――五日後。
父信虎は、本当に亡くなっていた。
戦自体には勝ったが、総大将であり当主の武田信虎が死亡。
帰って来た武田軍に勝利の高揚感は無かった。
父上の遺体は大広間に安置され、武田家の
俺に悲しさはなく、これで命の心配をしなくて済むと思うと不謹慎ながらホッとしてしまった。
父上の遺体と対面し俺はある事に気が付いた。
大広間に横たえられた父上の遺体に傷が見当たらないのだ。
討ち死にと聞いているがどういう事だろうか?
隣にいる板垣さんも気が付いたようだ。
眉根を寄せて渋い表情をしている。
父上の体を清めている僧侶に声を掛け聞いてみた。
「父上に傷が無いが?
「お背中にございます」
「見せてくれ」
僧侶たちが父上の遺体を寝返り打たせるようにして背中を見せてくれた。
背中側は
「この通りお背中は
「あいわかった……父が安らに旅立てるようにしてくれ……」
「はは!」
僧侶たちは黙々と父の体についた血を
僧侶たちから少し離れ考える。
どういう事だろうか?
父は戦に出て討ち死にした。しかし、傷は背中側ばかりだった。
そのような事があるのだろうか?
敵と戦って死ぬのなら、体の前方に傷が集中するのではないか?
それなのに背中側に傷が……。
「板垣さん。父上の遺体ですが前方に傷は一切なく、背中側から斬られていました」
「……はい」
「戦でそういう事は、あり得るんですか? 敵と向かい合う前側に傷を負うと思うのですか?」
「太郎様のおっしゃる通りです。戦では敵と相対しますので、傷は体の前方に集中します」
やはりそうか。
ならどうして父信虎の遺体には傷が背中側だけに?
「じゃあ、なぜ? 父の遺体は背中側に傷が集中していましたよ」
「……恐れながら、私の口からは申し上げ難く」
板垣さんは
何だろう? 何か凄く嫌な感じだ。
そんなに不味い理由なのか?
「板垣さん。話し辛い事なのかもしれませんが、正直に話して下さい」
「……」
「俺は武田家の
板垣さんは一つため息を
「かしこまりました……。恐れながら……信虎様は、お味方に討たれたと……」
「味方に!?」
「はい……」
とんでもない事を言い出したな……。
いや、だけどそれなら……背中側だけに傷がある説明が……つくか……。
「何かの間違いって事はない?」
「そうあって欲しいと私も願いますが……。負け戦ならば……敵に背を向けて逃げますので、背中に傷が集中する事がございます。しかし、
「ふう。そうだね……。味方という事になるね……」
「……」
「……」
沈黙が続いた。
父信虎が味方に殺されたとなれば一大事だ。
しかし、証拠がある訳ではない。
あくまでも遺体の傷から導き出した推測に過ぎない。
「