■その228 『良い話』と『悪い話』■
「って事があったって、大森さんから話を聞いたわ」
お兄ちゃん思いの
皆さん、こんばんは。梅吉です。
「今年の2年生は、行動力があるねぇ…」
その行動力を、違う方に向けて欲しいんだけどねぇ。あ、レンコン美味しい。
「で、芳賀先生が持って来た話の悪い方が、会社がヤバいって事か。笠原が慌ててないってことは、もう報告されてるわけね。お兄ちゃんが一番最後かぁ~」
なんて、おどけてみるけど、実際問題どうする? 当事者の桜雨は見た所あまりショックを受けてないみたいだけれど…
「会社、倒産決定なのかい?」
腹は減ってるし、頭も披露してるから、とりあえず呑んで食おう。こんな時でも、ビールと飯は美味しいのが救いだよな。
「完全な倒産は免れたらしいんだけれど、新しい社員を雇う余裕はないみたい。私の他にも2人、内定してた人が居たみたいなんだけれど、そっちの方たちにも「ごめんなさい」したって」
まぁ、しょうがないよなぁ…。
「せっかく桜雨ちゃんの絵を気に入って、声をかけてくれたのに。残念だなぁ。で、進路はどうするんだい? 美和さんと修二さんには話したの?」
あの二人なら、桜雨の意思を尊重して、煩い事は言わないだろうけれど。
「配達はそんなに件数がないから、お父さんもお店に居るんだけれど、今日は花束の注文が多いみたいで、なかなか手が空かないみたい」
修二さん、ああ見えて花束のセンスいいんだよな。
「兄さん、話の続きがあるのよ」
うっすらと湯気の立つマグカップを2人分持って、桃華がキッチンから出て来た。紅茶に、少し甘酸っぱい香りが混ざってる。オレンジティーかな?
「続き?」
桃華は1つを桜雨に渡して、そのまま桜雨の隣に腰を下ろして頷く。マグカップを抱え込む様に両手で包んで、顔を見合わせてクスクス笑う二人を見ると、そんなに悪い話でもなさそうだな。
「正社員では雇えないけれど、非正規雇用でイラストや挿絵専門で来てくれないかって。データーや輸送でのやり取りメインで、出社する必要があれば交通費は支給してくれるんですって。社長さん、相当、桜雨の絵に惚れてくれているのね」
桃華が、自分の事の様に喜んで教えてくれた。なるほど、非正規雇用とはいえ、収入はあるわけだ。しかも、在宅でいいなら、
「桜雨は、それでいいのかい?」
「うん。
家族の気持ちも考えると、そうなもかもなぁ…。
「いいと思いますよ。事故の後遺症が急に出ないとも言い切れないですし、何より、家族もその方が安心でしょう」
チラッと隣で呑んでいる笠原を見ると、同じ事を思っていたようだ。
「そう考えると、そこまで悪い話でもないな。会社にとっては、悪い話だろうけど。
そうだ、逆のいい話は?」
「そちらは、俺もまだ聞いていませんね」
あ、そうなの? 笠原と2人で桜雨を見ると、妹達はまた二人して顔を見合わせて、クスクスと笑う。いつも見ていた風景が、今は本当に嬉しい。本当に、軽い怪我ですんでよかった。ずっと引っ付いてる三鷹の気持ち、よくわかるよ。
「あのね…」
「ダメ、桃ちゃん。お母さんや美世さん達が一緒の時じゃなきゃ。むしろ、お母さんと美世さんに一番に報告したいんだから」
言おうとした桃華の口を、桜雨が片手で軽く塞ぐ。
「え、お兄ちゃんにもダメなの?」
「上がりました~」
「桃華ぁ~、お腹空いちゃったー」
みっともない声を上げた時、タイミングよく親達が4人揃って仕事から上がって来た。皆さん、だいぶお疲れの様子。何か、先に呑み始めてて悪いなぁ… なんて思っていたら、そそくさと
今日は花屋も喫茶店も忙しかったようで、親達4人は言葉少なにローテーブルに座って、出されたビールで喉を潤し始めた。その様子を見つつ、桜雨が就職の報告をすると…
「桜雨ちゃんがそれでいいなら、いいんじゃない?」
母さん、本当にお腹空いてるんだな。ビールよりも、ツマミの枝豆食べるので手が忙しそうだな。
「お母さんも、そう思うわ。それに、正直、お家でお仕事できるなら安心だもの」
美和さんは、本当にホッとしたようにビールを呑んだ。
「桜雨ちゃん、お父さんが一生面倒見てあげるから、働かなくていいから!」
修二さんは、2本目のビールを持って来た桜雨に抱き着いて… 泣いてる。
「お父さんが死んだ後も、遺産で
「そこまでは大丈夫だよ~。私も、お母さんや美世さんみたいに、旦那様と頑張るから」
あ、禁句。
「旦那! ダメだダメだ! 結婚なんてしなくていい!!」
ほら、スイッチ入っちゃったよ。修二さん、桜雨に抱き着いたまま、三鷹を睨んでる。
「あ、そうそう、結婚って言えばさ、桜雨から報告あるでしょ」
「そうですね、『良い話』の報告を聞かせて欲しいですね」
桃華が助け舟を出すと、笠原が続いた。
「桜雨ちゃん、まさか、赤ちゃ!!」
「修二君、煩い」
スパァァァン!!
おっ、良い音。修二さんってば何を勘違いしたか、桜雨の顔をハッと見上げて声を上げた瞬間、後ろから母さんに思いっきりスリッパで殴られた。
「修二さん、落ち着きましょうね」
笑いながら美和さんが修二さんを桜雨から引きはがすと、母さんが話せ話せと片手で桜雨を急かした。
「えっと… お母さん達の結婚式用に描いた絵なんだけれど、夏のコンクールに出展したじゃない?」
ああ、サイズが馬鹿デカかったから、入れるのも大変だったけれど、出すのも大変だったよな。
「サムシングブルーで描いてくれたあの絵よね? とっても素敵な絵だから、コンクールから戻ったら、お店にずっと飾りたいのよね。
ダメかしら?」
母さん、搬入するのは、もちろん俺達ですよね? … まぁ、やりますけどね。
「うちのお店に、100万円越えの絵を飾るの?! 凄い!!」
「え?!」
桃華の悪戯気な一言に、その場の誰もが驚きの声を上げて、桜雨を注目した。
「夏のコンテスト、優秀賞を頂きました」
「賞金、100万円です!!」
恥ずかしそうに報告する桜雨の横で、桃華は自分の事の様に胸を張って自慢げだった。
この後、仕事の疲れも忘れて、皆で大はしゃぎ。良い大人なのに、はしゃぎすぎて寝ていた