■その220 こんにちは、赤ちゃん・『欲』■
… バス、早くこないかな。早く帰って、輝君のお世話と夕飯の準備しなきゃ。
「早いなぁ…。そんなに僕の事、嫌いかな?」
苦笑いする小暮先生。この先生、この表情が得意なのかな?
「いいえ、嫌いじゃないですよ。ただ、先生に気持ちが少しも無いのと、私が想っているのは三鷹さんなだけなんです。今だって、先生が何か言う度に、三鷹さんと比べてますよ?」
「素直に言ってくれるね。ねぇ白川さん、さっきの折りたたみ傘の持ち主、探してるんでしょ?」
あれ? なんで先生がその事を知っているのかな? 私、話したことがあったっけ?
「持ち主を探して、見つかったらどうするの?」
「もう、見つけました」
言ってくれないけれど、三鷹さんだって知ってるもの。
「顔、見てないのに、よく見つかったね」
「
「僕も、白桜高校卒業生で、水島先生と同い年。ホクロは、これかな…」
小暮先生は1歩近づいて、グイって右手の親指を向けました。去年、図書館でチラッと見えたのは、やっぱりホクロだったんだ。
「僕も、あの頃から君を好きだったって言ったら? 好きだったから、父親が持って来た派閥争い手伝いをしたとしたら? 水島先生は君をずっとストーキングしていたけれど、僕は父の話に乗るぐらい君を好きだったとしたら?」
もし、カエルちゃんを貸してくれたのが三鷹さんじゃなくて小暮先生だとしたら? そんなの、決まってるわ…
「あの時のお兄さんが小暮先生だったとしたら、傘を貸してくれて、ありがとうございました」
そう言って、ペコっと頭を下げたけれど… この場合、カエルちゃんは返さなきゃダメなのかしら? 今まで三鷹さんの傘だと思って、ずっと大切に持っていたけれど、もし… もし万が一、小暮先生のだったら、返す? カエルちゃんが、居なくなるの? それは嫌…
「もしあの日、この傘を貸してくれたのが小暮先生だとしても、ずっと私を助けてくれたのは三鷹さんとこの傘です。だから、万が一にも小暮先生に気持ちが動くことは無いです。
ただ… もし、この傘が小暮先生の物だったら、返さなきゃダメですか?だいぶ使ってしまったから、汚れてるし痛んでるし… 新しく買った傘をお返しするんじゃ、ダメですか?」
私、欲張りだ。三鷹さんもカエルちゃんも、両方いてくれないと嫌だなんて、欲張りだ。
「そんなに、その傘、大事なの?」
「宝物なんです」
私のお守り。小暮先生が何か言おうとした時、後ろからドン! っと押されて、前のめりにちょっとよろけちゃった。
「小暮センセ-、何でこんなとこにいるの?」
スカート丈が短いけれど、うちの学校の制服だ。大森さんみたいにお化粧して、ちょっと派手めだけど、可愛い子だな。2年生かな?
「バス、乗り過ごしちゃって、戻るとこなんだ。ここ、近所?」
「そっ、近所近所。何もない所だから、つまらなくてさ」
よろけた私と、そんな私に手を出そうとしてくれた小暮先生の間に強引に入り込んで来たところを見ると、この子、小暮先生のこと好きなんだ。そうか、私、ライバル視されたんだね。一生懸命で、可愛いな。
「遊びに行くのも、バス乗って行かなきゃいけないんだよ~。学校の近く、もっと遊ぶ場所があればいいにさー」
後輩さんと小暮先生が話している間に、私はスマホのLINEチェックしちゃおう。家族のグループLINEに連絡入れておけばいいかな。バス、だいぶ遅れてるみたいだし。
まずは…
『ごめんなさい、バス乗り過ごして、帰るの遅くなります。タイムセール間に合わなくて、ごめんなさーい』
と…。あ、既読早い、誰だろう?
『こっちは大丈夫よ。輝君、黄昏初めたけれど、勇一さんがお散歩に連れて行ったわ。タイムセールは、
美世さんだ。輝君もタイムセールも大丈夫みたいで、良かった。卵買ってこないと、明日のお弁当の玉子焼き、作れないもんね。明日は、三鷹さんのお弁当の出汁巻き玉子、1つ多く入れてあげよう。
そう思いながら返信を打っていたら、バスのエンジン音が聞こえて来た。ようやっと、帰れる~。
『良かった(^^)
ありがとうございま~す。
バスが来たからもう少しで』
LINEを打っていたら、またドン!って押されて…
手から放れたスマホがチラッと見えて…
足と体がフワって浮いた感じがして…
「
バスの大きなクラクションが聞こえて…
小暮先生が、慌てた顔で私に手を伸ばしているのが見えて…
右手の親指の付け根にあるホクロがハッキリ見えて…
三鷹さんに早く会いたくて…
思ったの
あ、今朝、三鷹さんに「行ってらっしゃい」したっけ? って。