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第10話 女の子は猫耳

「と、とりあえず初めまして?」


 女の子だ。私よりももっと小さい12、13、それかもしかしたら10歳くらいではないだろうか。


 こんな子、村にいたっけ?


「…………」


「あ、あれ?」


 返事が返ってこなかった。でも、こっちを見てニコニコしているし、聞こえていないわけではないと思うんだけども?


「あの~お名前は?」


「…………」


 返事はないけど、そのかわりなのかぴょこぴょこと頭の上の大きな耳が動いた。


「ねぇ、クリスさん。村にこんな子いた──」


 なぜかクリスさんの顔が青ざめている。視線が女の子とチハヤを行ったり来たりして。


 ぷるぷるぷるぷると、震える人差し指をチハヤに向けた。


「チ、チハヤさん……いくらなんでもこんな小さな子は、へ、変態だ!」


 えっ……。


「サラちゃん、逃げるぞ! この子を連れて安全な場所まで!!」


 そう言うとクリスさんは女の子をひょいと片手で抱き上げて、扉から出ていこうとした。


 けど、その先には人影が──。


「! あっ! 危ないですクリスさん!」


「ここにいる方が危ないだろ! って、ガアッ!!」


 外から扉が開かれて、見事にクリスさんの顔にクリーンヒット。クリスさんは女の子を抱えたまま床に転がった。


「あれ~? 何がどうしたの? あら? かわいい! 珍しく女の子がギルドにいるなんて~」


 エルサさん。そういうことじゃないんだ。まず、クリスさんが床に倒れて、あちゃ~相当痛いのか、両手で顔を覆ってる。


「エルサさん。そうじゃないんですけど、まあ、いいです。それよりこの女の子知ってますか?」


 エルサさんは柔らかそうなほっぺたに指を当てながら、「うーんとね」と記憶をたどっている。


「見たことないよね。これくらいの子どもがいるお客さんも知らないし。こんなに目がくりくりして猫耳も生えていてかわいい子なら、一回顔見ただけでも忘れないと思うから~」


 そうだよな~。黄色の瞳に丸い顔、頬には左右対称に3本ずつひげが生えていて、頭には大きな猫耳、こんな子……。


「え? 猫耳? 猫耳、だって!?」


 もう一度顔を良く見る。くりくりの瞳はよく見れば光沢があり、顔には綺麗な曲線のひげが、そしてグレーの髪の毛の上にはぴょこぴょこと動く同じく灰色の大きな耳が2つついていた。


「こ、この子! 猫? え? は? 何言ってんだ私!」


「そんなことより逃げるぞ! 二人とも!」


 ようやく起き上がったクリスさんが、女の子を強引に連れて行こうとする。


「クリスさん、ちょっと待ってください!」


「待てない! 見損なったぞ! チハヤさん! いくら顔がカッコいいと言っても女の子を大事にしない奴は許せない! この子は早々に親御さんの元へ帰す! それからさっきのギルドに入る話はなしだ!」


「うわあ! ちょっと! チハヤ、なんとかしろ! 説明しろ! いったい何がどうなっているんだぁああああああああ!!!!!!」





 紅茶をゆっくりと味わう。あぁ、乱れた心が浄化されるように落ち着いていく。


 これが紅茶の力なのか。私もまた一つ大人になったということで。


 大人っていいよな。自由に行動できるしさ。自分の力で人生を切り開いていくって感じ? マジでいい。責任感も伴うけれど、その大変さもまたビターな感じで、ね。


「サラ様、現実逃避をしないでください」


「現実に引き戻さないでよ」


「いいですか? この子は──」


 両耳を手でふさぐ。


「聞きたくない! もう、何も聞きたくない! 子どものままでいい! 私は子どものままでいいんだ! 責任感が伴う大人になんてなりたくないんだ!」


「わけのわからないことを言わないでください。こうなった事の発端はサラ様、あなたにあるのですから」


「は?」


 こいつ今なんて言った? 事の発端は私? つまり、もうすでに私に責任があるということ?


「残念だけど、心当たりはないねぇ~」


 チハヤは紅茶を飲む。


「あるはずです。よく思い出してください。最近、猫と戯れて挙句の果てに勧誘したことがあったはずです」


 私も紅茶を飲んだ。落ち着いた心で記憶をたどって──みるまでもなく思い出した。


「あるわ。心当たり。誰もギルドに入ってくれなくて、やけになって猫を捕まえようとして──。あの、理解不能なんだけど、まさかだよ? まさか、あのときの猫が人間になった、とか?」


「はい。そのまさかです」


 そのまさかです、じゃねぇよ! 意味がわからない! 猫が人間に!


「おとぎ話じゃないんだよ!?」


「そういう魔法です。擬人化魔法、とでもいいましょうか」


 まって、まって、まって! 理解が追いつかない! ゴーレムの魔法でさえ驚いているのに、猫を擬人化? 人間にしちゃったっていうの!?


「はっ! そうか、これが前にチハヤの言っていた秘策か!?」


「いいえ。違います。これは、私にも予想外の単なる偶然です」


「偶然っていうと? 猫ちゃんが人間になったのはかわいいからいいけど、無理やりだったらちょっと嫌だな~」


 エルサさんも紅茶をすすった。かわいければいいって、すごいなエルサさん……。


「順を追って説明します。まず、前提として私には動物の声が聞こえます」


「は? まてまて、前提がおかしい! まさか動物の声が聞こえるのも魔法とかいうじゃないだろうな!」


「違います。これは、能力スキルです」


「スキル?」


 それって、なんだっけ? 確かギルドの説明のときにチハヤが言っていたような──ダメだ、思い出せない。


「スキルは、魔法とは別の特別な能力のようなものです。この世界においては、これまで亜人種も含めて人類が積み上げてきた経験、発展させてきた技術を結晶化したもの、とされているようです。細かい説明は省きましょう。今の主題はそこではないようですから」


「う……わかった。とりあえず進めてくれ。いちいちびっくりしてても進まないしね。チハヤは動物と話せると」


 言ってて自分の頭がおかしくなったのでは、というくらいの衝撃は感じる。


「はい。それで、サラ様が仕事に出かけている間に猫が来ましてね。こう言いました。『私も、ギルドに入りたいニャ』……と」


 さ、寒い。太陽が照りつける暑さだっていうのに、一瞬寒気を感じてしまった。


 イケメンというものの、真面目な顔でニャ、とか言われても気持ち悪いだけなんだな。


「どうやら、サラ様に誘われたときは全く興味がなかったらしいのですが、村の様子を見ていて面白そうだなと考えが変わったらしいのです。しかし、ただの猫ではギルド員にはなれません。なので、今回本人の意向も汲んで魔法で人間に姿を変えた、ということです。これなら亜人種として、立派なギルド員になれます」


「チハヤ!」


 おっと、ついにクリスさんがチハヤを呼び捨てにした!


 クリスさんは一人だけ警戒心満々で、入口付近に立ったままチハヤの話を聞いていた。


「私は信じないぞ! 確かに姿は奇妙だが。魔法で猫が人間になったなんて話よりも、亜人種の子どもを連れてきたと言われた方がよっぽど納得できる!」


「…………」


 急に静まり返ってしまった。そうだよねぇ。いくらなんでも猫を人間にとか、動物の言葉がわかる、とかファンタジーにもほどがある、とは思う。


 だけどだ。だけど。これまでチハヤが嘘を言ったことがあるか? ここに来て変な嘘をつく必要があるか?


 答えはNOだ。


「クリスさん。私は、まだ1週間ちょっとしかチハヤと一緒にいないけど、チハヤはこんな嘘を言う人じゃないと思う」


「へ、変態の……変態の可能性は!?」


「それはもっとないって。本当にそうなら、わざわざ紹介しないでしょ」


 なぜにクリスさんは、そこにこだわるんだ? 見ていたら明らかだろうに。


「異世界転生者って、都会ではゴロゴロしているんだろうけど、この村では珍しいからさ。魔法とかスキルとか一々びっくりしちゃうけど、きっとみんなこれくらいの能力を持ってるんだよ」


 そうだ。今まで18年間生きてきた中で異世界転生者に出会ったのはチハヤただ一人。この村を出れば、もっといろんな能力を持つ転生者がいるのかもしれない。


「問題は、この子が本当に自分の意志でギルドに入りたいかどうかだよ! ねぇ、どうなの? 本当に入りたいの?」


「…………」


 何もしゃべんねぇー! 意志の確認ができねぇー!


「チハヤ。なんでこの子はしゃべれないんだ?」


「猫だからです」


「そりゃそう! だけど、そうじゃなくて!」


 チハヤは紅茶を口元へ運んだ。


「擬人化魔法ができることは、動物を人間にするまで。そこから先はまた別の魔法やスキルが必要となりますが、おそらく一気に事を進めれば情報処理が追いつかずに頭がパンクしてしまうと思われます。具体的に言えば、脳に極度の負荷がかかり、最悪の場合廃人化します」


 こ、怖っ! 急に怖い話しないで!


「なるほど~かわいいままでいるためには、今はしゃべれないってことか~」


 わかりやすく言ってくれて感謝です。エルサさん。


「でも、私たちの言葉はわかるのかな? ずっとニコニコしてくれてるけど~」


「元々サラ様の言葉も理解していたので、程度はあってもわかるのではないかと」


「よし、それならこうしよう! 本当にギルドに入りたいのなら、右の耳を動かしてみて! 違うなら左の耳を動かしてみて! さあ、どう?」


 みんなの視線が女の子に集中する。女の子はイスの上に立つとぴょこぴょこと右耳を動かした。


「……本当だ」


 クリスさんが呟いた。エルサさんが拍手をして、私は声を上げた。


 チハヤは目を細めると紅茶を飲んだ。


「本当に!? やった! 三人目の仲間だよ!」


 女の子は太陽みたいな笑顔を浮かべた。両方の耳が嬉しそうに動く。


 私はティーカップを置いたチハヤに迫った。


「チハヤ! これで条件の一つ目はクリアしたよね!?」


「はい、お見事です」


「そしたら残りは──」


「3つの依頼をこなすことです」


 依頼! 大丈夫、無償と言ってももう何個も依頼をこなしたんだ! すぐに依頼が舞い込んできて私たちのギルドはやっと正式なギルドに……! 

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