■その238 赤ずきんちゃんと狼男と『トリック・オア・トリート』■
初の試みだった、商店街の『ハロウィンイベント』は、大成功に終わりました。子どもも大人も皆楽しんで、各商店の売り上げも上がり、犯罪者も捕まりました。商店街のイベントスタッフもお巡りさんも、大忙しの一日でした。
僕の主のお家は泥棒さんが入ったので、お巡りさんたちが来て現場検証をしたり、お掃除サービスに来てもらって、泥棒さんが暴れたリビングや喫茶店や花屋さんをお掃除してもらいました。なので、今夜のお夕飯は、竹ちゃんさんのお店です。
竹ちゃんさんのお店、今夜は商店街スタッフの打ち上げ会場になっていて、貸し切り状態です。人数の半分は、仮装したままですね。
そんな主達も、仮装したままです。主達は、泥棒さんを捕まえるためにお家を『提供』したし協力もお手伝いもしたので、皆は大喜びで席を空けてくれました。席は座敷の一番奥、いつもの所です。
今日はメニューを開かなくても、代わる代わる来る皆がご飯や飲み物を持ってきてくれて、たくさんお話しもして… いつの間にか、
「たくさん、遊べたみたいね」
そんな双子君達に、竹ちゃんさんから綿毛布を借りてきてかけてくれたのは坂本さんでした。
「ありがとうございます。坂本さん、ゾンビメイク落としちゃったんですか?」
「残念、もう一回見たかったな~」
桃華ちゃん、本当に残念そうです。
「いつも以上に厚塗りだし、アイメイクは初めてのメーカ-もあったから、できるだけ早く落として、ケアしたかったのよ」
「ゾンビメイク落として、いつものメイクしたの?」
「もちろん。ノーメイクでここに来るわけないでしょう」
坂本さんはウィンクして、
「桜雨ちゃんも桃華ちゃんも、今日はお疲れでしょう?
はい、これ」
「ナチュラルっていってもメイクしたんだから、そろそろ落とした方がいいわよ。
携帯の化粧落としと化粧水、乳液のセットなんですね。
「坂本さん、これ、私達の分しかないですか?
そうですよね。笠原先生もそうですけれど、三鷹さんなんか付け毛? もビッシリくっつけてますもんね。
「やっさしいわ~、
坂本さんは、チラッと三鷹さんを見ました。青年部の人達とお酒を呑みながら、主の様子も見ていたようで、目が合いました。
「桜雨ちゃん、食われない様に気を付けなきゃな」
お酒の入ったグラスを両手に持って、高橋さんが来ました。1つは坂本さんに手渡します。高橋さんは、まだゾンビメイクをしたままです。
「私が赤ずきんだから?」
キョトンと聞く主の肩を軽く叩きながら、桃華ちゃんが首を振って言いました。
「桜雨は分からなくていいの。分からないで欲しいわ。でも、サクさんもメイク落とさなきゃ」
「俺? このまま帰って、明さんを驚かすんだ」
高橋さんはニシシシと笑いながら、お酒をグイっと煽りました。
「桃ちゃんが教えてくれないらな、後で三鷹さんに聞くもん。
そう言えば、今日、工藤さん見てないですね。保育園、日曜日はお休みですよね?」
三鷹さん、教えてくれますかね?
高橋さんの恋人の工藤さんは熊さんみたいに大きな人で、商店街の中にある保育園で先生をしています。
「遠足の下見でお出かけ。しかも、姉妹園の分もだから二か所の下見。
たぶん、もう帰ってるよ。ゆっくり風呂入って、資料作りしてるんじゃないかな?」
「ほら、高橋の顔はどうでもいいから、2人はメイクを落としてらっしゃいな」
坂本さんに促されて、主と桃華ちゃんは洗面所で入念にメイクを落としました。
お店での騒ぎは2時間もすれば、少しづつ少しづつ帰る人が出て来ました。主と桃華ちゃんも、前日から子ども達へ配る用のクッキーを大量生産していたり、今朝も早くから笠原先生や高橋さん達のメイクをしたりと、色々忙しかったので…
「三鷹、笠原、お姫様達が限界よ」
主と桃華ちゃん、双子君達の横でウトウトしています。青年部の酔っ払いに絡まれていた三鷹さんと笠原先生に、坂本さんが助け舟を出してくれました。すかさず高橋さんがお酒を片手に、三鷹さんと笠原先生の代わりに参戦します。
「んじゃ、帰るか」
だいぶ着崩れしたバンパイアの修二さんが
「水島セ・ン・セ、送り狼はダメよ」
ウトウトしている主を抱き上げた三鷹さんに、坂本さんがコソっと耳打ちしました。
「…」
「ちょっと、何とか言ってくれないと冗談にならないじゃない。まぁ、気を付けて帰りなさいよ」
三鷹さんは坂本さんに言われても、腕の中で安心しきって寝息を立て始めた主を、ジーっと見つめていました。そんな三鷹さんの背中を、坂本さんがパンパンと叩きました。そして、笠原先生にオンブされた桃華ちゃんに、勇一さんのマントをかけてくれました。
「高橋、ボディーガード」
そして、青年部の皆さんと盛り上がっている高橋さんに声をかけました。
「梅吉達、皆大事なモノ抱えてるから、あんたがボディーガードして行きなさい」
「了解でーす。んじゃ、諸先輩方、お先っす」
坂本さんに言われると、高橋さんはサササっと帰り支度をして、先頭に立ってお店を出ました。高橋さん、けっこうな量のお酒を吞んでいましたけど、足取りはすんごい確りしていますね。
こうして、主達のハロウィンイベントは終わりました。… の、はずでした。
「
無事家に着くと、三鷹さんは抱っこしていた主を、そっとベッドに寝かせてくれました。部屋のドアは、修二さんに言われた通り開けっぱなしです。 ベッドの横に膝をついたまま、三鷹さんは主の髪を撫でようとして、主が赤いずきんをかぶったままだと気が付きました。そっと首元のリボンを解いて、その指で主の頬をなぞります。狼の付け爪で、主の肌を傷つけない様に、ゆっくりゆっくりと…
「…
ぽやん… と目を開けた主が、自分の頬をなぞる三鷹さんの指を、そっと
「俺の赤ずきん、ゆっくりお休み」
三鷹さんは自分の指を掴む主の指に、軽く唇を付けながら主を見ます。
「… トリック・オアトリート?」
少しだけ、三鷹さんの方に顔を向けた主は、寝ぼけ眼で聞きました。
「トリック」
「はい」
三鷹さんが悪戯を選んだ瞬間、主はちょっとだけ首を伸ばして、三鷹さんのホッペ… 狼の付け毛が生え始めている所に、軽く唇を当てました。
「悪戯、しちゃった」
えへっ… って、ふんにゃり笑った主は、そのまま夢の中へ。悪戯された三鷹さんは、その悪戯と笑顔のあまりの破壊力に、確り固まってしまいました。
「ハイハイ、本当の狼になる前に、帰りますよ。まだ、お仕事が残っていますからね」
そんな三鷹さんを、桃花ちゃんをベッドに寝かせた帰りの笠原先生が、引きずって帰って行きました。