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第229話 可愛い?可愛くない?

■その229 可愛い?可愛くない?■


 大きな鏡に映る僕の主の桜雨おうめちゃんは、ちょっと怒った? 顔です。

 ウッド調の店内は、とても落ち着いていて、余計な飾りも無くて、とてもスッキリ。商店街の通りに面した大きなガラス窓と出入り口には、焦げ茶色の木製ブライドが下がったまま。広い店内に黒い椅子が5つありますが、今、使っているのは主の座っている真ん中と、左隣の桃華ももかちゃんの席だけ。二人はカットケープを巻いた姿で、膝には英語の教科書。明日から中間テストなので、主はいつもの様にお庭で、桃華ちゃんと素振りをしながらの暗記勉強をしていました。そこに、定休日で買い物帰りの高橋さんに声をかけられて、高橋さんのお店まで連れて来られたんです。


「せっかくの可愛い顔が、台無しだ」


 苦笑いしながら、主の毛先を揃えていく高橋さん。隣の桃華ちゃんは、たまたまお店で練習をしていた岩江さんがカットしてくれています。毛先を揃えるぐらいですけれど。


「… 可愛くないです」


 主がポソっと答えると、高橋さんが手を止めて岩江さんを見ました。


「やっべっすよ、この世から可愛い子がいっぱい消えちゃうっすよ」


「ナンパのハードル、ガチ上がんじゃんか!!」


 岩江さんも手を止めて、高橋さんの方を向きます。


「いや、先輩の場合、今でも十分ハードル高いっしょ?」


「お前ね、俺様を誰だと思ってんだよ? ナンパしたら100戦練磨よ?」


 立てた親指で自分を指さす岩江さんに、高橋さんが突っ込みます。


「いや、こないだ見事に鉄拳制裁てっけんせいさいされてたじゃないっすか」


「違う! あれは後ろ髪の美しさに見惚れて声をかけたら… 振り向いた瞬間、ブスだったんだよ。… 思わず、声出ちゃって…」


「「最低」」


 地の底を這うような低い声が、桃花ちゃんと高橋さんの口から飛び出しました。


「いや、マジで髪は綺麗だったんだよ。黒髪ストレートロング! 体型もスリムすぎず、かといってポッチャリでもなく、けれど、そこそこ尻があってだな…」


 岩江さん、鋏を持ったまま、手振りでその女性の体を再現します。


「先輩の好みじゃないっすか」


「だろ!? だから、思わず声かけちゃったんだよ! いつもは、顔を確認するんだけどさ。… 類人猿だった」


 一気に肩を落とした岩江さんに、2度目の突っ込みです。


「「最低」」


 岩江さん、さらに肩を落としました。


「でも、岩江さんの好みのお顔って、どんな感じなんですか?」


 ここですかさず、主が助け舟を出しました。


「好みの顔? ブスじゃなきゃいい。顔より、髪に惚れちゃうタイプだから」


 言いながら、岩江さんは桃華ちゃんのカットを再開します。つられるように、高橋さんも主のカットを再開しました。


「髪?」


「そ、髪。桃華ちゃんみたいな髪が、オレのタイプ。次に、性格。で、その次に顔なんだけど… こないだの子は無理でした」


 悔しそうな顔をしながらも、岩江さんの手つきはとっても優しいんです。


「桜雨ちゃんさ、そんな可愛い顔してんだから「可愛くない」なんて言ったら、世界の女子の9分の8を敵に回しちゃうぜ? 確実に、こないだの子には殴られるよ」


 岩江さんは苦笑いしながら、鏡越しに主を見ました。


「その数字は何処から?」


 思わず聞きたくなるの、分かりますよ桃華ちゃん。


「オレのナンパ経験上から導いた数字」


「まぁ、先輩の彼女いない歴は置いといてさ、俺なんかの100倍、可愛い顔してんじゃん」


 胸を張って答えた岩江さんを流して、高橋さんは主の前髪に入念に櫛を入れます。


「でも、今日は、この皺が気になるかな? 珍しいじゃん」


 高橋さんが言う「この皺」って言うのは、主の眉間の間に出来てるモノでした。確かに、珍しいんですよ。主がずーっと、眉間に力を入れっぱなしなのは。


「勉強、大変? 中間間近だから、大変か」


 聞きながら、高橋さんは素早くカットケープを外して、今度はシャンプークロスを付けました。


「田中さんが丁寧に教えてくれたから、いつもぐらいの点数は取れると思う」


「田中さんて、あのスラッとした、胸の大きい子だろう? 自分も受験生なのに、人に教えられるって、凄いな」


 ビックリしながら、高橋さんは主の髪をシャンプーし始めました。


「うん。田中さん、凄いんだぁ…」


 主は仰向けになってお顔にタオルをかけられて… 温かいシャワーや、高橋さんの指がマッサージするように頭皮を洗ってくれる感触に、半分以上夢心地でした。


 トロンとしたまま、シャンプーの後にお顔を剃ってもらって、マッサージとパックもしてもらって… ブローが終わる頃には、主の眉間の皺は綺麗に消えていました。いつもの主のお顔です。


 さすが、高橋さん!!


 もちろん、隣の桃華ちゃんも綺麗に仕上がりました。


「さ、最後の仕上げは自分でどうぞ」


 高橋さんがイスをクルっと回すと、バックヤードから三鷹みたかさんが出て来ました。主、ちょっとビックリして、少し体が強張りました。三鷹さんは、少し困っているようです。


「言いたい事言わないでブっスーとしてたら、本当のブスになっちゃうぞ」


 コソっと耳打ちした後、高橋さんは軽く主の背中を押してくれました。


「しょうがないから、今日のタイムセールは私が行ってあげる」


 仕上がった髪の感触を指で確かめながら、桃華ちゃんはニッコリ微笑みました。


「… 桃ちゃん、ありがとう」


 主は素直にお礼を言うと、三鷹さんの隣に立って、差し出された手を取りました。




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