もちろん、そんな乱暴な作戦は通用しなかった。
エルサさんは丁寧な笑顔で断りを入れて、事情を聞くために私は手を引かれて美容院に連れていかれた。
いつもの席へ座らされると後ろにエルサさんが立つ。
……なぜに?
「それで、何があったの? 道の真ん中で猫をいじめたり、一人で話しているから、おじいちゃんが亡くなったことが相当ショックだったのか、それともこの暑さにやられたっちゃのかなって、心配してたんだけど……」
鏡越しのエルサさんは片手で頬をなでながら、ほぅ、と息を吐いた。
そんな目で見られていたのか、私。あぁ、そんな目で見られるか。
世間では魔法なぞ溢れかえっているらしいが、この村では魔法なんて誰も使わない。昔ながらの方法で生活している。
異世界転生者のあいつは、ほいほいと魔法を使いやがるがそんなのはイレギュラーだ。
それにしてもどうしよう。もう、もう本当に残りはエルサさんしかいない。エルサさんを引っこ抜けなければ私はもう終わりだ。
<……正直に話してください>
ん? また小さくあいつの声が聞こえてくる。
でも、これ以上ヤバいやつ扱いされたくなかった私は、手の平の上でクローバーを転がしながら奴の声を無視していた。
<サラ様。ありのままに今、置かれている状況をお話しください。今まで、他の方から言われた通り誰もギルドの必要性をわかってはいない。それはサラ様自身もそうではありませんか?>
そう。それはそう。意味わからんもん、ギルドなんて。
今の私にはおじいちゃんに対する恨みしかないわ。
<ここは泣き落としです。とにかくギルドに入ってもらわなければ大変な状況になるのだと、迫ってください。エルサさんは良い人っぽいのでなんとか押して押して押すのです>
「悪魔の囁きかい、あんたは」
「ん? また独り言?」
「いえ──」
考えに考えた末、私は結局正直に話すことにした。
「エルサさん助けてください。おじいちゃんの遺産で借金まみれのギルドが残っていて、唯一血の繋がりのある私がそれを引き継ぐことになって、今、今、破産寸前なんです! エルサさんがギルドに入ってくれれば、首の皮一枚つながります! 他の人にはみんな断られて、もう、エルサさんしかいないんです!」
ありのまま。ありのまま伝えた。嘘偽りなく。
鏡越しに真っ直ぐエルサさんの涼やかなブルーの瞳を見つめて。
これでダメならもう終わりだ。大人しくギルドは引き払って、細々と借金を返す生活を送ろう。クリスさんの酒場にでも雇ってもらって。
エルサさんは口元に指を当てて頭を傾げると、「うん」と一言うなずいた。
「ギルド、ね。いいわよ」
「そうですよね、ダメですよね……えっ?」
耳を疑った。
でも、悪魔が頭の中で<いやいや、よかった。作戦成功です>とまるで自分の手柄からのように語りかけてきたのでエルサさんの言葉が本当だとわかる。
「だって、おじいちゃんの残してくれた大切なギルドなんでしょ? 私も駆け出しの頃からずっとお世話になっていたし、守りたいな、って思ったの」
守りたい──そんな風に考えたことはなかった。
私はただ、順風満帆な生活のスタートを邪魔されたとしか思ってなかったけど、確かに言われてみればおじいちゃんの形見のようなものだ。
「心配してたのよ。村のみんな。おじいちゃんが亡くなった途端、サラちゃんが謎の男性と酒場の隣の誰も使っていないはずの建物に入り浸っているって聞いて。でも、そういう事情だったのね」
あーパニクってて周りからどう見られているか考えてなかったわ。
「さて」
エルサさんは私の肩に手を置くと、数日前に切ってもらったばかりの髪を優しくなでてくれた。
「今度はどんな髪型にしましょうか。やっぱりね。サラちゃんには笑っていてほしいと思うのよ。おじいちゃんもね。ほら、ずっとここにしわが寄ってる」
エルサさんの指先が私の眉間を軽く突いた。
「本当だ。これじゃ、かわいい顔が台無し」
「ふふっ。そうよ。私がせっかく髪切ってあげたんだから。楽しく笑顔でね」
エルサさんはパンツに取り付けたシザーケースから取り出した
エルサさんがやるだけであっという間にきれいになっていくのだから不思議だ。
「よし、さっそく行きましょうか。ギルドに。まずは、掃除しないとね。人も建物も清潔にするのが一番」
「……はい! ありがとうございます!」
頭を下げると、勢いよく立ち上がった。
これでまずは一人目。何とかなりそうな予感を感じていると、幸運のクローバーを通じてまたもや嬌声が頭の中に流れた。
<もっと、もっと見せてぇ~!!>
うるせぇ、黙れ!
*
エルサさんの手際はすごすぎた。
チハヤも私もそれなりに手伝ってはいたけど、圧倒的な早さでエルサさんは無駄に2階建てになっているギルドの建物を綺麗にしていく。
そうして綺麗になったギルドの受付で、執事らしくチハヤの入れてくれた紅茶を3人で飲む。
ちなみに、クリスさんはうるさいので隣に帰した。
「こうしてみると、なんか実感が沸いてきますね」
見違えたようにピカピカのピッカになったギルドは最初の印象と違って随分と立派に見える。
「ねぇ。……たぶん、おじいちゃんはきっとこの場所をサラちゃんに残したかったのよ」
「……私に?」
「サラちゃん、おじいちゃんがいないと独りぼっちでしょ? でも、新しくギルドを始めるならいろんな人がここへ集まるじゃない。きっと、寂しくないようにと思って残しておいてくれたんじゃないかなと思うんだけど、ね」
そうかなぁ。単に忘れていただけだと思うけど。
「単純に忘れていたのだと思います」
同じことを言われても悪魔に言われると腹が立つのはどうしてだろうか。
「ですが、いろんな人が集まる場所へ変えていきましょう。まずはランク0からランク1へ。条件はここに記されています」
チハヤはまたどこからか1枚の羊皮紙を取り出すと、私たちの間にポン、と置いた。
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ランク0のギルドとは、ギルド員も0、依頼も0のギルドの
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ひどい書かれようだ。
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~ランク1へのランクアップ条件~
・ギルド員3名
・依頼3件をこなす
ランク1ギルドになれば、ようやくギルドとして正式に認められ依頼に応じた報酬がギルドセンターを通じて支払われることになります。
また、特典としてギルドセンターから一名、
いざ、ランクアップ目指して頑張ってください。
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「……なるほど、無理だね」
「そんなことないじゃない。執事さんにはきっと条件を満たす秘策があるのよ」
「……あるの?」
チハヤは紅茶をゆっくりと飲み干した。
「さて、どうでしょうね」
にやりと微笑んでいるが、実はこいつ何も考えていないんじゃ。