■その230 可愛い?可愛くない?それは焼きもちのなせる業■
もうすぐ11月になる空は、5時前なのにすっかりお日様は落ちて、気温も下がっていました。
高橋さんに髪や顔を整えてもらって、すっかりリフレッシュした主は、それでも少しぎこちなく、
主達の足元で、落ち葉がカサカサと遊ぶ音が聞こえて、周囲からも聞こえて、主はちょっと楽しくなりました。等間隔の街灯の明かりが、カサカサ動く落ち葉にスポットライトの様に光をあてているから、まるでダンスホールみたいです。
「今年も、神社の
「茶碗蒸しと、焼き銀杏」
秋と言えば、銀杏なんです。毎年、商店街にある神社の神主さんが、神社に落ちた銀杏をお裾分けしてくれるんです。嬉しい事に、綺麗に処理した種だけ。あれ、食べるのは種の中身だから、果肉が付いていると処理するのが大変で、主も何回かやっていましたけどその度に大変そうでした。
神主さんは、「い~っぱい落ちるから、食べきれないんだよ」って、毎年お裾分けしてくれるんです。
「食べすぎちゃ、ダメよ。お弁当にも、入れてあげるね」
銀杏、あまり食べすぎると、中毒症状が出ちゃうんですよね。主に釘を刺されて、三鷹さんは静かに頷きました。
「弁当、いつもありがとう」
「… うん」
主、喧嘩しちゃった日の朝を思い出して、ちょっと俯いて小声で答えました。
「もう、作ってくれないかと思った。あの日、出汁巻き玉子が食べられるのがこれで最後かと思ったら、なかなか食べれなかった」
「バカ」って言われて、中身の入ったお弁当を、主に投げつけられましたもんね。主、それを謝ろう謝ろうと思ってて… 結局、まだ謝っていないんです。だから、この話題になると三鷹さんのお顔が見れないんです。でも、「ごめんなさい」するって、決めてはいたんです。主、今がその時ですよ!
頑張って!!
「あの時は… ごめんなさい。私、
三鷹さんは握っていた手にギュっと力を込めて、珍しく速足で主を引っ張って歩き出しました。主、殆ど走っています。一歩の歩幅が、まったく違いますもんね。
「それは違う。
三鷹さんは言いながら、ズンズン人気のない方へと進んで行きます。
「こんな小さな体で、家族のために頑張りすぎなぐらい、頑張ってる。
それは、皆分かってる」
三鷹さんの言葉は聞こえているんですけれど、三鷹さんのペースに付いて行くのが精一杯で、主は頷くことしかできません。それでも、前を進む大きな背中を見て、主はドキドキしています。いつもより強い力に、ドキドキしています。
「だから皆、あの時はもう少し、桜雨に頼って欲しかったんだ」
三鷹さんは子ども達が帰った公園に入ると、スピードを落としました。主はまだ引っ張られながら、少し先に見える繋いだ手を見つめて、呼吸を整えるように深呼吸しています。
ここは、よく秋君のお散歩で来るところで、子ども達が喜ぶ遊具はもちろん、町会の人達がお世話をしている数個の花壇や、何十本もの背の高い樹や、かくれんぼに丁度いい低樹も沢山あります。
「急がせて、悪かった。疲れたろ?」
ようやく止まった所は、街頭に照らされて色とりどりのビオラが咲いている花壇の前。そこにある木製のベンチに、三鷹さんは主を促してくれました。手は、繋いだまま。
「ビックリしちゃった」
主はベンチに座って、大きく息を吐きました。
「ビックリ?」
三鷹さんが隣に座ると、主は繋いだままの手を見つめて、恥ずかしそうに答えます。
「三鷹さん、いつも私に合わせてくれてるでしょ? 歩くスピードも、繋いでくれる手の強さも… だけど、さっきは付いて行くのがやっとだったし、あんなに強く引っ張られたのは初めてだったから…。それと、いつもは、隣にいてくれるのに今日は背中を追いかけたから…。いつも、こんな大きな体に包まれてるんだなって思ったら、ドキドキしちゃった」
三鷹さん、反射的に主をギュって抱きしめました。
「桜雨、自分がどれだけ俺を惚れさせているか、自覚してくれ」
三鷹さん、主の髪をかき分けて、細く白い首元に顔を埋めます。暴れ出そうとする欲望を我慢して我慢して、絞りだした声で囁きます。
「帰宅した時、
焼きもちですね。
「輝君、赤ちゃんなのに?」
首元に当たる呼吸の熱さ、いつもより近く感じる三鷹さんの体温… 主はいつもと違う三鷹さんが、少し怖くなってきました。
「輝は、俺じゃない」
相手は、まだ1歳にもなってませんよ?
「俺だって、まだ桜雨と一緒に風呂に入った事も、胸を…」
「み、三鷹さんのエッチ!!」
三鷹さんの腕が主の腰から少し下がり始めた瞬間、主は力一杯、三鷹さんを押しました。主の力は、三鷹さんの体を少し動かすだけでしたけれど、効果はありました。
「あ… 悪い…」
少し押されて、三鷹さんが主の顔を見ました。主、少し怖くなって、ちょっとだけですけど、瞳に涙が滲んでいます。
「その… すまない」
三鷹さん、パッと主から放れて、頭を抱えて激しく反省し始めました。そんな三鷹さんを見て、主は落ち着きました。
「押しちゃって、ごめんなさい。三鷹さん、いつもとちょっと違うから… 少しだけ、怖かったの。… あのね、私も焼きもち焼いてたの。最近、三鷹さん、松橋さんと仲が良いでしょう? 何をお話ししてるのかなぁ… って」
眉間の皺の原因、それですか。
「… 怒らないか?」
三鷹さん、頭を抱えたまま、腕の隙間からチラッと主を見ます。
「… うん?」
「呆れないか?」
「… うん?」
「嫌わないか?」
「… うん」
三鷹さんにしては、珍しくウジウジしてますね。
「クリスマスに貰ったウサギ…」
「縫いぐるみの?」
「そのウサギを桜雨だと思って、毎日抱きしめてて… 抱きしめすぎて、厚みが無くなったから、どうすれば元に戻るか松橋に聞いていた。手芸部の部長だから」
あー… なるほど。
「今みたいな力でギュッてしてたから、ウサギさんつぶれちゃったのね。
治った?」
主はウサギの縫いぐるみを抱っこする三鷹さんを想像して、クスクス笑いました。こんなに大きな人が、大きいと言ってもウサギの縫いぐるみを、ぎゅって抱っこしてるんですもんね。
「… 何とか」
「良かった」
主はニコッと笑った後に、三鷹さんから視線をずらして恥ずかしそうに聞きました。
「… 卒業したら、お風呂… 一緒に…」
「入る!」
主が最後まで言う前に、三鷹さんが食いついて来ました。がばっと勢いよく、主の両手を握りしめる三鷹さんは、一生懸命なお顔です。
「… わ、私、皆みたいに胸が大きくないけど…」
「知ってる」
三鷹さんの勢いに驚いた主の発言も、問題ありです。しかも、輪をかけて三鷹さんの返答も…
「バカ!」
主は恥ずかしさでお顔を赤くして、ハッキリ確り言いました。お弁当箱を投げつけられませんでしたけれど、またまた「バカ」って、言われちゃいましたよ、三鷹さん。でも、僕も思いますよ、三鷹さんってばバカだな~って。
「悪い、すまない、ごめん、その… いや…」
柄にもなく慌てて謝る三鷹さんに、主はストンと肩の力を抜いて笑っちゃいました。そんな主の笑顔を見て、三鷹さんもホッとして、頬を緩めました。
「今夜のおかずに、出汁巻き玉子を付けて欲しい」
「桃ちゃんが、卵を買ってくれていたらね」
「じゃぁ、帰り、スーパーに寄って行く」
三鷹さんは立ち上げると、主に手を差し伸べました。
「じゃぁ、大きな出汁巻き玉子、作ろうかな」
主はその手を取って、仲良く並んで歩き出しました。