■その239 悪戯!悪戯?■
商店街のハロウィンイベントから一夜空けた月曜日。もちろん、主達は学校です。けれど、今日の主要教科の授業はテスト返しなので、疲れが抜けていない主と
「なる程、だから、笠原先生も水島先生も、疲れが抜けていない処か、目の周りのクマが濃いのね」
ヨガマットの上、ジャージ姿で基本の安楽座のポーズで座って、ゆっくりと体を伸ばしながら田中さんが言いました。
今日の4時間目の体育は、『ヨガ』です。勉強疲れや就職活動の頭と体をリラックスさせる目的だそうです。
「
そう言う大森さんは、タコさんみたいにグニャグニュです。
この授業は講師の先生にお願いしてあって、2クラスの男女が一緒に受けています。5~6人のグループが半円を作って点在している間を、講師の先生がマイクで解説をしながら歩いていきます。お手本は、正面のプロジェクターに映し出されているんですね。
「正直、痛いわ」
「気持ちいいところまでで、いいらしいわ」
桃華ちゃんも、主も柔らかいですね。大森さんには負けてますけど。
「でも、なんで
「う、腕は、荒れていませんね」
皆で体を後ろにそらすと… 梅吉さん、
「水島せんせ~、なんで顔荒れてんのさ-」
梅吉さんが、意地悪な声で聞きます。
「それは、専用の石鹸で、顔をしっかり洗わなかったからですね」
笠原先生、周りの生徒が『骨格標本がヨガしてるよ』『口から、火、吐けんじゃね?』『腕とか足、絶対伸びるぜ、あれ』とか、色々言われてますよ。
「え-、あれほど坂本さんに、『ちゃんと手順通りやりなさいよ』って、釘刺されたのにぃ~?」
梅吉さんも、柔らかいですね。ポーズを取りながら、さらに意地悪に聞きます。
「悪戯、されたんですよ。ほら、もう終わりますよ」
笠原先生は鼻で笑うと、ちょうどチャイムが鳴りました。約30分のヨガ教室は、温まった体と、心地いい疲労感と、空腹感をもたらしてくれました。
「ヨッシーも水ッチも、授業サボったの?」
廊下は、お昼の準備で行き交う生徒で賑わっています。急がないと、購買のパンやお弁当、無くなっちゃうんですよね。そんな中、皆で教室に戻りながら、田中さんが聞きます。
「商業科の授業が入っていたんですが、簿記検定直前で、追い込み時間が足りないから授業時間をくださいとお願いされたんですよ。確かに、検定に受かれば就職には有利ですからね。こちらの授業は先行していましたから、お断りすることも無いかと」
なるほど… 商業科の生徒さんも、大変なんですね。
「水島先生、昨日、誰に悪戯されたんですか? お顔、けっこう赤くなってますよ。今日、坂本さんに見てもらった方がいいかも」
ヨガでジンワリと出た汗を拭きながら、主は三鷹さんに聞きます。
「… 秘密だ」
三鷹さん、ジッ… と主を見つめた後、プイッと横を向いちゃいました。まぁ、うん… あの時の主は、メチャクチャ寝ぼけていましたからね、覚えてないのも無理はないですよぉ。
「秘密、ですか…」
「白川先輩」
そんな三鷹さんの態度にちょっとシュンとした主でしたが、後ろから聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り返りました。
「良かった、先輩、見っけ。これ、今、調理実習で作ったんです。いっぱい作ったから、良かったら先輩にもお裾分けと思って。先輩がいつも作ってくれるお菓子には、負けると思うんですけど…」
お下げを揺らして駆け寄って来た美術部の後輩さんは、少し大きめの紙袋を差し出しました。エプロンを付けたままだから、授業が終わってすぐ、主を探してくれたんですね。
「嬉しい。ありがとう、頂きます」
主はニコッと微笑んで、その紙袋を受け取ります。
「あと、私の友達の友達からも…。こないだ、先輩に悪いことしちゃったから、お詫びにって。名前、聞く前に、これを預かってきた子が教室から出て行っちゃって、名前を効けなかったんです。
でも中に、メッセージカードを入れておいたから、って言われたから、きっとそこに名前が書いてあると思うんです」
もう一つ、紙袋が出て来ました。
「ありがとう。名前が書いてあったら、私からもお礼を言っておくね」
主が紙袋を受け取ると、後輩さんは嬉しそうに来た道を戻って行きました。
「… 2個目、怪しいわね」
「うん、怪しい」
桃華ちゃんがスッと、主の手から2個目の紙袋を取って開けました。田中さんと桃華ちゃんが、そっと中を覗きます。
「普通の、一口マフィンね」
「メッセージカードなんて、入ってないわよ」
紙袋の中には、一口大のマフィンが4つ入っています。桃華ちゃんと田中さんがじっくり中身を見ていると、三鷹さんが大きな手を突っ込んで、一気に4つ取り出しました。
「三鷹さん、私が貰ったから、1個ぐらい…」
主は、最後まで言えませんでした。
4個の一口マフィンは三鷹さんの大きなお口の中に、ポイポイポイポイと投げ込まれて、ムシャムシャムシャムシャとよ~く咀嚼されちゃいました。
「普通、毒見って1個よね?」
呆れながら紙袋を畳む桃華ちゃんに、梅吉さんが聞きました。
「ロシアンルーレットだったら、どうする?」
「そんな事…」
「あったみたいですよ」
笠原先生の言葉に、皆が三鷹さんを見ました。三鷹さん、何とか飲み込んだようですけど、口元を押さえて眉を寄せて、険しい表情で固まっています。
「後輩さんの方は大丈夫だと思いますが、食べるのは家に帰ってからの方が良いですね。皆さんは、昼食にしてください。水島先生、とりあえず職員室に帰りますよ」
他の生徒が気が付く前にと、笠原先生が皆に教室に戻る様に支持を出しました。梅吉さんが三鷹さんの肩をポンポンと叩くと、青い顔をしながらも、三鷹さんも職員室に向かって歩き出します。
「水島先生…」
「だーいじょうぶ。お兄ちゃんに任しときなさい」
心配する主に、梅吉さんがニコニコ笑いながら三鷹さんの顔を隠しました。
「桜雨、兄さんと笠原先生がいるから、大丈夫よ」
「さ、私達は美味しいお弁当を食べよう!!」
「5時間目、英語よ」
「げー… テスト返ってくんじゃん」
皆は、大丈夫大丈夫と言いながら、主を教室へと連れて行ってくれました。主は皆に心配かけない様に「そうだね」とは言ったものの… 心配で心配で、お弁当を残しちゃいました。