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第13話 それは絶対恋ではない

 まぁただ。まぁた。やらないといけない。


 私は酔っ払ったエルサさんを連れて、また暗闇の坂道を登っていた。


 目的地は村長の家。再び村長を脅す──のではなくお願いするのだ。


 まぁ。もう赤ら顔になってでき上がっているエルサさんを連れてきたのは、そういう狙いもあったりするけど。


 弱みを握ったならば、とことん使うまで!


 しかしだよ。なんであいつは急にやる気を出してるんだ?


 やる気は出してるのに、またお願いするのは私だし。魔法を使ってちゃっちゃと済ませたらいいと思うんだけどなぁ。


 うーん、と腕を組みながら歩いていたせいか、エルサさんが顔を覗き込んできた。


「はぁに~? 悩みごとでもはるの~?」


 あぁ、ダメだ。ろれつが回っていない。まあ、でも。


「あいつが──チハヤが何を考えてるかわからないんですよ」


「チハヤふぅん?」


「ギルドを大きくするためにいろいろやってくれてるとは思うんですけど、今までは自分からあまり動かなかったのに、急に率先して動き始めたと思ったら、村長のとこには来てくれないし」


 グレースもいるからって酒場で飲んでるし、少し油断したらクリスさんがちょっかいかけてくるし、やっぱり遊んでるだけじゃねぇか!


「ふ~ん。はしかになに考えてるかわからないところははるよね~」


「ですよね! 何考えてるかわからないし! あまり自分のこと話さないし!」


「へも。サラちゃんのことは、ひっかり見てくれてると思ふけどね~」


「私のことを……見てる?」


「ふん!」


 エルサさんは、トコトコトコと私の前に回ると髪の毛をさわった。


 酒臭いぞ~。


「いっつも見へくれてる。やから安心だもん、サラちゃんにはひっつもチハヤふんが付いてくれてると思って。サラちゃんは気づいてはいかもしれないけど、チハヤふんは時々じっとサラちゃんのほと見つめてふんだよ?」


 えっと……。見つめてるって言ったのか? チハヤが時々私のことをじっと見つめてる?


 『私は誤解されても構わないですから』──今日の昼間、喫茶店の前で言われた言葉が勝手に頭に浮かんだ。


 違う。あれは、冗談だったんだ。


「そ、そんな、エルサさんの気のせいですよ! チハヤはなにか得体の知れない目的で動いてるだけで! 私のことなんか……全然……」


 いつものように自虐的な笑いをしようと思ったのに、顔が引きつって上手く笑えない。


 どうした? 私? だからあんなの冗談だ。あいつはイケメンで悪魔だから、人の心を掌の上でころころ転がすのが上手い。それだけ、それだけだ。


 ──おかしい。それなのに、なんでここが引っ掛かるんだ?


「サラちゃん~」


「うへぇ! いきなりなにふるんでふか!」


 エルサさんは急に私のほっぺをつねった。


「恋、してふでしょ? チハヤふんに」


「え?」


 ほっぺから手を離すとエルサさんは面白いおもちゃを見つけたみたいにケラケラと笑った。


「なんで、笑うんですか!」


「はって~青春はなって! サラちゃんもついに恋か~」


「違う、違いますって!」


 なぜかくるくる回りながら前へと進むエルサさんを追っかけながら、私は心の中で強く念じた。


 絶対違うからな! 絶対、絶対、絶対違うからな!!





 そんな戯れもありながら、私たちは村長宅についた。


 例のごとくリビングに案内された私、というより隣のエルサさんの姿に村長は見るからに恐れをなしている。


 ひげの辺りが震えてるもん。ひげがトラウマを感じてるごとく。


「今日は……な、何用かの?」


「えっとですね……」


 どう話したものか? いや、話したいことはわかるのよ。村では手に入るのが難しい商品を依頼しませんか? チハヤが魔法でなんとかしてくれるらしいですよ?


 やっぱりうさんくさいのよ。


「ふぅむ。歯切れが、あっ、その~奥歯にもののはさまった言い方じゃの」


 お互い様にな。今、絶対、「切る」っていう単語に反応して自分でビビっただろ。


 どうする、どうする、どうする?


 そうだ。チハヤが朝読んでた本──「アビシニア諸島の歴史」だ!


「村長、アビシニア諸島の歴史についてなんですけど」


「おぉ! あの本か! いやなに、チハヤ殿が島の歴史について知りたいって言ってきての! それでおすすめしたのがあの本なんじゃ!」


 うわぁ。チハヤ、いつの間にチハヤ殿にレベルアップしてるじゃん!


「話は長くなるが、このアビシニア諸島に最初に入植を果たしたのが、我々の祖先──」


「……村長?」


「あっ」


 みなまで言わなくとも口を閉ざした。長話封じだ!


「そ、それで歴史がどうしたんじゃ?」


「この島のこと、私全然知らなかったんですけど、考えてみたら今まで村のみんなで頑張って発展させてきたんだよなって、ふと思ったんです」


「ふむふむ」


「それで、チハヤのゴーレムで今回みんな少しの時間ですが、ひまな時間ができて。お店に活気が生まれた気がするんです」


 振り返ってみれば、今日一日でいろんな人に会った。喫茶店に図書館に酒場。どこもかしこも混んでいて。


「お店にいる人に話を聞いたら、みんな今の村では買うのも難しいいろんな商品がほしいって言っていて」


 間違ってないよな? 手に入るならいいなって言ってたから、ほしいって言っていいよな?


「もし、みんなのほしいものが今よりも簡単に買えるようになったら、もっと村は発展すると思うんですよね」


 自分の口から出た言葉に驚いた。村の発展なんて、全然考えていなかったのに。


 でも、そういうことだ。ギルドの仕事は、一人では解決不可能な問題を解決すること。それって、積もり積もれば村を発展させることにつながる。


 現にもう、村は前よりも活気があふれている……気がする。


「私のギルドは新しく、依頼品を取り扱います。依頼していただければ、王都からの巡回船よりも早く、その品を手に入れお渡しします」


 たぶん。……チハヤが。


「つまり、それはわしの念願のあれも手に入るということか?」


「え? あっ、たぶん、はい! ……あっ、でもさすがに労力がかかるんで有料になっちゃうんですが」


 大事なことだ。これからは無償ではなく有償。お金が必要になる。


「もちろんじゃ! いくらじゃ! あれが手に入るのならば多少の金など問題ではない!」


「え? え? え?」


 食いつきがすごい! てっきり渋られるかと思ったんだけど、こんなあっさり?


 逆に村長のほしいというあれってなんなんだ!?


 でも、こうなれば、もう条件はこっちが有利ってもんだ!


「村長~もう一つお願いがあるんです!」


「なんじゃ? わしにできることならなんでも」


「この話を、また村の人に広げてほしいんです! そうしたら、村長の依頼料は少し安くしますから~」


「お安い御用じゃ!」


 村長は興奮のあまり立ち上がった。


「それで、それでじゃ! わしの依頼を頼む!」


「わかりました。どんなものですか?」


 突然、村長の動きが止まった。


「……それはちょっとサラちゃんには言えんの~。そうじゃ、チハヤ殿に伝えておくから、村のみんなの依頼と合わせて入手してくれぃ!」


 え……と、それってあやしい~ものじゃないですよね?


 エルサさんの顔を見ると、エルサさんも困ったような笑顔を浮かべていた。  

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