なので、その対処のためにゴーレム船団をつくります」


「ゴーレム船団?」





 エルサさんとクリスさんは自分の店へ移動し、私たちだけで海岸へと向かった。


 大っぴらに出発日を話していたわけではないのに、なぜか多くの村人が海岸に集まっている。みんな、ひまになったなぁ。


 チハヤは砂浜に似つかわしくない執事の服のまま波打ち際まで進むと、すっと手をかざした。


 ゴーレム船団。名前からすると、大量のゴーレムを集めて船みたいにするって感じか?


「でも、確か、ゴーレムは濡れたらまずいんじゃなかった?」


「えぇ。ですので、魔法でコーティングをします。ゴーレムの属性は土ですが、その属性に水魔法を加えて属性操作をすれば──」


 穏やかな波の動きが急に激しくなり、大波が現れた。「うわぁああ!!」とどよめきが後ろの方で広がったけど、チハヤが手を下ろすと波はかき消えて海面に数十体の宝石みたいにきれいな青色のゴーレムが出現した。


 今度は「おぉおおお!!!」と歓声やら拍手やらが起きる。


 でもさ。


「あれ、に乗るの?」


「その通りです」


 チハヤはまたどこからか長いロープを取り出した。ロープは勝手にうつ伏せ状態で波の上をプカプカ浮いてるゴーレムたちを縛り上げて、多少の波ではびくともしなそうな「ゴーレム船団」ができ上がる。


 でも、私は思うのよ。船の方がよくねぇ? と。


 だって、乗り心地悪そうだし、低いじゃん。だいたいどうやって進むんだ?


「心配には及びません。さあ」


 と言ってチハヤはゴーレムの背中に飛び乗った。続いて楽しそうに全力疾走してグレースがチハヤに抱きつく。


 おいおいマジか、と怖気づく私の背中を村のみんなの声援が押し出そうとしていた。


「頼んだぞー!」「気をつけてね~」「わしのあれを絶対忘れないでくれ~」


 最後のは村長だな。まったく……。


 こうなったら行くしかない。大丈夫だ。チハヤがいる。


 ゴーレム船団とかいう不格好な船だけど、実は見た目以上に快適かもしれない。快適な工夫が施されているかもしれない。


「サラ様」


「わかった。行くよ」


 私はチハヤの手を取ると、少しぐらつくゴーレムの背の上に乗った。


 思えば、だ。私は初めて村の外に出ることになる。


 いつかは行きたいと思っていた。世界は広いんだ。島なんかよりももっともっといろんな国があって、いろんな街があって、いろんな人がいる。


 まさかこんな形で大陸に向かうことになるとは思わなかったけど、私は今、未知の世界へ進む。


 胸がドキドキしていたのは、チハヤのせいではなくてこれから始まる冒険のため。


 私は、くるりと後ろを向いた。


「みんな、行ってくる!!」


「「おー行ってらっしゃい!!!!」」


 手を振ると、集まった村のみんなが手を振り返してくれた。


「それでは、出発します」


 初めての船出。その余韻に浸る間は──なかった。


 「危ないので」とチハヤが私の体を思ったよりも力強い腕で支えてくれた瞬間。


 私達は猛スピードで海の上を移動していた。


「はっ!? えっ? えぇっ!!!!!?」


 なん、これ? どうなって──。


 チハヤの肩につかまりながら下を見れば、ゴーレムたちが懸命に腕を回していた。


 えっと、つまり? 腕で波をかき分けて前へと進んでいるってこと?


 驚異的なスピードは、ゴーレムの腕力と同時に腕を回すというチームワークにより生まれていた。


 あっという間にみんなの姿が見えなくなり、島が遠くなり、もはや広大な海の遠景に島が見える状態。


 速すぎるだろ!


「そろそろですね」


 完全に島の姿が見えなくなった辺りでチハヤはつぶやくと、いきなり大声で「ストップ」と命令した。


 ゴーレムたちの動きが止まり、ゆるやかにゆるやかにゴーレム船団が静止していく。


「ど、どうしたの?」


 動きが止まったところで、私はまだチハヤに抱きついていたことに気づいて慌てて離れた。グレースは予想外の事態にパニクってしまったのか、チハヤに抱きついたまま。


「今から、船を乗り換えますので私につかまっていてください」


「船を……乗り換える……だと!?」


 どどど、どういうことだ? さっぱりわからない!


 チハヤの涼しげな瞳が私を見下ろす。


「ゴーレムでは、時間がかかります。それに危険ですし居心地も悪いです」


「そうだけど、さ! そうじゃないんだって! 船を乗り換えるっていう意味が分からないんだって!」


 チハヤは前を向いた。私の体を引き寄せながら。


 つかまれ、ということか?


「島の近海にいるという狂暴なモンスターを手なずけます」


 はぁ? という突っ込みをするひまもなく、また大波が起こりゴーレムの船が揺れる。    


「キッシャァアアアアア!!」


 現れたのはモンスターだ! モンスターなんて見たことないから、魚のでかいのかなとか思ってたけど、全然違うやないか!


 たとえるなら蛇だ。蛇のでかいやつ。それが大きな口を開けて私たちに襲い掛かろうとしている。


 どう考えても襲うとしてる! でかくていっぱいあるギザギザの歯からはよだれが出ていて、襲うどころか食べようとしてる!


 誰かが言ってたな。魚をエサにしてるって。私は今エサなのか、そうなのか!?


 そんなモンスターを目の前にして、何の力もない私はただチハヤに捕まり叫ぶことしかできなかった。


「あーうわぁああああああ! チ、チハヤっ!!!」


「大丈夫です。助けます」


 そう言うと、チハヤは紅茶を用意するときみたいに簡単に腕を前に出すと、手のひらから炎の塊を放出した。


 炎の塊はそのままモンスターに命中し、燃え上がる。


 出てきたときと同じように今度は苦しみの声を上げると、モンスターは海面へとその巨体を横たわらせた。


「シーサーペントですね。まあまあのモンスターです。こいつにしましょう」


 波が静まると、チハヤはジャンプしてシーサーペントとかいうモンスターの頭に乗った。そうして自分の体くらいある目に向かって何やら呪文のようなものを唱えた。


 すると、ゆっくりと起き上がったシーサーペントが、コクコクと可愛いペットみたいにうなずく。


「これで仲間になりました。行きましょう」


 もうすっかり突っ込む気力もなくなった私は、チハヤに言われるがままにシーサーペントの背中に乗る。


 うわ~鱗がぬるぬるしていて気持ち悪い。


 グレースは、最初こそ当たり前に戸惑っていたものの、敵対心がないことがすぐにわかると鱗の感触が楽しいのか何度も飛び跳ねて遊んでいる。


「こいつは速いですが、このままでは危険です。これを」


 チハヤはささっとシーサーペントの背中の上にじゅうたんを敷くと、テーブルとイスを用意し、紅茶の準備を始めた。


「あっ、忘れてました。この魔法も」


 私たちの周りを半透明な膜みたいなものが張られる。


「重力魔法を利用したバリアです。これで周囲のスピードと関係なく、バリアの中はいつも通りの速度で快適に過ごせます」


「は、はぁ……」


 チハヤは少しだけ得意げに微笑んだ。


「慣れてくださいね。サラ様。これくらいのことは、これからずっと起こりますから」


「慣れろって、言われても……簡単に慣れるわけないじゃねぇーか!」


 チハヤの笑顔が妙に憎たらしくて、でも途方に暮れている自分もいて、私はそれくらいしか言えなかった。


 これから……どうなっちまうんだ~!!!!!

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