──ならなかった。
三人目の仲間を迎えてから一週間。依頼は全然来なかった。
原因を探ろうと村中を回ったら、みんな口をそろえて言うのは「忙しい」だ。
忙しい問題はチハヤのゴーレムによって解決を見たはずだったのだが、ゴーレムの作業がごくごく一部でしかなかったがために、1時間くらい少し仕事が早く終わるくらいで劇的な生活の変化はなかった。
仕事が早く終わったことで娯楽施設であるクリスさんの酒場や喫茶店は繁盛したけれども、みんなそこで満足しちゃってギルドに新しい依頼を持ってこようなんて思わない。
それが現状だ。
つまりはあれだよ。忙しい、忙しいと言いながらもみんなは今の生活で十分だったんだ。
クリスさんを始めとして仕事熱心な人たちだから、もっと仕事を効率的にして休みを増やしたい、とかそんなよこしまなことを思わないんだ。
「世知辛い世の中だよ。ねぇ、グレース」
「…………」
相変わらずおしゃべりはしないけど、癒しの笑顔を向けてくれる。
グレース、と言う名前はクリスさんとエルサさんといっしょに決めた。灰色だからグレー、グレーだけだと名前っぽくないからグレースになった、という単純な名付けだけど、本人は気に入っているのか耳をぴょこぴょこさせてくれた。
そのグレースだけは朝からギルドに来てくれる。来てくれるというかもうずっとギルドにいる。
朝と夜は私たちの家で過ごして、ギルドでもいっしょに過ごしている。新しく家族が増えたような感じ?
「また達観したような言い回しをされていますが、なにが世知辛いのですか?」
チハヤはひまなのか、誰もいないギルドの丸テーブルに座って本を読んでいる。
本のタイトルは「アビシニア諸島の歴史」。……なんで?
アビシニア諸島は私たちの暮らす村も含まれる大陸から離れた群島のこと。話の長い村長からオススメでもされたのか?
あの村長、村の歴史に誇りを持っているからな。
まあいい。質問に答えるとしよう。
「みんなが仕事熱心であるほど、ギルドはひまになるからさ。村のためにはいいけど、私は大変になる」
「なるほど。言い得て妙ですね。珍しくあながち間違ってもいません」
出たよ。ナチュラル悪口。
「いい? グレース。こういう大人にだけはなってはいけない」
「サラ様も、見本になるような大人とは言えないと思いますが」
「いいんだよ! 私は、これから伸びしろがあるんだから!」
「そうですか」
ちっ。おっと舌打ちが出そうになった。
「そんなに本の内容が面白いのか?」
「読み物としては面白くはないですね。争いが起こったわけでもないし、モンスターの襲来があったわけでもない。ただただ平和に順調に村が発展してきただけの話です」
辛辣すぎる! 村長涙目になるぞ、お前!
「ただ。重要な情報が書かれています」
「重要な情報?」
面白くないのに?
「はい。思った通り、これなら例の計画が進められそうですが──」
チハヤは静かに本を閉じると立ち上がった。
「それはそうと、まずは依頼がこないとどうしようもありません。そろそろ頃合いかと思いますのでもう一度、村の人々の話を聞きに行きましょう」
おっ、なんだなんだ? 珍しく積極的じゃないか。
*
日中なら喫茶店だろうと思い、私たちはカフェ「メモリアル」を訪れていた。
「こんちは!」
「おーサラちゃんじゃないか」
入口の扉を開けて店内へ入ると、ちょうど接客中の店主オリヴェルさんが手を挙げてくれた。
ブラウンの髪を撫でつけたダンディーなおじさんだ。村長の無造作に伸びた白ひげとは違って、きちんと手入れされたあごひげがトレードマーク。
オリヴェルさんは、私の後ろにいるチハヤに目を向けた。
「おっと、それにあんたは! チハヤくん! いや~あんたのゴーレムには本当にお世話になってるよ!」
ゴーレムはキッチンの方でお皿を洗っていた。ここのゴーレムは店舗に合わせて小柄で割と細い体つきをしている。
サラダの乗ったお皿をお客さんに提供すると、ふきんで手を拭いてチハヤに握手を求めてくる。
「どういたしまして。何か改良点などがありましたらいつでもおっしゃってください」
「はいよ! ありがとな!」
「いや~こんな好青年が村に来てくれるとはなぁ」
はははは。表面上はそう見えますよねぇ~。中身はぜんっぜん違うんですけどね!
「顔はハンサムだし、人当たりもいい。何より魔法が使えるなんてすごいじゃないか! サラちゃん、本当にいい男捕まえたな!」
「……ふへ?」
「聞いたよ、ギルドの経営だけじゃなくて一緒に住んでいるんだって? なんだ、もっと早く言ってくれればお祝いの一つでもしたのに」
なにか大変大きな誤解が起きている気がする。
これは、な、なにか大問題が──。
「あ、あの──」
「せっかくだから今からお祝いでもしようか? どれ、特別にケーキと紅茶でも持って来るから、そうだな。今は、あの奥の席しか空いてないけど、そこで座って待っててくれ」
「あ、ちょっ!!」
誤解したままキッチンの方へ行ってしまった。
「ちょっとチハヤ、誤解を止めないとっ……て!! もう座っとるがな!」
チハヤは丸テーブルのイスを引いて座っていた。グレースもちゃっかりチハヤの横に座っている。
「まあ、サラ様も一旦座っていただいて。誤解はいつでも解けますので情報収集をいたしましょう」
「? 情報収集?」
なにやらよくわからないが、仕方なく席に座る。見渡せば店内に5つあるテーブル席はすべてが埋まっていた。
いつもは昼時でも多くて3席埋まっているくらいで、店内は割とスカスカだったのに。
「あら、サラちゃん!」
「あっ、どうも~」
隣にいたのは農場を営むケニー夫妻だ。
「え、仲良くランチですか?」
「そうなのよ~。チハヤさんのゴーレムのおかげでゆっくりご飯を食べる時間ができてね。今日は久しぶりにメモリアルに来てみたの」
「本当に久しぶりだよ! まさかこうして一緒にランチを食べられるなんてな。オリヴェルなんて、俺の顔見てビビってたよ」
なぜか、こっちまで笑顔になってしまうくらい二人とも楽しそうに笑っている。
でも、チハヤは神妙な表情をしていた。どうした?
「お二人は時間ができて、ひまだなと感じたことはありませんか?」
突然の妙な質問に、夫妻は顔を見合わせる。
「ねぇ、いったい何を聞いて──」
「ひまでなくても構いません。もっとこういうことができたらとか、こういうものがほしいとか思ったことはありませんか?」
「うーん。そうだな。今は、したくてもできなかったことができているから満足だけど。たまには違うものも食べたいかな?」
「なるほど。パートナーの方はどうでしょうか?」
「パ、パートナーって私? そうね~う~ん」
なんだ? 意図がわからない。なにか探ろうとしているのはわかるんだけど、なにを探ろうとしているのか……。
「お化粧がもっとしたいかしら。あとはいろんな服を着たり。都会で流行っているものを着てみたいわねぇ。まあ、こんな島じゃ無理な相談だけど……」
「なるほど」
なにがなるほどやねん!
「なんだ~うちの悪口かい? 味なら都会のお店にも負けていないと思うけどね~。はいよ、おまちどうさま!」
少し意地の悪い言い方をしながらオリヴェルさんが、3人分のイチゴのショートケーキと紅茶を持ってきてくれた。
「俺からのささやかなお祝いだ。それにゴーレムのお礼な」
うわっ、美味しそう~! じゃなくて、誤解を解かなければだな。
「あの……」
「それで、なんだ? うちの料理に文句があるのか? ケニー」
うわお! これは少し険悪な雰囲気! 割り込めねぇ~。
ケニーさんは咳き込むと否定するように手をひらひらさせる。
「そうじゃない! ここの味は最高だよ! ただ、たまには海の幸も食べたいなって」
「妙ですね。これだけ海に囲まれていれば海の幸が豊富な気がしますが」
お前、チハヤ! よく割り込めたな!
「あぁ、そうかチハヤくんはまだ知らないか。ここら一帯には海の魔物がいてね。島の周辺は安全なんだが、海の生き物はたいがいがそいつらのエサになってしまう。釣ろうにも村にあるようなボロ船じゃ危険だ。半年に一回くらいは、巡回でたまに王都から船は来るがね。基本的にこの村じゃ、海産物は捕れないんだよ」
「なるほど。事情はわかりました」
「まあ、ケニー我慢してくれ。今度、王都から船が来たら、いくらか食材は仕入れるからよ。そんときに振舞ってやるよ!」
そんなこんなの話があって、私たちはメモリアルを後にした。
チハヤはなにか考え事をするようにどこか遠い目をしていた。グレースはなにが楽しいのか、ぴょんぴょんと跳ねている。
「チハヤ──」
「次は本屋に行ってみましょう。情報という点では本は欠かせません」
「あぁ、それはいいんだけどさ。結局なんで、オリヴェルさんの誤解を解かなかったの? ……その、私とチハヤが一緒に住んでるって」
「それは事実ではありませんか?」
「そ、そうだけど! そういうことじゃない! わかるでしょ!?」
なぜかチハヤは私の目を見つめて柔らかく微笑んだ。吸い込まれそうな瞳に、何も言えなくなってしまう。
「私は誤解されても構わないですから」
……え? 今、なんて?
「行きますよ、サラ様。早くギルドづくりを進めなければ」
「あっ、えっ、うん……」
「それにサラ様と私とでは釣り合わないと思うので、いずれ自然に誤解も解けるものかと──」
気づけば私はジャンプして、チハヤの頭をはたいていた。
「てっめぇ! また乙女心をもてあそびやがったな! 許さねーぞ!!」