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第4話 勧誘する事、狐の如し

 ――そして三か月が経った。季節は晩夏。


 塩の取引は五日に一回のペースでコンスタントに行っている。

 五日に一回金1両、10万円が入るのはありがたい。

 それに時々臨時でまとまった注文が来るので、塩の販売でかなりの金を稼げた。


 俺はネット通販『風林火山』で歴史の本を買って戦国時代や武田家の事を勉強しながら、板垣さんと打ち合わせた。


 誰を口説くか?

 誰を味方に引き入れるか?


 板垣さんとよく話し合ってターゲットを三人に決めた。


 それから板垣さんは俺の側に控える時間を減らして、あちこち出掛けてターゲットの三人に会ってもらっていた。

 そして今日いよいよ俺がターゲットの三人と面会する。

 内密に会う為に躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたではなく、板垣さんの私邸で面会する事にした。


 お昼過ぎに躑躅ヶ崎館を出て城下の板垣邸に訪問する。

 ターゲットの三人はもう到着していて、板垣さんの案内で部屋に入る。

 部屋に入るとターゲットの三人がいた。


「すまん。待たせた」


 俺は上座に着き、傍らに板垣さんが控える。

 三人は礼をすると名乗りを上げた。


甘利虎泰あまりとらやすでござる……」


飯富虎昌おぶとらまさ!」


小山田虎満おやまだとらみつにございます」


 すげえ……武田四天王だ!

 板垣さんこと板垣信方いたがきのぶかた甘利虎泰あまりとらやす飯富虎昌おぶとらまさ小山田虎満おやまだとらみつ、この部屋にいる四人が武田四天王と呼ばれる武田信玄の初期を支えた名家臣達だ。


 歴史書によると……。

 若き日の武田信玄は父信虎にないがしろにされ、廃嫡されそうになったそうだ。

 信虎は弟の武田信繁のぶしげ、幼名次郎を可愛がり信繁に家督を継がせようとした。


 この辺りの状況は武田信玄に転生した俺とまったく同じだ。

 違う世界なのかもしれないが、ネット通販『風林火山』で買った歴史書をトレースしている。


 その後若き日の武田信玄はクーデターを起こし、父信虎を甲斐から追放し武田家の当主になる。

 だが、この信虎追放劇について確定情報がないのだ。


 何が原因なのか?

 誰が若き日の武田信玄の味方になったのか?


 何冊か本を読んでみたが、諸説ある様だ。

 原因は親子不仲説、家臣の不満が溜まった説、信虎が領民に乱暴をした説などがある。


 そして――


『クーデターの時に、誰が武田信玄に味方をしたのか?』


 ――この情報が一番欲しかったのだが……これもわからない。


 どの本も『家臣の支持を得て信玄が当主になった』と記述してある。

 だが、板垣信方いたがきのぶかた甘利虎泰あまりとらやすの名前は良く出て来る。


 板垣さんは俺の傳役もりやくだから、味方確定だ。

 歴史書に名前が良く出ていた甘利虎泰あまりとらやすを味方に引き入れる。


 そして信玄が武田家の当主になってから信玄を支えた武田四天王の残り二人、飯富虎昌おぶとらまさ小山田虎満おやまだとらみつは味方にできそうな気がする。

 当主になってから四天王として信玄を支えたのなら、当主になる前の信玄にも好感を抱いているのではないかと予想した。


 板垣さんもこの三人の能力は高く評価している。

 戦国ゲームでもこの三人は高いパラメーターを振られている事が多い強キャラだ。


 じゃあ、持っているスキルは?

 この世界独自スキルの『一芸』は何だろう?

 俺はドキドキしながら鑑定スキルを発動させた。


(鑑定!)


 三人の頭の上に次々に情報が現れた。



甘利虎泰あまりとらやす  一芸:獅子奮迅ししふんじん

飯富虎昌おぶとらまさ  一芸:一騎当千いっきとうせん

小山田虎満おやまだとらみつ 一芸:難攻不落なんこうふらく



 おおおお! スゲエ!

 スキルからして強そうだ!



 さて、部屋の中では俺の隣に控える板垣さんが前口上を述べている。

 いかに俺が素晴らしいか、いかに俺に才能があるか、いかに俺が有望か、絶賛褒め殺し中です。


 甘利虎泰あまりとらやすは眉根にシワを寄せ、目を瞑ってむっつりとした顔をしている。

 聞いているのか、寝ているのか……。

 背はそれ程高くないが横に体が大きく体に厚みがある。

 ヒゲもじゃでラフな感じは三国志の張飛を彷彿させる。

 さて、甘利虎泰あまりとらやすの一芸『獅子奮迅』はどんなスキルなのだろうか?


(鑑定!)



【獅子奮迅:野戦において非常に力強い能力を発揮し、多くの兵を非常に巧みに指揮する】



 なるほど。見た目とイコールの一芸だ!

 武勇に秀でた猛将ってところか。

 甘利虎泰あまりとらやすは野戦が得意な武将として期待が持てる。


 飯富虎昌おぶとらまさは長身で均整のとれたアスリート体系だ。

 日焼けした精悍な顔に、目を肉食獣の様にクワッと見開いている。

 二つ名が『甲山の猛虎』だっけな。

 戦場で暴れっぷりが良さそうだ。

 一芸の『一騎当千』は?


(鑑定!)



【一騎当千:騎乗において非常に高い能力を発揮し、攻勢を得意とし兵を指揮する】



 なるほど。騎馬特化タイプか!

 この人はどちらかというと個人の武力が高いタイプの武将なのかな。

 武田騎馬軍団に相応しい武将だ。


 小山田虎満おやまだとらみつは一番年上で小柄マッチョ。

 ニヤニヤ笑いながら顎髭をさすっている。

 次期当主の俺の前でこのニヤニヤ笑いか……この人はなかなかクセがありそうだな……。

 だが能力は間違いない。

 何でも築城の名人で小山田虎満おやまだとらみつが築いた城は落ちないのだとか。

 という事は一芸の『難攻不落』は……。


(鑑定!)



【難攻不落:籠城戦や守勢において非常に高い能力を発揮し、築城に高い能力を発揮する】


 やはり守備特化型の武将だ。


 こうして武田四天王を比べてみると……。


 板垣信方いたがきのぶかた ……政治、戦と何でもござれの万能補佐型

 甘利虎泰あまりとらやす ……戦場のオールラウンダー

 飯富虎昌おぶとらまさ ……個人戦得意な攻め上手

 小山田虎満おやまだとらみつ……築城名手で守りが上手い


 うーん、欲しい!

 四人の能力バランスも良い!


 これは何としても四人そろって味方にしないとな。

 しかし、板垣さんの前口上はあまり三人の心に響いていない様だ。


 三人ともタイプは違がえど武闘派だからな。

 あまり言葉で色々語るのは好きじゃないかも。


 飯富虎昌おぶとらまさが口を開いた。

 かなりイラついている。


「板垣! お主はベラベラベラベラ話しおって!」


「むぅ……」


 小山田虎満おやまだとらみつが軽い感じで会話に入って飯富虎昌おぶとらまさをたしなめる。


「ひゃっひゃっひゃっ! 虎昌よ。そう言うでない。板垣も傳役として必死なんじゃろ……許してやれ」


「ふんっ!」


「しかしぃ、太郎様も災難な事ですな。このままでは、弟の次郎様が武田家の家督を継ぎそうですわ」


「小山田殿!」


「なんじゃ? 事実じゃろう? 信虎様のお心は次郎様に大きく傾いておろう。さて、太郎様……どうなさいますか?」


 小山田虎満おやまだとらみつがニヤニヤ笑いを消し、鋭い眼光で俺を見つめる。

 飯富虎昌おぶとらまさは横目で、甘利虎泰あまりとらやすは片目を薄く開けて俺を見ている。


 さて……板垣さんとの打ち合わせでは、最初は和やかに世間話をして……って予定だったが……。

 小山田虎満おやまだとらみつがいきなり突っ込んで来たな。


 どうするか……。


 ここであいまいな事、中途半端な事を言えば三人は俺に失望するだろう。

 それはダメだ。

 ここは素直に協力を求めよう。他に手が思い浮かばない。


「私が不利な状況である事は承知している。それでも私は武田家の家督を継ぎたい。将来武田家の当主になりたいと思っている」


「「「……」」」


「私はまだ元服も済んでいないし、初陣もまだだ。お前たち三人に比べれば赤子同然だという事はわかっている。父信虎に比べても劣っている所は沢山あるだろう。だが、これだけは約束出来る」


「約束? ほう、うかがいましょう」


 小山田虎満おやまだとらみつが、またニヤニヤしながら顎髭を触り出した。


「自分の好き嫌いや感情でお前たちの処遇を決める事は無い。働きぶりを見て処遇を決めると約束する」


「ほう」


「ふん!」


「……」


 割と好意的なリアクションが返って来た気がする。


 まず、小山田虎満おやまだとらみつ

 歴史書を読んだが、この人は出自が今一つはっきりしない。

 小山田と言っても武田家譜代の小山田家とは別系統の石田小山田家の人間だ。


 だが、そもそも石田小山田家の人間ではないという説もある。

 彼は上原伊賀守と名乗っていた時期がある。

 上原⇒小山田と名前が変わった記録が複数みつかっているらしい。


 だから、小山田虎満おやまだとらみつは上原家の人間じゃないか? という説がある。

(上原家ってどこの上原だよ! ってツッコミは置いておくとして)


 でも、それもわからないよね。

 本人が勝手に『俺は上原伊賀守だ!』って名乗っていただけで、本当は木こりの権兵衛さんかも知れない。

 何せ戦国時代! 下克上だからね!


 そんな背景のある小山田虎満おやまだとらみつは『家』の後ろ盾がない人物と見る事も出来る。

 それなら父信虎の様に好き嫌いや気分で人事評価する当主は怖いはず。

 万一地雷を踏み抜いたらそれっきり。『家』の後ろ盾があれば、復権もあり得るが小山田虎満おやまだとらみつは『家』の後ろ盾がないからそれっきりだ。


 だから俺の『働きぶりで評価する』宣言は、小山田虎満おやまだとらみつにとって嬉しいはずだ。


 次に飯富虎昌おぶとらまさ

 もうね。この人は見方によっては可哀そうな人だよ。

 そもそも飯富虎昌おぶとらまさは父信虎と戦って負けて武田家に臣従した。

 負けて許されて命拾いしたと思ったら、負けた相手にこき使われる。

 その辺はどう考えているのだろう?


 歴史書によると……後に飯富虎昌おぶとらまさは武田信玄を暗殺しようとするのだ。

 そう、武田信玄=俺の暗殺未遂事件を起こす。かなり先の話だけれどね。


 飯富虎昌おぶとらまさの第一印象は武闘派でさっぱりした性格に思えるけれど、実は腹に一物ありそうだ。

 だから父信虎を本当のところどう思っているのか……。


 最後に甘利虎泰あまりとらやすだ。

 甘利虎泰あまりとらやすは、父信虎に冷遇されている。

 この三人の中で一番冷や飯を食わされていると言って良い。


 甘利家は名門で祖先を辿れば武田家と同門だ。

 戦国時代は織田信長や豊臣秀吉に代表される『実力の時代』であるけれど、それはごく一部だ。

 大多数は『家』制度の中で動いていて、本家があり分家があり、家老などを務めるのは、その地域の名門武家だ。

 甘利家は武田家の家老格で間違いないのだけれど、なぜか甘利虎泰あまりとらやすは冷遇されている。


 だけど今日、甘利虎泰あまりとらやすに会って原因が分かった。

 無口で愛想がないから父信虎に嫌われたのだ。


 父信虎は強面系武断派こわもてけいぶだんはマッチョ戦国大名なのだが、意外な事にスマートなタイプも好む様だ。

 スマートって体型の事じゃなくて、受け答えとかの事ね。

 弟の次郎、後の武田信繁がこのタイプで、結構お喋りで誰にでもニコニコ愛想が良い。

 父信虎は次郎こと信繁のおしゃべりに目を細めて長時間聞いているのだ。


 甘利虎泰あまりとらやすはその対極だ。

 今日だってまだ一言もしゃべってないし、ニコリとも笑わないし、目も合わそうとしない。

 まあ、俺は甘利虎泰あまりとらやすが非凡な人間だと歴史を通じて知っているから、不愛想な事は小さな欠点に過ぎないけれど……。

 父信虎からすれば『可愛げが無いヤツ』『何を考えているかわからないヤツ』って感じなんだろうな。


 いや、絶対損しているよね。


 だから俺の『働きぶりで評価する』宣言は甘利虎泰あまりとらやすには救いの手だったと思う。『今は冷や飯食いだけれど、若様の時代になればきっと……』なんて具合に希望を持ったと思う。


 さて! ここからだ!


 三人の気持ちをちょっとこちら側に向ける事には成功した。

 だが、俺を『支持する』とまでは気持ちは動いていない。

 ここからアピールしないと!

 出し惜しみなし!

 さあ、あなたの主君はここにいますよ!

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