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第236話 死神のお仕事

■その236 死神のお仕事■


 皆さん、こんにちは。笠原です。

 晴天の今日は、商店街のイベントを利用した地域の害虫駆除日。商店街の青年部で組まれている自警団のグループLINEには、イベント開始早々から、順調に駆除報告が入って来ています。これまで被害に気づかずに過ごしてきていたのか、最近の引っ越しシーズンで一気に増えたのかは警察の取り調べに任せるとしても、盗撮、スリ、痴漢、下着泥棒…。よく短時間でこれだけ、捕まえられたものですね。犯罪者がバカなのか、自警団が優秀なのか、まぁ、どちらにしても子ども達に害がないようにしないと。


「と… トリック・オア・トリ-ト」


 思い思いにハロウィンの仮装をした子ども達は、喫茶店と花屋の間に立つ男にビクビクしながらも、声をかけてきます。真っ黒なフ-ドとロ-ブで全身を包み、あらわになっている顔と大釜おおかまを持つ手には、とてもリアルなスカルメイク。子どもに声をかけられると、腕に下げた大釜から、可愛らしく小包装された包みをその小さな手に渡す… これが、今日の私の仕事。ハッキリ言って、疲れています。一昨日終わった中間テストの採点で、ほぼ徹夜状態です。


「はい、スタンプはこっちよ」


 それでも、毎週あることではないからと、自分を言い聞かせ動かしているのは、隣でイベントスタンプを押してあげているシスターが居るからですね。

 長く艶やかな黒髪をベ-ルにしまい、しなやかな乙女の体を修道服に納めているシスターは、俺を見て怯える子ども達に優しく声をかけます。


「シスター、悪い事したら、この死神さんにお仕置きされる?」


 ナマハゲではありませんよ?


「死神さんはね、死んじゃった人の魂を、迷子にならないようにあの世に連れていってくれるのよ。見かけは怖いけど、優しいのよ」


 以前は痩せすぎて骨格標本と言われていましたが、引っ越しをしてバランスのいい食事を食べられるようになってからは、そこそこ肉もついて肌や髪の艶も良くなりました。が、今日のスカルメイクをしながら、白川が呟いていましたね。


「先生、骨格もしっかり出ているし、徹夜で顔色悪いしクマも酷いから、素顔でも行けそうですね」


 そんな事を言いながらも、さすがの腕前で仕上げてくれましたが… ここまで子ども達に怖がれるとは、想定外でした。


「4人、入りました」


 不意に、傍に置いてあるトランシーバーから連絡がはいりました。さて、これから今日の本番ですね。


「死神さん… ありがとう」


 中には、びくびくしながらも、お礼を言ってくれる子もいます。


「中身も骨なの?」


 そう言いながら、ローブを捲ろうとした子もいましたが


「お菓子貰ってるのに悪戯する子は、死神さんにお仕置きされちゃうわよ」


 そんな子ども達には、シスターが可愛らしいウインクでスタンプを押していきました。

 トランシーバーの連絡から5分もすると、喫茶店の中が不意に騒がしくなりました。


桃華ももか、子ども達を下げてください」


「はい」


 シスターと一緒に、子ども達を花屋と喫茶店から距離を取らせると、間髪入れずに花屋の奥からバンパイアとお粗末なゾンビがもみ合って飛び出してきました。いや、ゾンビがバンパイアに殴られながら逃げ出て来た、が正解ですね。


「モンスター戦争だ!」


「バンパイア、カッコいい!!」


 おやおや、修二さん、なかなか人気あるじゃないですか。


 喫茶店からは、2人の狼男と、1人のゾンビが出て来ました。こちらも無傷ではありませんが、お客さんが居る店内を逃げてきたせいか、軽症ですね。


「おい、逃げるぞ!!」


 狼男の一声で、4人のモンスターは散り散りに逃げようとしますが…


「甘いんですよ」


 大釜に入っているのは、クッキーだけではありませんよ。今日の獲物は『クラウンモデル ホップアップエアリボルバー No.20 S&W M629 8インチ 』のシルバーです。素早く構えて、トリガー(引き金)を引きます。乾いた音を立てて発射されるBB弾は、全弾外れることなく犯人たちの足を止めました。


「いってー!!」


「ちょっ! まっ! いて!」


「おら、ドロボーども、大人しくしやがれ!」


 痛がる泥棒を、喫茶店から追いかけて来た梅吉と佐伯と、修二さんが投げ倒して素早く縛り上げます。


「いて! いっ! いや! ごめ! ごめんなさい!!」


 もう一人は、誰か一人の手があくまで、弾を打ち込みます。俺は全体を観察しないといけませんから、駆け寄れないのですよね。


「泥棒だって」


「バンパイア、メチャクチャつぇぇぇぇぇ」


「ってか、死神のお仕置き、こえー」


「死神、鎌じゃなくてエアガン使いこなしてる。カッケー」


「これ、何かの撮影じゃないの?」


「え? テレビカメラ、どこ?」


「良い子はマネしちゃ駄目よ。あの死神さんだから、出来る技ですからね」


 ザワザワする子ども達にシスターが優しく言い聞かせながら、クッキーを配ってスタンプを押していきます。

 最後の一人を、梅吉が縛り上げると、俺もモデルガンを大釜にしまって、クッキー配りを再開しました。


「美味しいクッキーが欲しければ、良い子にしてることですね」


 が、子ども達の興奮はなかなか冷める事はなく、クッキーを受け取る子ども達の視線が、先程とは全く違うものでした。

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