■その219 こんにちは、赤ちゃん・子猫ちゃんの気持ちは変わりません■
バスの揺れで落ちちゃった
「悲しい夢、見てたの? それとも…」
え… 私、泣いてたのかな? 違う違う、そうじゃなくて、先生、近いです近いです!
「水島先生の事?」
小暮先生が
「バスがちゃんと止まってから、立ち上がった方がいいよ」
… そうですね。
とりあえず、カエル(折りたたみ傘)ちゃんを鞄にしまいます。
「白川さんは、普段はホンワリ微笑んでいるけれど、たまに泣くね。そういう時は、水島先生が原因だよね」
座りなおして俯いた私の耳に、小暮先生の囁き声。ファンの子はドキドキするんだろうけれど、三鷹さんじゃないから私はどうとも思わないし、ドキドキどころか、逆に冷静になっちゃう。
「僕なら「泣かせないから、いつでもどうぞ」て、以前言ったよね?」
「結構です。先生、私、制服ですよ? こんなに近づいて、変な噂をたてられたら、先生は困るんじゃないですか?」
梅吉兄さんや笠原先生がいたら、コンプライアンス違反って、煩そう。三鷹さんは… いつもの三鷹さんだったら、殴っちゃうかしら? 喧嘩していても、守ってくれるのかな?
「ほんわり、ハッキリ、言うね。でもさ、前も言ったけど、子猫ちゃんが手に入るなら、先生辞めちゃえばいいとも思ってるんだよ? その気持ちは、変わってないんだけれどな」
「私の気持ちも変わっていませんし、小暮先生と変な噂を立てられるのは迷惑ですよ」
「また、笑顔でほんわり断る…」
キッパリお返事すると、小暮先生が苦笑いして一歩下がって、バスが止まりました。
バスから降りると… 見慣れない町でした。私の住んでいる商店街より、ずっと寂しい… 商店街だよね? ここ。まだ5時前なのに、殆どのお店はシャッターが下りているし、真新しい建物は一軒家やアパートになってる。学校前から商店街のバス停まで、停車するバス停の名前は憶えているから、完全に乗り過ごしちゃったんだ。やっちゃった、寝過ごしちゃった…
「そうそう、子猫ちゃんの降りるバス停、だいぶ前に通り過ぎたよ。って、さっき伝えようとしたんだ」
小暮先生がバスから降りると、バスは行ってしまいました。まぁ、逆のバスに乗ればいいんだけれど… スーパーのタイムセルに間に合わないなぁ。桃ちゃんに、タイムセ-ル行けるって言ったんだけど… これじゃぁ、また心配かけちゃう。
「バスが来るまで、お茶でもどうかな?」
「今、見える範囲で、お茶が出来そうなお店はありませんよ? それに、私は先生とお茶をして時間を潰す理由がありませんし。断る理由はありますけれど」
振り向いてそう言うと、小暮先生は苦笑いして言います。そのまま小暮先生の横を通って、左右を確認してから道を渡って…
「そういうところ、東条さんそっくりだね。さすが、従姉妹」
小暮先生ついてくるけど、先生も乗り過ごしたのかな?
「先生は、お顔は梅吉兄さんにそっくりですよね」
「この顔、嫌い?」
反対側のバス停について、時刻表を確認すると… 良かった、10分ぐらい待てば来るね。
ついてきた小暮先生を振り返ると、やっぱり近い。この先生、距離感がつかめないのかな? 目の前とは言わないけれど、ズイっと顔を近づけられていたから、私が2歩下がりました。桃ちゃんだったら、両手でパッチーン!! って、サンドイッチにしてるだろうな。
「… 産まれた時から見ているので、嫌いも好きもないですよ。私が好きなお顔は、
あ、でも、梅吉兄さんの方が小暮先生より大人っぽいと言うか、男っぽいのかな?
ドキドキするのは三鷹さんの優しい瞳とか唇とか、寝起きの少し伸びたお
授業中の、スーツ姿の三鷹さん。寝起きの、少しぼんやりしている三鷹さん。剣道やってる三鷹さん。どんな三鷹さんも、ドキドキしちゃうなぁ~。あ、でも今朝の三鷹さんは、怒ってるって言うより、困ってるお顔だったな。やっぱり、心配かけちゃってるんだ。
「… どう、なっちゃうんだろうね? 心の声も漏れてたけど、聞いちゃってよかったのかな?」
あ、いけない、いけない、小暮先生が引いちゃってる。恥ずかしいな。
「でもさ、白川さんがそんなに思っていても、水島先生は君の事を泣かすじゃない。僕なら君を泣かさないし、君が泣いている所に駆けつけてあげれるよ。今日みたいに。水島先生じゃなくて、僕にしない?」
「いつもは、傍に居てくれますよ、三鷹さん。今日は受験対策の講習と、3年教員の職員会議があるから、忙しいんです。お仕事はちゃんとしてください、って言ったのは私ですから。
それより、会社の派閥争いはもう終わったんじゃないんですか? それとも、お
笠原先生に
『遺産相続も終わって、実質の権力が現社長に落ち着いたので大丈夫だとは思いますが、一応、気をつけてください』
って、言われてたな。でも、小暮先生は社長さんと副社長さんの息子さんだから、私を取り込んでもしょうがないと思うんだけど。
「それはもう終わったよ。その事で、もう怖い思いはしないから大丈夫。僕はね、僕の意思で、君を手に入れたいと思った…」
「じゃぁ、諦めてください」
即答しました。小暮先生が言い終わる前に、お返事しました。だって、私にはそんな気持ち、微塵もないから。今だって、小暮先生とお話ししてるのに、三鷹さん事を思い出してるもん。小暮先生と三鷹さんを、比べたりしてる。