私の反対の声にチハヤはため息を吐いた。ついにため息を吐きやがった。
「ですから、何度も言っています。今いないのなら雇えばいい。いくら大陸から海を隔てた遠い辺境の地と言えども、村を営めるほどの人は住んでいるのです。そこから目星を付けてスカウトすればいいじゃありませんか」
「それはそうだけどさ! みんな仕事やってるの! それにギルド員ってあれでしょ? モンスターと戦ったり、戦場に行ったり、街の見回りとか防衛とか、戦うことが本業じゃん! モンスターの1匹もいない平和な村で戦える人なんていないよ!」
「はい。では、膨らんだ借金を抱えて路頭に迷うしかありませんね。サラ様の自宅を売り払ってもまだまだお金は足りません」
「う……」
そうなのだ。ギルドを支援するサポート料とやらがやたら高かかったのだ。
ギルド管理者の引き継ぎの手続きが必要とかでチハヤにほいほいと任せたら、返ってきた手紙に恐ろしいほどの赤字の0が並んでいた。
何十年に渡って積み重ねてきたサポート料にプラスして滞納料がオーバーキルし、当てにしていたおじいちゃんの遺産は一瞬で底をついてしまった。
甘かった。ギルド本部もこんなクソ暑い辺境の地にギルドがあることを忘れていたはずなのに、私が何も考えずに存在を知らせてしまったがために、ご丁寧にきっちりと何十年分もの料金を請求されてしまった。
急に沸いた大金に、今頃、本部は大笑いしていることだろう。臨時ボーナスなんかも出ているかもしれない。
まるまる私のお金になるはずだったのに。
「それに、確かに戦うことはギルド員の本業ですが、戦うことだけが仕事ではありません。言ったように猫の捜索など、依頼を引き受ければなんでも仕事になりうるのがギルド員です」
「……でも、その仕事だってないじゃん」
「誰も存在を知らないからです。サラ様。ギルドの話、今まで他の村人から聞いたことはありますか?」
「……ない、ね」
ここはみんなで自給自足しているような小さな村だ。みんながみんなのために仕事をしていて、誰かの仕事が誰かの仕事につながり回り回ってみんなの生活が成り立っている。
この輪の中にギルドなんて必要なかった。だから、廃れたんだから。
もちろん、狂暴なモンスターがいれば別だろう。冒険者たちが一攫千金を夢見ると言う噂のダンジョンでもあれば。あるいは、大きな街と街の中継地というだけでも、ギルドの存在意義はあったかもしれない。
でもない。ないからいらない。いらないのにある。
なんだこれ? 罰ゲームなのか?
「ギルドの存在意義。それが村の人たちに認められれば、自ずとギルド員も増え、依頼は舞い込み、どんどんとギルドは発展していきます。ランク0を抜け出すなんて簡単なことです」
「いや、だからさぁ」
無理やん。
「まずは一人、ギルド員を見つけてきてください。どんな手を使ってでも引きずり込むのです。そうでなければ──」
喉が鳴る。怖いよ。チハヤの目がことのか嬉しそうに見えるよ。
「そ、そうでなければ?」
「あなたの生活は一気に底辺になります」
ぐほわっ! 人生勝ったと思ったのに一気に底辺に!?
おじいちゃん、あなたはとんでもないものを残していったよ。
「わかった。うん、そうだよね。一人くらいならなんとかなるよね。まず一人、まず一人……ってチハヤは探してくれないの?」
「私はあくまでも執事として、サラ様をお手伝いするように言われているだけですので」
そう言うと、チハヤはどこかから白いカップとソーサーを取り出すと、茶葉にお湯を入れて紅茶を優雅に注ぎ始めた。
「ああ、これは空間魔法です。嗜好品が好きなのでいつでもカップとソーサーを取り出せるようにしてまして。後は茶葉に火魔法でちょうどいい温度に設定したお湯を入れまして、完成です。本当は紅茶じゃないものが飲みたいのですが」
えっと、知らんがな。
「とりあえず、行ってくるよ。もう、留守番くらいしといてよ」
「サラ様。少しお待ちください」
チハヤは、受付のカウンターテーブルの上のホコリをささっと手で払うと、ティーカップを置いた。
真っ直ぐに私の方を見つめてくる。
……えっ、なに? なに、この時間。
彫刻みたいな綺麗な顔が近づいてきて、私の手を取ると何かが渡された。
ち、近すぎる! そして、謎にいい香り! 花の香りっぽいけどかいだことのない不思議な──じゃない。
惑わされるな、私。こいつは無理難題を無理くりに押しつける悪魔だ。
「な、なに? これ?」
私は努めて冷静に。そういつも通りクールビューティーにチハヤに聞いた。
「手を開いてみてください」
言われるままに手を開くと、そこには緑色をした髪飾りがあった。4枚の葉っぱを模したガラス細工が光っている。
「私の世界で幸運の意味がある四葉のクローバーです。お守りがわりに、どうぞその綺麗な赤髪にお付けください」
チハヤはまた、意味深に微笑んだ。