「いいですか。何度も言っているように、ギルドは魔王討伐に欠かせない存在です。この世界では、
こいつ──いや、チハヤ・ナゲカワは全く覇気を感じない黒い瞳で冷ややかに私を見た。ため息すら吐きそうな勢いで。
綺麗な銀色の髪に異国感漂う黒い瞳。身長は私の頭2つ分は高くて、ほっそりとやせ型なのに筋肉はしっかりついている。スラっと背の高い美形だ。
大事なことなのでもう一度。美形だ。
「幸せなんて俺にはないんだ」、とでも言いたげな気怠い雰囲気を醸し出しているが、アンニュイと受け取れば不思議と天使のように神々しく見えてくる。
おじいちゃんから紹介されたときは、胸躍る心躍る境地にいたのに。
それがとんでもない勘違いだと気がついたのは、おじいちゃんが亡くなった直後。
こいつは天使なんかじゃない、悪魔だ。いや、魔王だ。
私は、氷魔法でも放ったような冷厳な瞳で見下す魔王に無駄な抵抗と知りつつ何度目かの反論を試みた。
「だから! ギルド員も0で依頼も0のランク0の底辺ギルドじゃ人は来ないって!!」
ゼロ、ゼロ言ってて情けない気持ちになるけど、そうさせた原因は私じゃない。おじいちゃん──いやあのクソじじいが残した遺産のせいだ。
*
──運命のときは3日前の昼、私が毎月通っている美容院の帰りに唐突に起こった。
「どうかしら? サラちゃん、今回は暑くなってきたからこんな感じにショートにまとめてみたけど」
渡された手鏡に映るのは、一瞬別人かと思うほど印象の変わった自分だった。
肩につくくらい長かった赤い髪の毛はバッサリと切られて首元がスッキリ出ている。少しうっとおしかった前髪も、広いおでこが目立たない程度に短く切り揃えられて、茶色の瞳が心なしか大きく見えた。
うん。いい。いいよ。
鏡に映る私のにやけ顔がキモくてすぐに手鏡を返すと、私は村に一つしかない美容院のエルサさんに笑顔を向けた。
「ありがとうございます! すごくいいです!」
語彙力のなさすぎる私の感想にもエルサさんは綺麗な笑顔で返してくれた。大人の女性って感じの笑顔だな、うん。
「いいのよ~これからますます暑くなってくるから気をつけてね~。それと、サラちゃんのおじいちゃんはしばらく来てないけど、大丈夫?」
「あー、でもおじいちゃんますます髪が薄くなってるから」
目を細める。薄いというか、もうないのでは?
「あらあら。薄いとか関係ないわ。髪はきちんと手入れしないとね。おじいちゃんによろしく伝えておいてくれる?」
「あっ、わっかりました!」
エルサさんに見送られながら店を出てルンルン気分でショップが連なる石畳の上を歩く。
エルサさんの言う通り、日差しは暑く18年間この地で生きてきた私でもとろけてしまいそうだった。
せっかくだから新しい服と靴でも買いに行くか? それとも喫茶店でケーキでも。いやあ、さっさと帰ってお昼寝するにもいい感じだ。
「あっ! おい! サラちゃん!」
午後の
「早く家に戻りな! おじいちゃんが倒れたんだ!」
それからはあっという間だった。突然、体調を崩したおじいちゃんはみるみるうちに容態が悪化し、1日ともたずに亡くなってしまった。
両親のいない私は本当に急に独りぼっちになってしまった。
だが、だが、だ。おじいちゃんが亡くなったのは悲しい。しかし、おじいちゃんの残してくれた大切なものも多くある。
──それが遺産だ。私は、今の今まで働いたことが一度もない。それはおじいちゃんが相当な財産を持っていたからで。ということはすなわちその財産が全て私のものになるということは。
この人生、勝ちだ。
自由気まま一人暮らしを満喫するのもよし、結婚し家庭を持つのもよし。
とにかく私は人生の勝利者になったのだ。
ありがとう、大好きなおじいちゃん。
高笑いしそうな気持ちを抑えて、私はおじいちゃんの残してくれた遺産の説明を受けた。
「──とにかくお前のかわいい笑顔が曇ることのないことを祈っておるよ。……以上が、あなたの祖父からの遺言です」
「おじいちゃん……ありがとうございます」
それで、それで!?
目元を何度か指で押さえて、説明に現れた男性の顔を見る。それにしても随分とカッコいい人だな。こんな人、この村にいたっけ?
その人はすらりと細長い指で今読んだ遺言状を器用に折りたたむと机の上に置き、隣にある宝箱のような古めかしい箱の中に手を入れた。
くるか、いよいよ現金の嵐が吹き荒れるのか!
と思ったら、その人が取り出したのはまたしても1枚の紙きれだった。
「それと、もう一つ。ギルドの引き継ぎの話です」
「え?」
ギルド? なんじゃそりゃ?
「そのまま読ませていただきます。……いや~一つ大事なことを伝え忘れておったわ。酒場の隣にだぁれも使っていない2階建ての古い建物があるじゃろ。あれ、わしのギルド。世界中がギルドバブルのときにわしも作ったんじゃが、小さな村で需要がなくての。いつの間にかだぁれも使わなくなってしまったんじゃ。すっかり忘れてての。それ、お前に譲るわ。ギルド本部に登録はされているはずじゃろうから、サポート料がけっこうな金額になって滞っていると思うけど、わしの遺産をはたけば、まあ、大丈夫じゃ、たぶん」
目が点になった。
「は、はぁ!?」
思わずすっとんきょうな声を上げた私に冷たい視線が降ってくる。
「まだ続きがございます。……優秀な執事を残しておいたからの。ほれ、今世界中に現れている異世界転生者じゃ。ギルドのことはわしらよりも彼の方が詳しい。彼に任せておけば万事上手くいくはずじゃろうて。それじゃ、あとはよろしくな。チハヤ・ナゲカワ」
もう一つのとんでもない遺言状をまた丁寧に折りたたみ机に置くと、その人はすっと立ち上がった。
「それではこれからよろしくお願いします。チハヤ・ナゲカワ。チハヤでもナゲカワでもお好きにお呼びください。ギルドマスター、サラ・マンデリン様」
絶句。絶句だ。私は生まれて初めて口から言葉が出てこないという体験を経験した。
「ちょ……マジ?」
辛うじて喉の奥から絞り出せた言葉はそれだった。
私の気持ちを知ってか知らずか、チハヤは天使のような微笑を浮かべた。思わずぼうっと見入ってしまうほどの。
「問題ありません。サラ様。私とともにギルドを運営していきましょう」