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第205話 お化粧は乙女の仮面です

■その205 お化粧は乙女の仮面です■


 僕の主の桜雨おうめちゃんは、夏休みの間はアルバイトで社会経験中。恋人で先生の三鷹みたかさんは、とっても心配なので送り迎えをしてくれています。それは今夜も変わらなかったんですけれど、三鷹さんの様子がいつもと少し違っていました。元気がないと言うか、ソワソワしてるというか… 他の人が見ても分からないんですけど、主は一目で分かりました。


「三鷹さん、お迎えありがとう」


 主はちょっと恥ずかしかったんですけれど、三鷹さんの手をギュッと握って歩き始めました。三鷹さん、主から手を繋いでもらって嬉しそうです。表情には出てないですけど。


 三鷹さんの様子がおかしい理由を、主は知っています。アルバイト中に、桃華ちゃんが笠原先生とのことをLINEでお知らせしてくれていたからです。主はお店を出る前に、そのLINEを確りチェック済みです。


「今日ね、お客さんのお婆さんと、お菓子の作り方で盛り上がっちゃった。

お話ししているうちに、餡子あんこのお菓子が食べたくなっちゃったから、お夕飯の後に作ろうかな~。あまり甘くしないから、三鷹さんも食べてくれる?」


「お茶を、濃く煎れてくれるか?」


「もちろん」


 手を繋いで話をしながら帰るのは、主の毎日の楽しみでもあります。いつも通り話しをしているうちに、三鷹さんの機嫌も戻ったように感じました。それに安心した頃には、お家に到着です。


「お腹、空いちゃった~。ただいま~」


 主が玄関を開けてサンダルを脱ごうとした時でした。


「お客様?」


 家族分の履物とは別に、女性もののサンダルがあるのに気が付きました。主は三鷹さんを振り返りましたけど、三鷹さんも首を傾げるだけです。


「ただいま~」


 二階のリビングのドアをそっと開けて、キッチン部分をそっと通り抜けて、主と三鷹さんはリビングをうかがいます。主達に背中を向けるようにローテーブルの前に座って、テレビを見ながら冷たいお茶を飲んでいる人が居ます。

 ピンクの綿の半袖パジャマを着て、洗いざらしの髪の毛を簡単なお団子にしたその人は、主と三鷹さんの気配に気が付いて振り返りました。


「あ、お帰りなさい、お邪魔してま~す」


 座ったまま挨拶をしてきたその人は、まったくお化粧っ気がありません。


「… あ、もしかして、三島先生ですか?」


 失礼と思いつつも、ジィー… っと見ていた主は気が付きました。


「もしかしなくても、三島先生ですよ」


 ニコニコしながら、でもスッピンだから少し恥ずかしそうに、三島先生が答えます。


「先生、お化粧落とすと、5歳ぐらい若く見えるんですね。ナチュラルメイクって、けっこう塗ってるって聞いたけど、本当だったんだ」


「白川さん、相変わらず、サラッと失礼な事言うわね」


 三島先生の横にチョコンと座り込んだ主は、さらにマジマジと三島先生の顔を見ます。そんな主に、三島先生は苦笑いです。


「あ、ごめんなさい。私の母も、桃ちゃんのお母さんも、お化粧してもしなくても変わらないもので。あ、でも大森さんはお化粧でだいぶ派手になります」


「そうね、白川さんも東条さんも、お化粧しないものね。今度、してあげようか?」


「私は…」


 トン! って、主の前に麦茶の入ったグラスが置かれました。いつの間にか、三鷹さんがキッチンに行って、注いで来てくれました。


「桜雨には必要ない」


「水島先生、こわ~い」


 三鷹さんにキッと睨まれて、三島先生は主の影に隠れる素振りをしました。三鷹さんは気にもしないで、またキッチンへ戻ります。


「でも先生、なんで家に居るんですか? しかも、そのパジャマ、美世さんのですよね?」


「あ、あのね… 竹ちゃんさんのお店から、東条先生を追いかけたんだけど… 汗でお化粧が崩れに崩れちゃって… 帰れなくなっちゃったの」


 うつむいて、恥ずかしそうにお話しする三島先生と、それをフンフンと聞いている主の前に、お風呂上がりの桃華ちゃんが脱衣所から出て来ました。


「桜雨、お帰り~。水島先生、三島先生は今夜ここにお泊りするそうなんで、梅吉兄さんがそっちに行ってますから、宜しくお願いします。秋君も、兄さんが連れて行きました。

 兄さんたら、三島先生を家に連れて来たと思ったら、さっさと水島先生ん家に行っちゃうんだもの」


 桃華ちゃんは、キッチンに立つ三鷹さんに、一声かけました。三鷹さんの前に、立ち上がる湯気が見えます。お湯、わかしてます?


「それは、私が東条先生にスッピン見られたくないって言ったから… ごめんなさいね、急に押しかけちゃって」


 主が桃華ちゃんにグラスを差し出すと、桃華ちゃんは嬉しそうに一気に飲み干しました。


「先生、あまり柄にもない事言わないでください。明日、お天気崩れちゃう。桜雨、ご飯食べるでしょう? 今、用意してあげるね」


 そう言って、桃華ちゃんはキッチンに行くと、先に居た三鷹さんに何やら指示を出し始めました。


「私、本当に泊ってもいいの? 白川さんも東条さんも、嫌な気持ちにならない?」


 心配そうな三島先生に、主はニコッと笑って言いました。


「梅吉兄さんが連れて来たなら、文句ありません。私達、ブラコンじゃないから気にしませんよ。でも、三島先生、本当に梅吉兄さんの事、好きなんですね」


「好きよ、大好き」


 恥ずかしそうに言う三島先生が、主には可愛く見えました。


「あのシスコン兄さんを振り向かせるのは大変だと思いますけど」


 言いながら、桃華ちゃんは四人分のつゆ鉢とつゆのポットを、後ろから来た三鷹さんがお盆に四人分の素麺を持って来ました。


「でも、梅吉兄さん、彼女が出来てもお家に連れて来たことはなかったわよね? 三島先生が初めてじゃない? まだ彼女さんじゃなさそうだけど」


「… 兄さんも、心境の変化かしら?」


 テーブルの上に夕飯の素麺がセットされると、四人はきちんと「いただきます」をして食べ始めました。主も桃華ちゃんも三島先生も、素麺と一緒に色んな言葉を飲み込んでいたので、とっても静かなお夕飯の時間でした。


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