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第20話 旅立ちの朝

 北部王領への出発は十日後になった。


 この異世界は一週間という概念はなく、五日区切りで時期を決める事が多い。

 五日では準備が整わないので十日後になったのだ。


 俺としては、体一つで北部王領へ行っても良いのだけどね。

 転移魔法とアイテムボックスがあるから、何か必要になったら後宮に転移してアイテムボックスへ入れてまた戻れば良い。


 じいは王宮から支度金という名目で、金貨五百枚を引っ張って来た。

 日本円換算だと五億円位か、結構な大金だ。


「じい、ご苦労様、ありがとう」


「お気遣い恐れ入ります。しかし、北部王領を開発するとなると、金貨五百枚ではいささか心許ないです」


 ふむ。なるほど。

 個人の資産としては金貨五百枚、五億円は大金だけれど地方自治体の予算と考えると確かに多くはないかもしれない。


 北部王領は元流刑地で人が住んでいるかどうかもわからない土地だ。

 最悪無人の状態で、ゼロから土地を耕さなくてはならない。

『人を雇います』、『道路を作ります』、『家を建てます』、とお金を使っていたら、あっという間になくなってしまうかもしれない。


「じい、心配するな。お金なら冒険者活動でたっぷり貯め込んである」


『王国の牙』として、ドラゴンを倒したり、ダンジョンを踏破したりした五年間で、恐ろしいほど稼いでしまった。

 稼ぐそばからアイテムボックスに放り込んでいるので、自分がいくらお金を持っているのか数えた事がない。


 だが、いつまでも貯金を切り崩すわけにもいかない。

 新しい領地、北部王領に着いたら、領地経営を真剣に考えよう。領地を開拓して、豊かな土地にする。住人を増やして、さらに開拓を進める。女神ジュノー様からの依頼達成にも近づく。がんばろう!



 準備期間は、じいや侍女たちは忙しそうだが、俺は暇だった。

 来客もまったくない。


 というのも、王宮内で俺の良からぬ噂が流れたからだ。


「アンジェロ王子は流刑地に追放された!」


 誰だよ! こんな噂を流した野郎は!

 どうせ第一王子派、ポポ兄上の派閥の連中が宮廷内で流言工作したのだろう。

 この噂のせいだろうが、つい先日まで、しつこく勧誘して来た軍部の連中も来なくなった。

 まったく貴族って連中は……。



 だが、捨てる神あれば拾う神あり。

 母方の祖父が経営しているアドニス商会から、従兄いとこのジョバンニがついて来てくれる事になった。


「アンジェロ様、それでは食料品の買い出しに行って参ります」


「頼みます。荷車に積んでおいて貰えば、荷車ごとアイテムボックスに入れて移動出来るから」


「かしこまりました!」


 ジョバンニは俺より八つ年上の十八才で、商人として一通りの仕事は出来るそうだ。

 細身で長身、金髪をオールバックにした優男系ハンサムって感じだ。


 いや~ホント、乱暴なポポ兄上よりも、従兄のジョバンニの方が頭の良い優しい兄貴って感じで好きだな。

 ジョバンニを付けてくれたじいちゃんには感謝だね。


 行った先で何があるかわからないので、念の為、食料品を買い込んでおいて貰う。小麦粉、野菜、肉を中心に、ワイン、チーズなどの嗜好品もお願いした。

 ジョバンニが働き者で、正直、助かる。北部王領へ行ってからも経済関係でアテにさせて貰おう。




 そして十日経ち、出発の朝を迎えた。



 迎えた!



 迎えたのだが……。


「じい、これ、どういう事……」


「申し訳ございません」


 後宮の広場には沢山の荷馬車が荷物を満載にして止まっている。

 タンスや机など家具類を積んだ馬車もあれば、木箱を満載にした馬車もある。


 だが、荷馬車だけなのだ!

 人も、馬も、いない!


 ここにいるのは、俺、じい、ルーナ先生、従兄で商人のジョバンニだけだ。

 北部王領へ一緒に行くはずの召使いたちがいないのだ。馬車を動かす御者や護衛の兵士もいない。

 全員で五十人を超えると聞いていたのだが……。


「じい! 怒らないから、正直に言ってくれ! これはどういう事?」


「はっ、はい。その……全員逃げました……」


「逃げた?」


「先ほど召使いや御者、兵士の代表から話がありまして、元流刑地には行きたくないと。そんな所に行くくらいなら、辞める。追放された王子にはついて行けないと申しまして……」


「それは……、仕方ないな……」


 まあ、気持ちはわかる。

 王都の後宮勤めから、僻地の元流刑地勤め。それも落ち目の第三王子付きじゃあな。嫌だよな。


「じゃあ、馬は?」


「はい。馬は王宮の物だから連れて行くなと、急に言われまして」


「嫌がらせだな……、第一王子派閥の奴らか……」


 きっと召使いたちも第一王子派閥の人間に取り込まれたのだろう。

 じいは恐縮しているが、これはじいの責任じゃないな。


「いいよ。じい。それじゃあこの四人で北部王領へ行こう」


「えっ!? アンジェロ様! それでは身の回りをお世話する人間が……」


「俺は冒険者でもあるのだ。冒険者の時は全部自分でやっているよ」


「じい殿、心配はいらん。アンジェロは一人で何でも出来る」


「ルーナ先生の言う通りだよ。野営もザコ寝もへっちゃらさ!」


 こうして俺たちは、四人で北部王領へ旅立つ事になった。

 馬のない荷馬車は、荷馬車丸ごと俺のアイテムボックスに収納し、馬車でなく、歩いて王宮を出る。


 王宮の城門を出ると後ろから笑い声が聞こえた。


 振り返ると、城壁の上からポポ兄上が俺をあざ笑っていた。

 ポポ兄上の周りにいる腰ぎんちゃく――第一王子派貴族の師弟たちも一緒になって俺を冷やかす。


「おお! アレを見ろ! 王子が追放とは、なんと哀れな!」

「従者も護衛もなく、たった四人とは!」

「それも馬車でなく、歩いて王宮を出るとは……ふう……」

「いやいや、あのお方は王子とは名ばかりの平民ではないかな? 母親は元平民だぞ」


 ルーナ先生が足を止め、城壁の上の貴族師弟たちを射殺すようににらみつける。


「アンジェロ。どうする?」


「放っておきましょう。言わせるだけ言わせておけば良いです」


「そうか。わかった」


 俺たちは、後ろを見ないように、後ろからの声を気にしないように歩みを進めた。

 ポポ兄上の罵声が、王都に響く。


「平民腹め! 貴様は流刑地へ追放だ! 二度と王宮に戻ってくるな!」


 王都の民が何事かとこちらを見る。

 身なりの良い四人が歩いて王宮から去る姿を見て、同情しているようだ。



 思えば……。


 思えば、王宮での生活は幸せだった。


 優しい母に祖父。

 忙しい父王も橙木宮に、よく顔を出し可愛がってくれた。

 じいも俺を良くサポートしてくれたし、ルーナ先生や黒丸師匠とも出会えた。


 俺の二度目の人生は、幸せな子供時代を送れたのだ。

 ポポ兄上に何を言われようとも、感謝の気持ちで王宮を去ろう。


「ありがとう!」


 東へ、朝日へ向かって歩こう。

 俺の領地があり、新たな人生の幕を開けるのだ。


 王都の大通りを進むと、やがてポポ兄上たちの声は聞こえなくなった。



 *



 アンジェロたちが北部王領へ旅立った夜、フリージア王国宰相エノー伯爵は、自宅で隣国ニアランド王国の大使とワインを酌み交わしていた。


「――という訳で、第三王子のアンジェロ様は北部王領へ向かわれました」


「流石の手並みですな。エノー伯爵!」


 エノー伯爵はニヤリと笑うとガラスの器に入ったワインを飲み干した。

 アンジェロが北部王領へ赴くように仕向けたのはエノー伯爵であった。


「ふむ。うまいワインですな」


「ニアランド西部のワインです。……それで、次期王は第一王子のポポ殿下で決まりですかな?」


「さて、どうでしょう……。私はそのように望んでおりますが、第二王子派閥も勢力がありますからな」


「なるほど……」


 隣国ニアランド王国の血を引く第一王子ポポが王位につく事を、隣国ニアランド王国は望んでいる。

 大使はその為に金銭を含めた様々な支援をエノー伯爵に行っていた。


 隣国の支援を受けて第一王子派閥を大きくし、その中心に自分がいる事で、エノー伯爵は自身の政治影響力を高めた。

 そして、第一王子のポポを王位につけ傀儡として自身がフリージア王国を裏面から支配する。


 エノー伯爵は、そんな未来図を描いていた。


「しかし、アンジェロ王子を追放同然で僻地に追いやる必要がありましたかな?」


 ニアランド大使がエノー伯爵のやり様に疑問を呈した。


「とおっしゃると?」


「アンジェロ王子は稀有な魔法使いと聞きます。魔物の討伐にご活躍されたとか……。手駒にする手もあったのでは?」


「そしてニアランド王国からアンジェロ王子に姫を嫁がせると?」


「いや、これは手厳しい!」


 そう、ニアランド王国としては、第一王子のポポが王位につく事が第一希望だが、アンジェロが王位についても構わないのだ。

 エノー伯爵が言ったように、王族や有力貴族の娘をアンジェロに嫁がせてニアランド王国の影響力を強く残せればそれで良いのだ。


 だが、そうなってしまっては、エノー伯爵は行き場を失ってしまう。

 その為、エノー伯爵はアンジェロを元流刑地の北部王領へ追いやり政治的に抹殺したのだ。


 しばらくエノー伯爵と大使は無言で杯を重ねたが、エノー伯爵が話題を変えた。


「ところで第一王子の派閥に取り込めそうな貴族がおりましてな」


「ほう、それは良いですな」


「ニアランド王国の国境に近い貴族でして、ニアランド王国との交易を求めております」


「ふむ。それでしたら私から口添えいたしましょう」


「ご配慮恐れ入ります」


 エノー伯爵とニアランド王国大使は、第三王子アンジェロは政治的に死んだ。

 そして北部王領で野垂れ死ぬと、この時思い込んでいた。


 しかし、二人が思うよりもアンジェロは状況打開能力があり、周りにはアンジェロを支える仲間がいた。

 その事を二人が思い知るには、まだしばらくの時が必要だった。


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