■その204 夏の恐怖■
竹ちゃんさんのお店を飛び出した三島先生は、土地勘がないので、やみくもに
「真っすぐ、帰らないと思うんだけどなぁ」
大通りから外れる小道を覗いては、その奥の暗さと人気のなさに怖気ついて、覗くだけになっていました。けれど、少し明るめの小道を見つけて、意を決して大通りから外れてみました。この小道も、今まで覗いていたのと同じで、人通りが少ないようです。
「ドラマだと、公園とかにいたりするんだけど、公園も分からないのよね」
大通りから少し外れただけですけど、商店が少しづつ少なくなって、代わりに一軒家やアパートが増えてきました。家々の窓から洩れる明りと、街灯だけが三島先生の頼りでした。
「おねえさん、何か探しているんですか?」
「いえ…」
キョロキョロしながらウロウロしていた三島先生に、男の人が後ろから声をかけました。
「俺、一緒に探してあげるよ?」
優しそうな声ですけど、三島先生は去年の夏まつりの事を思い出して、体が固まってしまいました。ショルダーバッグの肩紐をギュッと握って、不安と恐怖で跳ねる心臓を聞きながら、サンダルから出ている足の指を見つめていました。
「いえ、結構です」
「でも、ここら辺、入り組んでいるから…」
「けっ、結構です!!」
心配そうな男の人の声を遮って、三島さんは下を向いたまま歩き出しました。
「そっちは…」
「ついてこないでください!」
男の人に右手を掴まれた瞬間、三島先生はその手を振り払おうと、体ごと後ろを向きました。
「…東条、先生…」
「はい、俺です」
後ろで声をかけて来た男の人が梅吉さんだと分かって、三島先生はそれまでの感情から一気に解放されて、体中の力が抜けちゃいました。ヘナヘナ~と座り込む三島先生を、梅吉さんは慌てて支えました。
「私、東条先生を探していたんですよ」
三島先生は、支えてくれている梅吉さんを見つめて、ホッとして滲み出て来た涙で目をウルウルさせながら言いました。
「… そんなに、俺が良いんですか?家族が大事で、恋人の事は二の次にする、重度のシスコンですよ?」
呆れたように溜息をついて、梅吉さんはポケットから出したハンカチで、三島先生の顔を押さえるように拭き出しました。
「私の兄たちもシスコンですから、慣れています。それに、こないだも言ったじゃないですか、東条先生には私がピッタリですって」
三島先生は、そのハンカチを受け取って、自分で拭きながら言います。
「ああ、そんなに擦ると… お化粧が凄い事になっていますよ」
やんわりと、梅吉さんが注意を促すと…
「えっ! あ… ! やだ、見ないでください!!」
ハンカチに付いたお化粧移りを見て、三島先生は慌てて顔を覆いました。
『やだ、どうしよう、汗いっぱいかいてるから、ヨレたどころじゃないよね…。すっぴんよりひどい状態じゃない? こんな顔、東条先生に見せられない』
って半泣きになっちゃった三島先生を前に、梅吉さんは大きな溜息をついて、右手を取りました。
「その顔だと、帰れないんですよね? そのまま、付いて来てください。俺、振り返らないですから」
そう言いながら、梅吉さんは人通りの少ない道を選んで進んで行きました。三島先生は、恥ずかしいっていう気持ちより、梅吉さんが手を引っ張ってくれる事が嬉しくて…
『でも、どうせなら、手首をつかむんじゃなくて、手を握ってくれたらいいのに。あ、でも、そうしたら手汗がバレちゃう! でもでも~』
なんて、心の中は顔面と一緒で大騒ぎでした。