■その203 兄、御乱心■
「『安心してください、
とか言ってたのはいつ!! あんだけ
竹ちゃんさんのお店です。いつもの奥座敷で、梅吉さんはグダグダに酔っぱらっています。緑茶ハイ、そんなにまだ呑んでいないんですけどね。
「見苦しいわ~。何で私を呼ぶのよ、面倒じゃない」
梅吉さんの横に座ってグラスワインの赤を飲んでいるのは、仕事あがりの坂本さんです。先に仕事を上がった高橋さんに、呼び出されました。
「家ではもっと発狂してたんすよ。あんなんじゃ、子ども達心配しちゃうっスよ」
坂本さんに、ちょっと呆れた顔を見せながら、高橋さんはタコワサをつまみに、良く冷えた日本酒をチビチビ。結局、梅吉さんはあのまま工藤さんに担がれて、このお店に連れてこられました。工藤さん、梅吉さんの乱れっぷりに慌てもせず、高橋さんの隣でお食事しています。
「これから色々経験… 経験しちゃうの? しちゃったの? 桃華ぁ~」
梅吉さん、坂本さんの服を引っ張って目元を赤くして、半ベソをかきながらウニャウニャ言ってます。こんな姿、桃華ちゃんや主には絶対に見せないですね。
「持ち帰っちゃおうかしら?」
坂本さんがボソッと呟いた瞬間、身の危険を察したんでしょうか? 梅吉さんは坂本さんと距離を取ろうと、後ずさりした瞬間でした。
「ちょっと、まった-!」
勢いの良い声と同時に、
「あ、駄目スパイ」
「その呼び名、止めてください!」
襖が開く音にビクッとした工藤さんの横で、マイペースに呑んでいた高橋さんが、ヨッと片手をあげて挨拶しました。
「坂本さんに、美しさでは負けますけど、可愛さとオッパイの大きさでは、絶対に私の方が勝ってるはずです! 坂本さんにお持ち帰りされるなら、私にお持ち帰りされてください!!」
三島さん、鼻息荒いです。胸が揺れてます。高橋さんと工藤さんは、高みの見物をしながら、仲良く食事を続けています。
「あら、自分が分かってるじゃない。… そうね、梅吉、あの子にお持ち帰りされちゃえば?」
「「え?!」」
坂本さんの言葉に、梅吉さんと言った本人の三島さんが驚きました。
「梅吉、そろそろ
「えー…」
坂本さんの言葉にショックを受けた梅吉さんは、顔から赤みが消えていきます。
「距離を置いても、貴方があの子達のお兄ちゃんなのは、変わりがないでしょう? 嫌われちゃったら、あの子達がピンチになって貴方に助けを求めたくても、求められないじゃない。何だかんだ言っても、最初から最後まであの子達の味方でいてあげられるのは、梅吉、貴方なんだから、嫌われちゃ駄目よ。今は、少し距離を置いて見守ってあげなさいよ。ね、お兄ちゃん」
坂本さんが、ワインを飲みながら優しく話します。梅吉さんは、坂本さんの唇の中に流れ込んでいく赤ワインを見つめながら、ギュッと両手を握りしめました。
「帰ります」
梅吉さん、酔いがすっかり醒めたようです。確りした足取りで、奥座敷から出ていきました。
「東条先生…」
「ねぇ、駄目スパイちゃん」
追いかけようとした三島先生に、坂本さんが声をかけました。
「だから、その呼び方は止めてください。何でしょうか?」
「貴女、あんな重度のシスコンでいいの?」
「この前、東条先生からも言われましたよ。でも、私、東条先生がシスコンでもいいんです。妹さんと白川さんが一番大事なら、私は二番でもいいんです」
ニッコリ笑う三島先生を、坂本さんはマジマジと見ました。空いているワイングラスに、高橋さんが自分の日本酒の一升瓶の中身を注いで、そっと手渡しました。
「一番じゃなくていいの?」
「一番が身内じゃぁ、しょうがないですよ。私、四人兄弟の末っ子長女で、お兄ちゃんはもちろん、お父さんもお母さんも、私に甘いんです。だから、妹さんと白川さんが大事なのは、よくわかります。だから、二番で良いんですよ」
あ~、なるほど。って、坂本さん達は納得しました。
「じゃぁ、頑張れば? その代わり、他の人に迷惑かけちゃ駄目よ」
「他の人に? 恋愛していたら、少しぐらいしょうがなくないですか? まぁ、気を付けますね」
三島先生はニコニコしながら、今度こそ梅吉さんを追いかけてお店を出ていきました。
「まぁ、何をしていても迷惑は掛かるわよね」
そう呟きながら、ワイングラスを傾けた瞬間、坂本さんは思いっきり咳き込みました。
「た、たか… 高橋! これ…」
「
ワインだと思って口に入れたら、日本酒だったんですもんね。
驚きますよね。
「味変! じゃないわよ。悪戯しないで… よね?」
真面目な顔で答えた高橋さんに、坂本さんはまだ咳き込みながら怒りました。そんな坂本さんの肩を、竹ちゃんさんが軽く叩きました。
「坂本さん、あのお姉ちゃんのお勘定も、頼むわ」
見ると、一万円近いお勘定です。
「ちょっ… あの子、1人で何食べて吞んだのよ!」
怒りながらもお財布を出すところは、さすがです坂本さん。そんな坂本さんを目の前に、高橋さんと工藤さんは平和に食事をしていました。