『北部王領に赴き。当地を治めよ。北部王領は第三王子アンジェロの所領とする』
突然の王命に俺もじいも混乱した。
王命を受けたのも初めてだし、王命の内容も内容だ……。
謁見の間にいた第一王子のポポ兄上がニヤニヤ笑っていたのが気になるが……。
ここで問い
貴族たちがざわつく王宮を後にして、後宮の自室に帰って来た。
北部王領って、どこだろう?
「じい、北部王領ってどこだ?」
「それが、わたくしも……とんと記憶にございませんで……」
じいも知らないのか……。
じいは軍に内政にと色々な部署で仕事をしていたせいで物知りだ。
そのじいが知らないとなると……、むむむ……。
「わたくしは王宮の事務方に詳細を確認して参ります。アンジェロ様は御母上様にご報告下さい」
「わかった。とにかく事情がわからん。時間が掛かっても良いから詳しく聞いて来てくれ」
「かしこまりました。情報を集めて参ります」
さて、俺は母上に報告しよう。
泣いたりされたら嫌だな……。
俺は母上のリアクションを心配していたのだが、意外な事に前向きに捉えてくれた。
「ちゃんと領地が貰えたのね! 良かったわ!」
なるほど、そういう考え方もあるか。
母親が平民出身の俺は立場が弱い。
領地を貰えただけで御の字……、という考え方も確かにある。
「それで、アンジェロ。北部王領ってどこなのかしら?」
「母上もご存じありませんか」
「聞いた事ないわね。王家の領地は、王都から商業都市ザムザまでの一帯と思ったわ」
商業都市ザムザは王都の東、地図でいうと右の方にある。
「商業都市ザムザは北部ではないですよね……」
「ええ、東部になるわ。あそこがフリージア王国の東部国境よ。北部……、王家の領地なんてあったかしら?」
母上が頬杖ついて考えだした。
母上の実家は商人だ。各地から商人がやってくる。だから地理には詳しい。
その母上も北部王領は思いあたらないと言う。
俺は母上の部屋を出て、自室でルーナ先生と話すことにした。
ルーナ先生は、俺個人が雇った魔法の先生という立場になっている。
なので、今回の『北部王領へ行け』という王命には従わなくても構わない。
もう五年も一緒に活動をしているのであまり離れたくはないが……。
こればっかりはルーナ先生の気持ち次第だ。
俺はルーナ先生に王命について話した。
「ふむ。アンジェロも領地持ちか。おめでとう。私もついて行ってやろう」
「良いのですか?」
「弟子の成長を見守るのが師匠の務めだ」
「ありがとうございます!」
嬉しい!
冒険者パーティー『王国の牙』を解散せずに済んだ。
それに北部王領がどんな所かわからない。
ルーナ先生が一緒に来てくれるなら心強い。
「ところで、アンジェロ。北部王領とは、どこだ?」
ルーナ先生も知らないのか……。
「それがわからなくて。じいも母上も知らないそうです」
「私も聞いたことがない。フリージア王国の北部は貴族の領地ばかりだったと思うが……」
「とにかく今じいが詳しいことを事務方に聞きに行っています」
「うむ。じい殿を待とう」
一体どこなんだよ!
北部王領って!
それからしばらくして、じいが何枚か丸めた羊皮紙を抱えて帰って来た。
眉根に深く、深く、シワが寄っている。深刻な話なのか?
「場所を変えよう。俺の書斎で話そう」
俺の書斎は、人の出入りがない。侍女も入室出来ないので、誰にも話しが聞かれない。
俺、じい、ルーナ先生の三人で会議が始まった。
「どうだった?」
「いや……、それが……、何からお話すれば良いのやら……」
「じゃあ、北部王領がどこにあるのか。まずそれから教えてくれ」
「はっ。この地図をご覧ください。北部王領は、ここです!」
じいは抱えていた羊皮紙を机の上に広げた。
フリージア王国の地図だ。
そして地図の上の方を指さした。
「かなり北の方だな……」
「左様でございます。フリージア王国の最北地です」
「王都からは、どうやって行くのだ?」
「まず商業都市ザムザに出ます。そこから街道が北西に伸びているので、ずっと街道を北上して、山脈を超えた所です」
俺達はじっと地図をにらんだ。
北部王領は王都の北東、地図でいうと右斜め上にあるが、森がある為に直通の道はない。
一回商業都市ザムザを経由しなくてはならい。
地図に描かれた道を辿ると、右端まで行って、左斜め上に三角形を描く様に移動して、最後は山越え……。
遠いだけではなく、交通の便もかなり悪そうだ。
俺が考え込んでいるとルーナ先生が質問した。
「して、じい殿。北部王領とは、どのような所なのだ?」
「はぁ~」
じいは深くため息をついた。
どうやら問題のある場所らしい。
「北部王領は……、元流刑地です……」
「流刑地!?」
「流刑地!?」
流刑地って……。
あ! オーストラリアが、昔イギリスの流刑地だった。
日本だと島流しってヤツだな。
「流刑地っていうと罪人を送り込む場所だよな?」
「左様でございます」
「そんな場所があったのか?」
「今は廃止され、放置されております。その辺の事情を聞いて参りました……」
じいの話によると……。
約百年前、フリージア王国の北に人の住んでいない土地があった。
そこに人を送り込んで開拓しようと考えた王様がいた。
だが平民や奴隷を送り込むとお金がかかる。
そこで王様は考えた。
『罪人を送り込んだら勝手に開拓すんじゃね?』
王様は北の土地を流刑地とし、バンバン罪人を送り込んだ。
しかし、十年経っても開拓は進まなかった。
それどころか、流刑にした罪人の中には、流刑地を抜け出して盗賊になる者が出た。
『これはイカン!』
王様は流刑地を廃止した。
その後、廃止された流刑地は放っておかれた。
「――と言った事情でございまして、その放置されている流刑地が北部王領でございます」
「……何というか、ロクな所じゃなさそうだな。そこに人が住んでいるのか?」
「わかりません。王宮も長らく放置していた為、情報がございません」
「私も長く生きているが、この話は初めて聞いた」
「ルーナ殿もですか。わたくしも今回初めて聞きました。これは、たぶん、上手くいかなかった施策ですから……」
「なかった事にしたかった?」
「おそらく」
なるほどね。いわゆる黒歴史ってヤツなのかな。
だからあまりこの話が伝わってないのか。
罪人を放り込んだって、勝手に開拓してくれる訳ないよな。
「なあ、じい。何で急にそんな辺鄙な土地に、俺が行く事になったのだ?」
「どうやら第一王子派閥の差し金ですな。有体に言えば、宰相のエノー伯爵が中心になって動いたようです」
「ああ、あの外交族の……」
「左様です。エノー伯爵としては、隣国ニアランド王国の血を引く第一王子ポポ様に王位を継承させたいのでしょう」
その辺の事情は知っている。
だが、俺は王位継承争いとは距離を置き続けている。
「でも、俺はポポ兄上の邪魔をしていないぞ! 王位に興味がないと言い続けて来たぞ!」
「存在自体が邪魔になったのでしょう。この五年間でドラゴンを何匹倒されましたか? 両の指では数えられない程ではないですか」
「そりゃ……修行で……」
「ダンジョンもいくつ制覇されましたか?」
「えーと十くらいかな……」
「わたくしの記憶が確かなら十五カ所です! それだけ目立てば、第一王子派にとっては目の上のたんこぶという訳でしょう」
「それで元流刑地なんて所に追いやると?」
「そうです」
むう。理不尽だ。
俺は好きにやらせて貰えれば、ポポ兄上が王様になっても一向に構わないのに。
「アンジェロ、じい殿。すまぬ。そんな影響が出るとは、魔法の師匠として、私の配慮が不足していた」
「ルーナ先生に責任はありませんよ。第一王子派の連中が理不尽なだけです」
俺はルーナ先生をフォローすると、腕を組んでむっつりと黙り込んだ。
だいたいだな~。
俺とルーナ先生と黒丸師匠が『王国の牙』として暴れまわったから、ここ数年魔物の被害が減ったのだぞ。
冒険者としての報酬や素材の売却代金から、税金だってたっぷり支払われている。
それをこの扱いは何だ!
「アンジェロ様、如何いたしましょうか? 王命は受けましたが、国王陛下に取り下げて頂くようにお願いする事も出来ますが?」
じいとルーナ先生が、俺をジッと見る。
考える必要はない。
俺の中で、もう答えは出ている
「この話、受けよう」
「よ、よろしいのですか?」
じいはかなり驚いている。
まあ、普通は取り下げてくださいって父上に泣きつくよな。
だけどね……。
「元流刑地だろうが、僻地だろうが、領地は領地だ。俺の好きに出来る。飛行機の開発も進めやすい」
そう。
後宮では俺や母上の立場が弱いから、色々遠慮している部分がある。
だが俺の領地という事なら誰に遠慮する必要もない。
開発費用は、冒険者生活で貯め込んである。
そろそろ開発に着手したいと思っていたから、領地が手に入るのは好都合だ。
「それにな。もう王都のゴタゴタはうんざりだ!」
王位継承争いは兄上たちで勝手にやってくれ。
アンジェロは脱落したと思うなら、それで良い。
「ただし、金は王宮に交渉してくれ。援助金とか、支度金とか、何か名目を付けて出して貰おう。第三王子がそんな辺鄙な所に向かうのだ。それなりの金額を貰って行こう」
「なるほど! 確かにそうですな!」
「なんだったらエノー伯爵に『手切れ金を寄越せ!』と言っても良い。王位継承レースから降りてやるから、たっぷり寄越せとな! ふんだくってこい!」
「かしこまりました!」
言っていて段々と腹が立って来た。
そうだ。遠慮する事はない。
こっちは出て行ってやるのだから、貰うものは貰って行こう。
北部王領、初めての俺の領地だ。
元流刑地でとんでもない所みたいだが、待っていやがれ!