目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話 チョコレートを貪る事、飢えた子供の如し

 三条さんじょうかたと言えば、嫉妬しっと深い悪女イメージが根強い。

 このバッドイメージは、後世の小説やドラマの影響らしい。


 最近の研究によると、三条の方は美人で信玄に寄り添い力を貸した女性、とかなり名誉回復されている。


 さて、この世界での三条の方はどうだろうか?

 マロ使者の紹介では、香子かおるこ様との事だった。


 三条の方こと香子かおるこさんは、下を向いてチラリともこちらを見ない。

 この婚姻が嫌なのかな?


 あり得るな……。

 京都の公家くげのお嬢様から見れば、甲斐国かいのくになんてド田舎だろう。


 ここは一つ俺が優しくしてだな……身も心も解きほぐしてだな……。

 いや、やましい事を考えているのではないぞ!

 相手はまだ十二、三才の女の子だ。

 何かあれば事案発生じあんはっせいである!


 香子かおるこさんは下を向いて黙っているので、俺の方から挨拶をした。


「武田家当主の武田晴信たけだはるのぶです。遠路はるばる甲斐国までお越しいただきありがとうございます」


「……香子かおるこです」


 香子かおるこさんは、ボソリと返事をした。

 すっぴんかな?

 まだ幼い感じだが、色白で可愛い顔立ちだ。

 将来に期待。『美人になる』に3ジンバブエドル!


 公家くげ風の化粧はしていない。お歯黒や丸い眉毛だったら、キツイと思っていたので助かった。


 香子かおるこさんの前にもおぜんがあり、湯漬ゆづけが出されているが手を付けていない。

 俺は勤めて優しい口調で香子かおるこさんに希望を聞いた。


「湯漬けは、お口に合いませんか? 何かお望みがあれば、用意させますが……。何か食べたい物はございませんか?」


「……ト」


 ん?

 今、小さな声で何か言ったな?

 なんとか、ト?


「あの……今何と申されましたか? なんとか……ト、とおっしゃったのは聞こえましたが?」


「……レート」


「はい? レート?」


「チョコレート! チョコレートが食べたい! 甘い物が食べたい!」


「えっ!?」


 香子かおるこさんは、溜め込んでいた物を爆発させるように大声でチョコレートと叫んだ。

 そうか……疲れた時はやっぱ甘い物、チョコレート良いよね~って、そうじゃなくて!


 何でこの時代の人がチョコレートを知っているの?

 えっと……南蛮渡来なんばんとらい的な?

 いや、でも、ヨーロッパでもこの時代にチョコレートはなさそうな気がするけれど?


「もう、イヤ! この時代イヤ! 文明が無さ過ぎる! 食べ物も不味すぎる!」


 香子かおるこさんは毒づき始めた。

 慌てて側に居た侍女がたしなめるが、香子かおるこさんの暴走は止まらない。

 大声でわめき始めた。


 これは……理由はどうあれ、チョコレートを食べさせた方が良いな。


「チョコレートが食べたいのですね?」


「そうよ! チョコレートが食べたい! もう疲れた!」


「少々お待ちを」


 香子かおるこさんのいる部屋から出て、人のいない部屋に入る。


「ネット通販『風林火山』!」


 ネット通販『風林火山』の画面が目の前に表示される。

 スマホを操作する様に、ポチポチと画面を押して食品ページを開く。

 ありますね! チョコレート!


 板チョコやビスケットにチョコが掛かったチョコレート菓子を適当にショッピンカートに入れ、ペットボトルのミルクティーを二つ入れて会計を済ます。


 目の前に結構な量のチョコレート類とペットボトルが現れた。

 着物の袖にチョコレートとペットボトルのミルクティーを放り込んでいると廊下から板垣さんが声を掛けて来た。


「御屋形様! 遅くなりました!」


「ああ、板垣さん! ちょうど良かった! 事情は聴いていますか?」


「はい、大まかには……。しかし、三条家も動きが早いと申しますか……」


「うん。いきなりだよね。それで……えーとね。香子かおるこさんと二人で話をさせて欲しいんだ」


 板垣さんは怪訝な顔をする。


「お二人で……ですか?」


「うん。ちょっと……まあ、色々と話さなきゃならない事があって……」


「……かしこまりました。しかし、婚礼前ですので、あまり、そのう……」


「大丈夫! 変な事はしないから! 話だけです!」


 どうやら下心を疑われてしまったらしい。

 俺はまだ数え年で十四歳、現代日本なら十三歳だから、中学一年生位なんだよな。

 女性と二人きりになったからと言って、どうこうする年齢じゃないと思うがな。


 香子かおるこさんのいる部屋に戻る。

 まず、板垣さんがマロ使者を打ち合わせと称して連れ出してくれた。

 侍女も下がってくれたので、俺と香子かおるこさん二人だけになれた。


 着物の袖からネット通販『風林火山』で買ったチョコレートを取り出し、香子かおるこさんの目の前に並べる。


「チョコレートです。どうぞお召し上がりください」


「ウソでしょ……」


「本物ですよ。毒見しますね」


 そう言うと俺は板チョコの包みを破いた。

 銀色の包みを破くとチョコレート独特の甘い香りが部屋に漂った。

 板チョコを割り折って一欠けら口に放り込む。


「あー、甘い。これは香子かおるこさんの為に用意しましたから召し上がって下さい」


 俺が言い終わると香子かおるこさんはひったくるように俺からチョコレートを奪うと一心不乱に食べ始めた。

 俺はその様子を唖然として眺めた。


 板チョコはあっという間になくなって、次はチョコスティックに手を伸ばした。

 両手で豪快にチョコスティックを鷲掴みしてバリバリと音を立てて食べる姿は公家くげのお姫様とは思えない。


 さっきから考えていたのだけれど、香子かおるこさんも俺と同じ転生者じゃないだろうか?

 そう考えればチョコレートを知っている事も、公家くげのお姫様らしくない言動や食べる姿にも納得がいく。


 香子かおるこさんを良く見ると頬はゲッソリとコケているし、首筋や手首も筋が浮き出てやせ細っている。


 ああ、余程食事が口に合わなかったのだろうな。

 わかるよ。俺もこの戦国時代の食事は不味いと思った。

 ネット通販『風林火山』で買った調味料を密かに使っている。


 大量に買ったチョコレートが半分ほどなくなった時点で、ようやく香子かおるこさんは落ち着いたらしい。


「ありがとう! ほんとーに! ありがとう! あの……何か飲み物ない?」


「はい。ミルクティー。冷たいので悪いけど」


「やーん! もう! ありがとう!」


 二人でペットボトルを開けてミルクティーを飲む。

 戦国時代には存在しない甘ったるさが、香子かおるこさんの表情を和らげてくれる。


「えっと……それで……色々と……お互い正直に話せればと……」


「そうよ……ね……」


 チョコレートが効いたのか、香子かおるこさんは、正直に話をしてくれた。

 彼女は、やはり俺と同じ転生者だった。

 転生した時期もほとんど同じだ。


 彼女は踏切で動けなくなったおばあさんを助けたら、電車にはねられてしまったらしい。

 気が付いた時には、三条家の次女香子かおるこになっていたそうだ。


「まあ、でも、公家くげのお姫様なら転生先として悪くないんじゃない?」


「それがねえ。そうでもないのよ。ハル君は知らないかも知れないけど……」


「えっ!? ハル君!?」


 ちょっとドキッとした。

 そんな親たし気な呼ばれ方を女の子にされた事はあまりない。


「だって晴信とか呼びにくいでしょ? だからハル君」


「ふ……ふうん……」


 香子かおるこさんが俺の内心を見透かしたようにニヤニヤ笑いで問いかけて来た。


「何? 照れているの?」


「照れてないよ! ちょっと……その初対面なのに……」


「でも、私とハル君は結婚して夫婦になるんだよ? 二人の心の距離を縮める必要があると思わない?」


「えーと、そうですね……」


「じゃあ、ハル君で決まりね!」


 どうもイカン!

 香子かおるこさんのペースに巻き込まれてしまう。


 香子かおるこさんから京都がどんな感じなのか説明をしてくれたが、かなり治安が悪いようだ。

 それに公家くげと言っても生活は苦しいらしい。


「そこへ来て私が転生しちゃったでしょ? 私も事情が良く分からないから、色々と勝手にあれこれ話していたら、頭がおかしくなったと思われたのよ。そのタイミングで麻呂仁まろひとが武田家に婚姻の話があるって出掛ける事になったので、私も強制で麻呂仁まろひとと行かされる事になったの」


 そういう事情があったのか……。

 じゃあ、三条家はちょっと頭のおかしくなった娘を武田家に押しつけに来たのか。

 ところで気になるのは……。


麻呂仁まろひとって?」


「さっきそこにいた男の人」


 マロ使者の事か!


「あいつ麻呂仁まろひとっていうのか……」


「そう三条麻呂仁まろひと。私の叔父? かな? あんなのでも公家くげだし三条家メンバーだから対応気を付けてね」


「オッケーありがとう!」


「ハル君さ。この前、麻呂仁まろひとがここに来た時、きんをあげたでしょ?」


 父信虎が俺を廃嫡して次郎を嫡男にすると言っていた時の事だな。

 あの時は、麻呂仁まろひとさんにお土産を持たせたな。


「ああ。お土産として、旅費とは別に金を渡したよ」


「それ! すっごい喜んでいたよ! 私は駿河するが? 静岡県で待っていたのよ。そこに麻呂仁まろひとが帰って来て、ハル君の事を凄く褒めていてさ。最高の輿入れ先だから、すぐに行こうって事になったのよ」


 あっ! あの時、香子かおるこさんは駿河で待機していたのか!

 だからこんなに早く甲斐国に来られたのか!

 香子かおるこさんは続ける。


「いや、でも、麻呂仁まろひとの言う通りだった! 最高の結婚相手よ! チョコレートにミルクティーを頂けるなんて! 本当にありがとう! これどうやって手に入れたの?」


「いや……まあ……それは……」


 どうしようかな?

 ネット通販『風林火山』の事を教えても良いのか? どうなんだろう?


 香子かおるこさんはチョコレートの入っていたパッケージを手にしてじっと見ている。


「パッケージの製造年月日は、この時代じゃないよね。私達がいた時代だわ……。てことは、現代から物をお取り寄せ出来る能力があるの? ハル君の一芸かな?」


 うっ! 早くもバレたか!

 香子かおるこさん話し方の割にバカじゃないな。


「まあ、そんな所だよ」


「それ凄いね! あのね。私の一芸もなかなか凄いんだよ! 夫婦になるんだし、お互いの一芸を確認しておかない?」


 踏み込んだ提案だな。

 けれども……まあ確かに夫婦になるなら運命共同体だ。

 香子かおるこさんの一芸も知っておいた方が良い。


 それに俺はすっかり香子かおるこさんに気を許してしまった。

 同じ転生者であるし……。


「わかった。俺の一芸はね……」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?