「わかりました! 若様は我ら三人の支持が欲しい……。我ら三人を配下に……という事ですな?」
鋭い
「そうだ。
本音は『私』だけどね。『武田家』を支えて欲しいのは、俺が成人して父信虎の跡を継いでからの話だ。
ともかく今は味方を増やして
板垣さんが
「小山田殿いかがでしょう? 太郎様は本当に小山田殿を頼りにしていらっしゃいます」
「うーむ。しかし、それでは我らが当主信虎様に
「ですから太郎様は、こうしてお三方に
「ああ、板垣。若様が我らを
「なら……」
「問題はじゃ! 主としてどうかという事じゃ!」
虎が口を開いて
板垣さんが
「それは……! 無礼では? ご
「黙らっしゃい! 板垣! 今は乱世ぞ!」
「しかし……」
「嫡男だ、
そう言うと
この……! やってくれる! 言ってくれるなあ、この
俺は笑いそうになるのを
「よい。苦しゅうない。先を続けよ!」
「我ら三人……いや、板垣を入れ四人が若様を支持したとしよう……その事が信虎様に、いつかばれる。その時我らがどうなるか……太郎様を担ぎ上げた
場が静まり返る。
晩夏の陽は既に傾いているが、部屋にはじっとりとした体に
そんな中、
「甘利! 飯富! 二人はその覚悟があるか! この土産を受け取るという事は、若様に命を預けるという事ぞ!」
「……」
「それは……むう……正直、そこまで考えてなかったが……」
そこに
「ならば! この土産は受け取るまいぞ! 若様に命を懸けられねば……この首を預けられねば……この土産は受け取るまいぞ! 良いな!」
「……」
「わーったよ! 小山田に任せるよ!」
俺の申し出を断る為の口から出まかせではないんだ。
最悪の場合は
もちろん、そうならない為に武田家家中に太郎支持派を増やし、父信虎が太郎支持派を処断したくても出来ない様にするつもりだ。
「さて、若様。お聞きの通り我らは、この命を若様に預けるかどうか決断を突き付けられておりまする」
「うむ」
ひぐらしが鳴いている。
「そこで若様にも腹を割って頂きたい。あなたは武田家の当主になって……いや、我らの
「……」
「若様! お答えを!」
今度は俺が
ひぐらしが鳴き止んだ気がした。
俺は一つ息を吸うとゆっくりと
「俺は武田家の歴史を変えたい」
自分でも驚くような図太い声が出た。
隣に座る板垣さんが息を呑むのが分かった。
正面に座る
「武田の家を変えたいのだ」
俺は転生して改めて歴史書を読んでみた。
武田信玄は戦国時代の英傑の一人として歴史に刻まれているが、どことなく暗さが付きまとう。
例えば同じ戦国時代の大名でも織田信長は若き改革者として青い魅力を発している。志半ばで倒れたが、戦国を全力で駆け抜けた青年に
豊臣秀吉はどうだろう?
農民出の足軽木下藤吉郎か出世し、太閤まで成り上がる戦国サクセスストーリーは万人を魅了する。
秀吉は死んでも『人たらし』だ。
徳川家康は、寄る辺なき苦労人が天下人になり、後の徳川三百年、比類なき太平の世を築いた。会社経営者で家康を支持する人は多いと聞くし、関東は今でも徳川文化の影響が色濃い。
だが……武田信玄は……武田家の歴史は……。
武田家の歴史は呪われた歴史だ。
少なくとも俺にはそう見える。
まず、父武田信虎を子武田信玄が追放する。
有名な信虎追放劇だ。
父信虎は体一つで娘の嫁ぎ先、駿河の今川義元の所に身を寄せ生涯甲斐の土を踏むことは無かったという。
次に武田信玄は、信州――長野県の中央にある
この攻略では
俺の父方の祖父は長野県諏訪地方の武家出身だったが、『甲斐の人には気を付けろ! 騙されるな!』と子供の頃に教わったそうだ。
信玄が
この二つの悪行の呪いだろうか?
武田家には惨事が降りかかる。
川中島の合戦では、弟の武田
一時的にだが武田家は大きく力を落としてしまう。
続いて武田信玄の嫡男武田義信は、父信玄に謀反を起こそうとする。
この事件により武田四天王の一人
信玄が父信虎を追放したのと同じ事を、子の義信が行おうとしたのだ。
そして武田信玄は晩年、満を持して西上作戦を行う。
甲斐の国から駿河、
徳川家康を散々に叩きのめした
武田軍は撤退するが、故郷甲斐国を待たずして武田信玄は撤退途中に息を引き取る。
悲願の上洛は成されず、当主信玄を失った武田家臣の悲しみは想像もつかない。
信玄もさぞや無念だったろう。
信玄の死後は武田勝頼が跡を継ぐ。
だが、鉄砲で有名な長篠の戦で敗戦し、その後、
織田徳川連合軍の苛烈な攻撃を受け、次々に諸城を失った武田勝頼は小山田信茂を頼る。
しかし、小山田信茂は武田勝頼を裏切り、行き場を失くした勝頼は夫人と子と共に自害して果てる。
こうして武田氏は滅亡してしまう。
武田勝頼は、信玄が若い頃謀殺した
勝頼も決して無能な訳ではない。
やや外交に頼り過ぎるきらいがあったが、相手が織田信長では役者が違った。
勝頼の悲惨な最期は
これが武田家の歴史だ。
――つまり!
俺が何もしないでいれば、武田家は同じ道を、破滅の道を歩む可能性がある。
そう、だから、俺は武田家の歴史を変えたい。この暗く
俺は目を閉じて、ジッと思いを歴史に馳せていた。
すり足で近づくような静かな口調で俺に呼び掛ける。
「……若様。武田家の歴史を変え、武田家を変えるとおっしゃるが、その真意は?」
俺はゆっくりと目を開け、
「武田家は……このまま行くと、俺の次の代で滅びるのだ」
「何を!?」
「太郎様!」
「信じられないのも無理はない。だが俺は知っているのだ。そして、遠くない将来に俺と父信虎が対立し、抜き差しならない状態になる事も
場が騒然となった。
無理もない。歴史を知っている俺は歴史事実を語っているだけだが、歴史を知らない彼らからすると……。
武田家の嫡男が、武田家が滅ぶと予言をしたのだ。
そして、父親との対立を認めた。
オロオロする板垣さんを横目に俺は
「ふむ……。若様のおっしゃり様では……まず遠くない将来信虎様と若様の対立が深刻になり、その結果若様が武田家の家督をお継ぎになり、若様のお子の代で武田家が滅びる。そうおっしゃりましたかの?」
「その通りだ」
「そして、その事を若様は
この場にいる全員が、俺の語った言葉の意味を飲み込んだ。
板垣さんは下を向き、
「ああ。俺は知っているんだ」
「ふむ……それは、若様の『一芸』の力によってですかの?」
気が付いたか。
俺が武田家の歴史を知っているのは、半分は転生したから、そしてもう半分は一芸のネット通販『風林火山』で歴史の本を買って勉強したからだ。
「そう思って貰って構わない。俺とて全ての事を見通せる訳じゃない。ただ、このまま行くと武田家が滅亡する事は知っている。なあ、考えても見ろ。今の武田家は居心地が良いか? 安心して仕えられるか? 将来有望に思えるか? どうだ?」
「はて……一臣下の身としては、お答えに窮しますな……」
ここはチャンスだろうか?
俺は未来を知る事を認めた。それは一芸によるものだと
俺が武田太郎に転生した事、本来の武田太郎とは別人格である事はバレていない。
うん、何も不都合は無いな。
ならば今は攻め時!
「とぼけるなよ!
「何と!」
「しかし、上洛の途上で尾張の大うつけ織田信長に討たれる。今川家は力を落とし、三河の松平家は織田と結び一大勢力に成り上がる。越後を長尾景虎が掌握し武田家を狙う」
「……」
「だが、俺はそんな未来を、歴史を変える! だから俺に力を貸せ!
俺は一気呵成に畳みかけた。
俺の知る歴史を語り、武田家の置かれる厳しい立場と未来を語った。
「……若様に従い申す」
続いて
「俺は若様を支持するぜ」
最後に
「ふー。わかり申した。若様を支持し主と仰ぎましょう。よろしくお願い申し上げまする」
俺は
板垣さんも三人と同じ様に両手をつき礼をとっていた。
いつの間にやら、ひぐらしが再び鳴き始めていた。
「こちらこそよろしく頼む。武田四天王をアテにさせて貰う!」