みんなの前で宣言してしまったものだから、本当に私は働いた。
衣服店では服を陳列し、喫茶店では茶葉の補充や簡単な皿洗い、本屋さんは本の陳列と整理、なぜかエルサさんの美容室まで手伝って……だいたいが雑用程度の仕事だったけど、中でも一番大変だったのは畑の水やりと収穫だ。
重労働だった。……腰に来た。
そして、今は私は最後の仕事としてクリスさんの酒場に来ていた。
「ぜぇ、ぜぇ……クリスさん、この酒樽どこですか?」
「あぁ、それ? キッチンいっぱいだから、向こうのテーブル席の奥に置いといてくれない?」
「え~?」
「え~じゃないよ! ほら、さっさと運ぶ運ぶ!」
「はいはい、もう人使いが荒い……」
<もう一息です。サラ様。クリスさんを仲間に迎えるためにも、さあ>
一番人使いが荒いのはこいつだった。まぁた、用もないのにクローバーの髪飾りを使って話しかけてきてる。
ひまなら少しか手伝えよな。
<ひまではありません>
言葉を出してないのに会話しているみたいに返事が返ってきた。だから、心を読むなって。
チハヤは近くにはいない。隣のギルドできっとまた紅茶でも嗜んでいるのだろう。
召喚魔法とやらで産み出されたゴーレムと呼ばれる土人形は、私の後ろをくっついて離れない。
チハヤが言うには、こうして動作を学習しているらしく、命令を覚えるためには何度も同じ作業をくり返す必要があるらしい。
命令を覚えたゴーレムは突然立ち止まるので、めちゃくちゃびっくりする。
それにしても。
「うっ……くっ!」
重い。重すぎる! 声が出せないくらい重い。
なんとか震える足を一歩一歩進めながら言われた場所に置いたが、それだけで汗が噴き出るほど重労働だ。
「ふい~」
汗を拭きながらクリスさんを見ると、平気な顔して酒樽やら箱やらを運んでいる。
クリスさんスリムなのに、どこにそんな力があるんだ。そりゃあ、出るとこは出てるけどさぁ。
私が様子を見ているのに気がついたクリスさんは、いたずらっぽい笑顔で店のカウンターテーブルに頬杖をついた。
「けっこう大変でしょ! それ、重いからね!」
「重いというか、重過ぎです! クリスさん、よくこんなの運べますね!」
「仕事だからね~! 今は私一人で切り盛りしてるから、泣き言なんて言えない。それに、村にある酒場はここしかないだろ? みんながここに来て日々の疲れを癒して、明日から頑張ろうと思える。そのためにはウチも頑張らないとなってね!」
この人、イケメンが関わっていないと本当に仕事熱心だよな。自分の仕事を大事にしているというか、しっかりと自分の思いを持ってるというか。
私はどうなんだろう。これまでは全部嫌な仕事ばっかりだった。
重労働は無理だし、手先も器用じゃないし、要領がいいわけじゃない。
<ほう、さすがですね。仕事に対する向き合い方が、サラ様とは全然違う>
そういうのは心の中でつぶやいとけ! せっかく少し感傷に浸ってたのに、台無しじゃん!
「こっちに座りなよ! 一杯おごってやるから!」
クリスさんは手招きすると、自分の目の前のイスを指で示した。
「いえ、でも、まだ仕事終わってないですし──ってあれ?」
いつの間にかゴーレムの動きが止まっていた。作業を覚えた合図だ。
「ちょうど終わったみたいだね。これで命令すれば、やってくれるのかい?」
「あっ、はい、そうです。今までのところもそうでしたから」
「じゃあ、イリアム! 酒樽を全部運んでくれ!」
クリスさんの声に従ってゴーレムが動き出す。
ちなみにチハヤが出したゴーレムは同じ形のは一つもなくて、酒場のゴーレムはなんとなく女性の雰囲気があった。
それよりも気になるのは。
「クリスさん、名前……」
「あぁ。ずっと考えてたんだ。ゴーレムじゃちょっと愛嬌がないだろう? だから、イリアム──ウチの母親の名前をね」
クリスさんのお母さんは、クリスさんとずっと酒場を営んできたはずだ。
でも、確か突然倒れちゃって──私のおじいちゃんみたいに。
「……そんな顔すんなよ! 深い意味はないんだ! そりゃ、寂しいよ。だけどな──って、湿っぽい話になってしまうから、ほら、早くこっちに座りな!」
「は、はいっ!」
言われるがままにカウンターテーブルに座ると、クリスさんはニッと笑いかけてきた。
「ご注文はどうします? とは言っても、サラちゃんにはまだ酒は早いか」
「いえ、私もう18なんで、成人ですよ」
「成人だぁ? まだまだ甘いね! 今日はジュースにでもしときなよ。イリアム直伝、クリス特製ミックスジュースにしとくから」
はぁ……いや、お酒飲めるよ? たぶん、まだ、飲んだことはないけどさぁ。
ゴーレムが酒樽をひょいひょいと運んでいる間、クリスさんはいろんな色のジュースを混ぜ始めた。最後にライムをしぼって、ゴージャスな金色になったジュースをカウンターに置く。
「どうぞ」
「いただきます」
正直、美味しそうではない。なに入ってるかわからんし、色もなんか嫌だ。
でも、一口飲んでみると印象が変わった。
「うんま!」
うますぎる! ベースは甘いけど、酸味もあってほんの少しの苦味もあって、さわやかな味がする。
「だろだろ?」
クリスさんは嬉しそうに笑った。
「イリアムは私の髪と同じ色のドリンクが作りたかったんだ。でもね、結局完成できなかった。色が変だったり、味がいまいちだったり」
「じゃあ、完成したのは?」
「今!」
えっ……? はっ……? 今ってまさに今?
「なんかいけそうな気がすると思って、作ったらできちゃったんだよね~」
「えっ! そしたら失敗したら!?」
「クソマズいジュースになってたかもしんない」
はぁ!? 労働の後に飲むドリンクがクソマズかったら萎えるんですけど!
「まあまあ、上手くいったんだからいいじゃん! ……もしかしたらさ、ゴーレムのイリアムが来てくれたからかもしれないね」
クリスさんは腕を組むと、どこか遠い過去を見るような目つきになった。
<深い意味はないとか言っていましたが、すっかり思い出に浸っていますね>
いや、お前が言うな! そして、遠くでこの会話聞いてると思うとマジで気持ち悪いって!
でも、クリスさんの気持ちはわからないわけじゃない。だからと言って、クリスさんみたいに素直に頑張ろうと思えるわけじゃないけど。
「クリスさん」
「なんだ?」
「約束覚えていますか?」
「あぁ、ウチの体を使うって──」
「だから違います! あぁ、いえ、ある意味違くないのか! クリスさん、今度こそお願いします! 私のギルドに入ってください!」
クリスさんの宝石みたいな緑色の瞳が驚いたみたいに大きく開いた。
「……面白いね、ギルドか。いいよ、ウチの体貸してあげるよ!」
「やったー!!!! ありがとうございます!」
「よし、そうと決まればちょっと待てよ!」
クリスさんはキッチンへ戻ると、二つのコップに透明なお酒を注いでいく。
「サラちゃん、ゴーレムってのは飲めたりするのかい?」
「あぁっと、チハヤに聞いてみま──」
<改良が必要です。ゴーレムは
コーティングってなんだ?
「いや、できるみたいですけど、ちょっと今すぐには無理そうです」
クリスさんの頭に?が飛んでいる。まあ、後で説明すればいいから気にしないでおこう。
「まあ、いいや。とにかく3人で乾杯だ! イリアムの分はここに置いておく。それじゃあ……何に乾杯する?」
うーん。なんだろう。
ギルドの繁栄を祈って、とかじゃ固いし、村の発展……も違うし。
悩んだ挙句に思い出した言葉があった。
「いろんな人が集まるギルドに、はどうですか?」
「おっいいね! 高尚な目標じゃなくて、身近な感じ、そういうの好きだよ」
「ありがとうございます。そしたら、いろんな人が集まるギルドに」
「「乾杯!!」」
おじいちゃん、見ているかどうかわからないけど、私は今笑顔だよ。
おじいちゃんの残してくれたギルド、これから立て直していくから!
人で賑わう楽しいギルドに、ね。
*
クリスさんを連れてほくほく顔でギルドに帰ると、一人の人形みたいに可愛らしい女の子がミルクを飲んでいた。
「って、誰!?」
「サラ様。お帰りなさいませ。ランクアップに必要な三人目、見つけてきました」
チハヤは、さも当然に言ってのけた。
え? え? 二人目だけじゃなくて、もう三人目?