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第240話 悪戯の代償

■その240 悪戯の代償■


 皆さんこんにちは。桜雨おうめちゃんのキーホルダーの『カエル』です。


 放課後の職員室です。三鷹みたかさん、自分の机にうつぶせになって死んでいます。机の表面にくっついている顔は真っ青で、ジャージに包まれた屈強な躰は少しプルプル震えています。


「ほれ、ブラック」


 そんな三鷹さんの顔の横に、梅吉さんが缶珈琲を置きました。三鷹さん、プルプルしながら手に取ると、珈琲の熱さを確かめるように、そのまま止まってしまいました。


「まだ、復活しないんですか? 辛さには、人一倍強いはずですから、辛味じゃなさそうですが…」


 授業から戻って来た笠原先生が、呆れたように言いました。


「本人が、何にも言わないからなぁ~。

 あ、犯人、見つかったみたいよ。あっちで、絞られてる」


 梅吉さんが、自分用に買って来た缶珈琲を啜りながら、顎で指し示しました。そこは職員室の端っこ、応接セットのある空間が、今は衝立ついたてが出されて隔離されています。


「… 小暮先生のクラスの子ですか?」


 衝立の隙間から、小暮先生の横顔が見えました。


「そうみたいね。あの子…」


「毒なんか、入れてません!! 辛子からしもワサビも、不味くなるようなものは、一切入れていません!!」


 犯人の子は、ヒートアップしてきたみたいです。衝立があっても、声が駄々洩れです。


「でも、水島先生、具合悪くなっちゃったんだよ?」


 小暮先生、とっても困った声です。


「なんで、水島先生が食べちゃうんですか?! 私、あの女が食べるようにって、渡してもらったのに!!」


「あの女って、3年の白川さん? 白川さんが食べて具合悪くなってたら、佐幸さこうさん、今頃君は五体満足でいられないよ? まぁ、女の子にそこまでするとは思わないけれど」


 梅吉さんと笠原先生は、衝立の傍の椅子に座って、話を聞いています。そこに、主達がスススっとやってきました。


「お前達…」


 ビックリした梅吉さんに、桃華ちゃんが「シィー」っと、可愛らしい唇の前に人差し指を立てました。皆で、盗み聞きです。


「私と水島先生の邪魔をするんだもの! あの顔が、真ん丸になればいいのよ! 酷いニキビもいっぱいできて、脂ぎって、歯も虫歯だらけになっちゃえばいいのよ! それで、うんと太ればいいんだわ!!」


 凄い声量です。まるで女優さんが舞台の上で怒っているようです。


「だからさ、何入れたの?」


「… 砂糖を混ぜ込んだ練乳です。毒じゃないでしょう?!」


「そっちか!」


 … 三鷹さん、甘いのダメですもんね。衝立の影で聞いていた主達は、三鷹さんがなんで、なかなか復活出来ないのかを納得しました。皆がそっと三鷹さんを見ると、梅吉さんの差し入れの缶珈琲を啜り始めています。


三鷹みたかさん、大丈夫?」


 主がそっと、周りの目から隠れるように三鷹さんの足元に屈んで、小声で声をかけました。


「ああ。空きっ腹だったから、よく効いた。もう、大丈夫だ」


 まだ少し、顔色が悪いです。けれど、鞄からお弁当を取り出して、机に広げました。


「今から食べるの? お夕飯、早めに用意するよ? 胃腸に優しいものにするね」


「いや、まだ採点やまとめの小テストとか、やらなきゃいけないことがあるから、エネルギー切れは困る」


 膝を抱えて見上げる主に、三鷹さんはお箸で出汁巻き玉子を取って見せました。


「それに、これが食べれないのは、悲しいからな」


 力無く微笑んで、ばくん! と一口です。


「… うん」


 主がニッコリ微笑むと、その左右に桃華ももかちゃんと大森さんが来ました。主のマネをして、膝を抱えて屈んでいます。


「水っチが一番好きなのは、出汁巻き玉子なのね」


「惜しいわ。桜雨おうめが作った、出汁巻き玉子よ」


 そう言うと、桃華ちゃんはおもむろに立ち上がって、衝立の中に入ります。その動きが余りにもスムーズ過ぎて、皆はただただ見ているだけでした。


「ちょっと、何なんですか?」


 桃華ちゃんが衝立の中に入って、犯人の子を見ると… 図書室で、主を怒鳴りつけた後輩さんでした。消しゴムのおおまじないをしていた子です。周りの先生達は心配して、中には数人の先生は衝立を覗こうとしましたが、梅吉さんが笑顔で制しました。


「おおまじないちゃん、良い事教えてあげるわ」


 桃華ちゃんは、アタフタする小暮先生には構わず、お呪いちゃんの前に仁王立ちしました。美人の仁王立ちは、迫力あります。


「貴女の作ったマフィン、たとえ桜雨が食べていたとしても、何ともないわよ。ニキビも虫歯も出来ないし、体重だって増えないわよ。なぜかって? そうならない様に、日々努力しているからよ。それにね、怪しい食べ物は、絶対に桜雨や私の口には入らないの」


 入りませんね。過保護軍団というセコムが、しっかり起動していますもんね。


「ふ… ふん! じゃぁ、今度は水島先生の好物を作ってあげるからいいわよ! 私だって、料理は上手いんだから」


 桃華ちゃんの迫力に押されつつも、お呪いちゃんも負けてはいません。


「あ、じゃぁ、私が水島先生の好きなモノ、教えてあげるね」


 それまで静観していた主が、衝立の中に入ってきました。いつも通りニコニコと、優しい口調です。


「な、何よ…」


「水島先生ね、私が作った出汁巻き玉子が一番好きなの。私が、作った… ね」


 ニッコリ微笑む主を、衝立の隙間から見ていた皆は


… 一番、怖い


と、心の中で呟いて、息を飲み込みました。


「水島先生が好きなのは、私が作るご飯。私の味付けが好きなの。教えてあげるよ?」


 ニコニコニコニコ… いつもと変わらない主が、僕も怖いです。


「な… 何よ、何よ、私だって…」


 お呪いちゃんは、今までの勢いを主に削がれて、俯いてしまいました。少し涙声だから、もしかして、泣いちゃったかな? ここで、主は苦笑いしながら溜息をつきました。


「水島先生を好きな気持ち、分かるわ。でも、他の人を巻き込まないでね。あと、食べ物を粗末にするようなことはしないで。食べ物は、人の体や心を作るものだから。とっても大切なものに、憎しみの気持ちを込めないで欲しいの」


 主はいつもの様に優しく話しながら、お呪いちゃんの手を握りました。双子の弟君達に言い聞かせている時と、同じですね。


「憎い人に美味しく無いご飯を作るより、大好きな人に美味しいご飯を作る方が、自分も幸せでしょう? 私は、幸せよ」


「私は…」


 お呪いちゃんが勢いよく顔を上げて、大きな口を開けた瞬間でした。


「ンぐっ…」


 小暮先生が、お呪いちゃんの開いた口に出汁巻き玉子を突っ込みました。… これ、三鷹さんのお弁当から盗りましたね? 後ろの三鷹さん、ものすっごい形相で小暮先生を睨んでますけど、後でどうなっても知らないですよ~


「… 美味しい」


「良かった」


 一瞬、お呪いちゃんの顔がホッコリと綻びました。主も嬉しそう。


「美味しいじゃないいいいいいっっっっ!!」


 けれど次の瞬間、お呪いちゃんはお口をモグモグして絶叫しながら職員室から飛び出して行きました。周りの先生達は、もう言葉もなくただただビックリです。


「勝てないと悟ったわね」


 その後ろ姿を見て、田中さんが呟きます。


「桜雨に勝てるわけないじゃない」


 桃華ちゃんは自分の事の様に大威張り。


「意地悪、しすぎちゃったかな?」


「ぜんぜん。意地悪は、小暮先生でしょ」


 お呪いちゃんの消えた職員室のドアを見ながら、主が心配そうに呟きますが、皆は桃華ちゃんの言葉に頷きました。


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