■その212 こんにちは、赤ちゃん・夜泣きって大変?■
「で、その
学校のランチタイムです。今日のランチは、冷房の良く効いた作法室で頂いています。良く冷えた畳が心地いいですね。近藤先輩、靴下脱いで裸足です。
教室は、受験で余裕のない生徒の発するピリピリした空気が充満しているから、お弁当ぐらいはゆっくり食べたいと、梅吉さんにお願いして鍵を開けて貰いました。
主、
「泣いたわね、3回」
大森さんの質問に、桃華ちゃんが答えました。
「そ、そんなに?」
「立って抱っこしてあげれば、15分ぐらいで寝てくれるんだけど、お布団に置くと泣くの」
ビックリする松橋さんに、主が苦笑いしながら言います。
「あ、聞いたことある。それって、センサーが背中にあるってやつでしょう?」
「何それ?」
大森さんは、言いながら小さなピーマンの肉詰めを田中さんのお弁当に入れました。代わりに、ミニハンバーグを取っていきます。田中さんは、軽いため息をつきながら聞きます。
「赤ちゃんの背中が、『あ、今、布団に置かれた! 抱っこされてない!!』って、感知するんだって。で、『抱っこして!!』って、また泣くらしいわよ。タオルとかで、グルグル巻くと泣かないんだっけ?おねぇちゃんの友達が、赤ちゃん連れて遊びに来た時に言ってたわ」
「有能なセンサーね」
大森さんの説明に、田中さんはちょっとビックリです。
「そうそう、そのセンサーのおかげで、皆で順番に抱っこしたの。タオルグルグル、やってみたけど駄目だったよ。しかも、男の人は嫌がるの。起きてる時は男の人でも抱っこされてるから、人見知りじゃないと思うんだけれど… 肉付きの問題かな?」
そう言いながらお弁当を食べる主の目元は、珍しくくすんでいます。主達のお弁当、今日はお母さん組が作成です。赤ちゃんが一人増えただけで、朝の忙しさが格段に上がった上に、主も桃華ちゃんも寝坊しました。
「皆で… って言うけれど、殆ど
「私が一番身軽だから。お母さん達は仕事があるし、桃ちゃんや佐伯君は受験生でしょ。起きて抱っこしなくても、泣き声で起きちゃったんじゃない? 今日の授業、大丈夫?」
桃華ちゃんの言葉に、主は苦笑いしながら佐伯君に聞きました。
「あ? 俺、いつも通り爆睡だったぜ」
佐伯君、お弁当を食べ終わって、次は焼きそばパンです。
「… イラってこなかった? 自分は夜泣きの赤ちゃんあやしてるのに、近くでグ-スカ寝られて」
大森さん、佐伯君の食欲に少し引いてます。
「ん~、しなかったよ。眠たくて駄目なら、誰か起こそうと思ってたし… 昨日は、輝くん抱っこしてた方が、落ち着けたし」
「くま、出来てるのに?」
大森さんの指摘に、主が苦笑いした時でした。襖の向こう、作法室のドアが開く音がして、すぐに襖が開いて、梅吉さんがひょっこり顔を出しました。
「まだ、食べてる?」
「兄さんも、こっちで食べる?」
桃華ちゃんが聞くと梅吉さんは頷いて、お弁当の袋を片手に入ってきました。
「一緒、させてね~」
その後ろに、
「水島先生、今日はお仕事、お休みじゃなかったんですか?」
「授業はね。昨日一日、出張で潰れたから、書類関係がたまってるんだってさ。坂本さんとこで、シャンプーや顔剃ってもらったから、この時間に来たみたいよ」
言いながら、梅吉さんは桃華ちゃんの後ろに。三鷹さんはス-パーの袋を下げて、主の後ろにそれぞれ胡座で座ります。
「なんで、床屋さん?」
「額の傷でしょう。縫ったから、暫く濡らしちゃだめなのよ。坂本さんのお店なら、バックシャンプ-で絆創膏濡らさないように洗えるでしょ」
不思議そうに聞く大森さんでしたけど、田中さんの説明を聞いて納得しました。
「あれ、
梅吉さん、固まったままの主の肩を、後ろからチョンチョンと突っつきました。
「お帰りなさい」
「ただいま」
主はお箸を投げ出して、後ろに座った三鷹さんのお腹辺りに勢いよく抱きついて、泣き出しました。三鷹さん、ほぼ全身打撲に切り傷に、擦り傷… 今の、絶対傷に響いていますよ。なのに、三鷹さんはいたい顔を少しもしないで、主の頭を優しく撫でてくれました。
「私たちの存在、忘れられているわね」
田中さん、僕もそう思います。皆は、まるで映画を観るように主と三鷹さんを見ながら、お弁当を食べ進めています。
「そ、そう言えば、何で事故おきたんですか?」
「運転手が心筋梗塞起こして、足がアクセル踏んだままだったらしいよ。
亡くなったのが、その運転手だけだったのが不幸中の幸いかな。腕や足を骨折した人も、居たみたいだけど」
松橋さんの質問に、梅吉さんがお弁当を食べ始めながら答えます。
「みずっチ、事故の最前列だったんでしょ? 一番前にいて軽症って、悪運強くない?」
額に大きな絆創膏をしている他、いつもと変わらない三鷹さんを見て、大森さんは改めてビックリです。
「桜雨の御守りのおかげに決まっているじゃない。ねえ、桜雨…」
自分の事のように誇らしげに言いながら、桃華ちゃんが隣の主へと顔を向けました。
「寝てますね」
「寝ているわね」
「白川っチ、ぐっすりじゃん」
松橋さん、田中さん、大森さんの言う通り、主は三鷹さんの膝を枕に、気持ち良さそうに寝息をたて始めています。
「… 水島先生が帰ってきて、安心したんでしょ」
認めたくないけど、って小声で付け足しながら、桃華ちゃんは主が投げ出したお箸を、座ったまま手を伸ばして拾いました。
「昨日は、輝君のお世話で誤魔化していたから」
「あ~、だから皆がグ-スカ寝ててもイラっとしなかったのね」
桃華ちゃんの言葉に、大森さんは納得しながらデザートのスイカを食べました。
「水ッチの膝枕って、ぜったい硬いよね」
大森さんにそう言われて、三鷹さんは皆の視線が主に集まっているのに気が付きました。
「午後の授業、始まるぞ」
そう言いながら三鷹さんは皆に背中を向けて、主を膝の上に抱き上げて、寝顔を自分の胸の方に向けて隠しました。
「いや、桜雨も起こして授業を受けさせてね?」
「… 次の時間ぐらい、良いだろう」
突っ込む梅吉さんに、三鷹さんはムッとして言い返します。
「いや、ダメだって。ここに、お前と2人っきりに出来るはずないでしょう」
「じゃぁ、俺が見張ってますから。生徒諸君は、サッサと授業に出るように」
何時から居たんでしょう? 笠原先生がフラッと入って来たかと思ったら、三鷹さんの隣にゴロンと横になっちゃいました。
田中さんが腕時計で時間を確認すると、授業の始まる5分前です。
慌てて、皆はお弁当を仕舞い始めました。
「… ヨッシー(義人先生)、もしかして、夜泣きで寝不足?」
「程よい昼寝は、午後の作業の効率をあげるんですよ」
覗き込む大森さんに、笠原先生はちょっとイラっとしました。寝不足で疲れていると、誰でも余裕がなくなりますよね。皆、バタバタと作法室を出ていきます。
「笠原先生、桜雨のことお願いしました。さ、皆、勉強勉強」
桃華ちゃんは梅吉さんと大森さんの腕を掴んで、引きずるように作法室を出ました。
「水島先生、今は目を瞑ってあげるわ」
最後に顔をのぞかせて、桃華ちゃんが言いましたが、すでに笠原先生も三鷹さんも夢の中でした。