「太郎様! いかがなされました?」
俺が喜び叫んでいる所に板垣さんが飛び込んで来た。
ああ、驚かしてしまったな。
「ごめん! ごめん! 取引が上手く行ったからさ! それで喜んでいたんだ!」
板垣さんは優しく微笑み落ち着いた口調で話し出した。
「それは良うございました」
「あ、これは俺の小遣いだから、みんなには内緒にしてね!」
「もちろんでございます! その……弟君の事がございますので……自由になる
「うん? 弟?」
俺は武田信玄。
武田信玄の弟というと……。
まず思い浮かぶのが武田
戦国ゲームでも高パラメータの名将。
戦良し、政治良しで信玄を補佐した武田二十四将の一人だ。
それから武田
画家としても名を残している。
二人とも信玄にとって『使える』弟だったと思うけれど、何か問題でもあるのか?
「板垣さん。俺は落馬で記憶がないから、事情を説明して下さい」
「はい……大変申し上げにくいのですが……信虎様は弟君の次郎様を大変可愛がっておられまして……」
「そりゃ自分の子供だから可愛がるでしょう?」
「それが……次郎様に
うん? 家督?
家督って……武田家の相続権の事だよね?
「えっ!? 家督は
板垣さんは滅茶苦茶言いづらそうにしている。
「おい……まさか……板垣さん……俺をお払い箱にするって話?」
「
「ちょっ! 待って! そしたら俺はどうなるの?」
「その……寺で坊主として一生を過ごすか……あるいは……」
「あるいは?」
「その……お命を……」
そう言うと板垣さんは、また口を閉ざしてしまった。
「つまり殺されるとか……何やら言い含められて切腹させられる……とか?」
「まことに申し訳ございません!」
板垣さんは両手をついて謝り出した。
床が涙で濡れている。
「わたくしの
「そんな謝らないで下さい……板垣さんのせいじゃないですよ……」
ハア……ため息が出てしまう。
俺ってそんなに微妙な立場だったんだ。
数日の付き合いだけれど、板垣さんは真面目な人だし傳役としては悪くないと思う。
そうすると俺自身、つまり武田信玄自身に問題があるのか……。
それとも父親の信虎に問題があるのか……。
その両方なのか……。
うーん。どうなんだろう?
俺は戦国ゲームレベルの知識しかない。歴史に詳しい訳じゃないから、その辺りの事情はわからないな。
「うーん。それでさっき板垣さんが言っていた『自由になる金は有効に使え』って話だけど、あれはどういう事? その金で逃げろって事?」
板垣さんはキッと顔を上げた。
目は赤いが表情は締まっている。思わず俺も
板垣さんは声を
「自由になる金子があれば、色々と出来る事がございます」
「出来る事?」
「はい。恐れながら御父上の信虎様は、いささか乱暴な所がございます。また、人の好き嫌いも激しく、成果を上げながらも遠ざけられた者も
「きちんと仕事の評価が出来ていないって事ね?」
「左様でございます。それゆえに……信虎様に反発を感じる者も多ございます」
なるほど。わかる話だ。
前世でも好き嫌いだけで部下を評価する上司がいたな。
気に入られれば天国だけど、嫌われたら地獄だ。職場の居心地が悪くなる事間違いなし。
そりゃ信虎パパもさぞかし嫌われているだろう。
「ふむ。わかる話だね。続けて」
「ゆえに
「ふうん。反対の理由は何なの? 信虎……父上が気に入らないから、父上の言う事に反対するってだけじゃ、それこそ好き嫌いだよね? やっている事は父上と同じだよね?」
「もちろん理由はございます。一度定まった何の
「そうか……。次は自分の家の跡取り問題で同じ事が起こるかもしれないし……。もっと言えば父上が理不尽に口を出すかもしれない……。そう考えると確かに不安だな」
信虎やりそう。
武田信虎って
だけど俺自身、武田信玄自身に問題は無いのか?
「板垣さん。俺自身に問題はないの? 武田家の当主をやるには能力的に劣るとか? 弟の次郎の方が優れているとか?」
「いえ! そのような事はございません!」
「そうか……。なら俺の
「お味方を増やすのにお使いなさいませ!」
板垣さんはピシャリと言い切った。
味方を増やす……?
はい、はい……多数派工作って事ね……。
「なるほど……武田家中に俺を支持する人間が増えれば、父上も俺を廃嫡できなくなると?」
「左様でございます。先程申し上げた通り、恐れながら信虎様に反発を覚える者は多ございます。その者達を取り込めば……」
「俺の武田家中での立場が強化されるな!」
「然り!」
うん、板垣さんの話に乗ろう。
塩を売って得た金は工作資金だ。バラまいてしまえ!
正直、多数派工作とか
けれども自分の命や立場がかかっている!
自分で稼いだ金で、自分の命と立場を買おう。
「よし! やろう! 板垣さんも力を貸して!」
「しっかと
こうして俺の金はポテチとコーラではなく、多数派工作に使われる事になった。
多数派工作なんてやった事がなくて不安だが、忠臣板垣信方さんが支えてくれるだろう。
何と言っても武田四天王の一人だからな。