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第3話 廃嫡されそうな事、ゴミの如し

「太郎様! いかがなされました?」


 俺が喜び叫んでいる所に板垣さんが飛び込んで来た。

 ああ、驚かしてしまったな。


「ごめん! ごめん! 取引が上手く行ったからさ! それで喜んでいたんだ!」


 板垣さんは優しく微笑み落ち着いた口調で話し出した。


「それは良うございました」


「あ、これは俺の小遣いだから、みんなには内緒にしてね!」


「もちろんでございます! その……弟君の事がございますので……自由になる金子きんすは有効にお使いください」


「うん? 弟?」


 俺は武田信玄。

 武田信玄の弟というと……。


 まず思い浮かぶのが武田信繁のぶしげだ。

 戦国ゲームでも高パラメータの名将。

 戦良し、政治良しで信玄を補佐した武田二十四将の一人だ。


 それから武田信廉のぶかども信玄の影武者をやっていた事で有名だ。

 画家としても名を残している。


 二人とも信玄にとって『使える』弟だったと思うけれど、何か問題でもあるのか?


「板垣さん。俺は落馬で記憶がないから、事情を説明して下さい」


「はい……大変申し上げにくいのですが……信虎様は弟君の次郎様を大変可愛がっておられまして……」


「そりゃ自分の子供だから可愛がるでしょう?」


「それが……次郎様に家督かとくを譲りたいと……」


 うん? 家督?

 家督って……武田家の相続権の事だよね?


「えっ!? 家督は嫡男ちゃくなんの俺がぐんじゃないの!?」


 板垣さんは滅茶苦茶言いづらそうにしている。

 眉根まゆねにシワを寄せてじっと下を向いている。


「おい……まさか……板垣さん……俺をお払い箱にするって話?」


くちせるのもはばかるる事ながら……信虎様は太郎様を廃嫡はいちゃくし、次郎様に家督を継がせたいと公言しております……」


「ちょっ! 待って! そしたら俺はどうなるの?」


「その……寺で坊主として一生を過ごすか……あるいは……」


「あるいは?」


「その……お命を……」


 そう言うと板垣さんは、また口を閉ざしてしまった。


「つまり殺されるとか……何やら言い含められて切腹させられる……とか?」


「まことに申し訳ございません!」


 板垣さんは両手をついて謝り出した。

 床が涙で濡れている。


「わたくしの傳役もりやくとしての力が無いばかりに! まことに……まことに……ウッ……ウウ……」


「そんな謝らないで下さい……板垣さんのせいじゃないですよ……」


 ハア……ため息が出てしまう。

 俺ってそんなに微妙な立場だったんだ。


 数日の付き合いだけれど、板垣さんは真面目な人だし傳役としては悪くないと思う。


 そうすると俺自身、つまり武田信玄自身に問題があるのか……。

 それとも父親の信虎に問題があるのか……。

 その両方なのか……。


 うーん。どうなんだろう?

 俺は戦国ゲームレベルの知識しかない。歴史に詳しい訳じゃないから、その辺りの事情はわからないな。


「うーん。それでさっき板垣さんが言っていた『自由になる金は有効に使え』って話だけど、あれはどういう事? その金で逃げろって事?」


 板垣さんはキッと顔を上げた。

 目は赤いが表情は締まっている。思わず俺も居住いずまいを正す。

 板垣さんは声をひそめて話し出した。


「自由になる金子があれば、色々と出来る事がございます」


「出来る事?」


「はい。恐れながら御父上の信虎様は、いささか乱暴な所がございます。また、人の好き嫌いも激しく、成果を上げながらも遠ざけられた者もおおございます」


「きちんと仕事の評価が出来ていないって事ね?」


「左様でございます。それゆえに……信虎様に反発を感じる者も多ございます」


 なるほど。わかる話だ。

 前世でも好き嫌いだけで部下を評価する上司がいたな。

 気に入られれば天国だけど、嫌われたら地獄だ。職場の居心地が悪くなる事間違いなし。

 そりゃ信虎パパもさぞかし嫌われているだろう。


「ふむ。わかる話だね。続けて」


「ゆえに正嫡せいちゃくの太郎様を廃して、弟の次郎様に家督を譲る事に反対の者も多ございます」


「ふうん。反対の理由は何なの? 信虎……父上が気に入らないから、父上の言う事に反対するってだけじゃ、それこそ好き嫌いだよね? やっている事は父上と同じだよね?」


「もちろん理由はございます。一度定まった何のとがも無い嫡男を廃嫡するなど、物事の筋道を外れております! そのような事が主家でまかり通っては、下の者は不安でたまりません」


「そうか……。次は自分の家の跡取り問題で同じ事が起こるかもしれないし……。もっと言えば父上が理不尽に口を出すかもしれない……。そう考えると確かに不安だな」


 信虎やりそう。

 武田信虎ってが強くわがままなイメージがあるもんな。


 だけど俺自身、武田信玄自身に問題は無いのか?


「板垣さん。俺自身に問題はないの? 武田家の当主をやるには能力的に劣るとか? 弟の次郎の方が優れているとか?」


「いえ! そのような事はございません!」


「そうか……。なら俺の廃嫡はいちゃくは不当な扱い……かもしれない……。それとお金の使い道にどういう関係が?」


「お味方を増やすのにお使いなさいませ!」


 板垣さんはピシャリと言い切った。

 味方を増やす……?

 はい、はい……多数派工作って事ね……。


「なるほど……武田家中に俺を支持する人間が増えれば、父上も俺を廃嫡できなくなると?」


「左様でございます。先程申し上げた通り、恐れながら信虎様に反発を覚える者は多ございます。その者達を取り込めば……」


「俺の武田家中での立場が強化されるな!」


「然り!」


 うん、板垣さんの話に乗ろう。

 塩を売って得た金は工作資金だ。バラまいてしまえ!


 正直、多数派工作とか派閥はばつ形成とかメンドイ。

 けれども自分の命や立場がかかっている!

 自分で稼いだ金で、自分の命と立場を買おう。


「よし! やろう! 板垣さんも力を貸して!」


「しっかとうけたまわりました!」


 こうして俺の金はポテチとコーラではなく、多数派工作に使われる事になった。

 多数派工作なんてやった事がなくて不安だが、忠臣板垣信方さんが支えてくれるだろう。

 何と言っても武田四天王の一人だからな。

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